ホワイトデーで、チョコレートショップは並んでいたので、行き当たりばったりの僕は別のものをあげることにした

双葉 紡

ホワイトデーで、チョコレートショップは並んでいたので、行き当たりばったりの僕は別のものをあげることにした

 僕は昨日、仕事終わりに高校からの友人と久しぶりに再会した。前に会ったよりもだいぶ垢抜けた様子の彼女は、グッと大人らしい女性に成長していた。褒めるとすぐ調子に乗るから、軽い褒め言葉に留めておく。

 食事をしながらの会話は、終始オタク要素オンリーだった。アニメに漫画に小説、そして映画。ちょっと声が大きくなるほど盛り上がった。

 駅までの帰り道、僕は職場の人間関係で浮いている話をした。それとなく呟いたつもりだった。特に深い意味はない。それに対して彼女は答えた。


「仲良くする必要ないですよ。職場は、職場です」


 なるほど。マイペースな彼女らしい言葉だった。そのときは、それくらいにしか思わなかった。


***


 今日、僕はレストランのバイトに行った。

 2人のお客が入ってくる。おそらく母親と息子だろう。その男の子は小学生くらいに見えた。真ん丸したお腹だった。

 いつもなら「不健康な食事ばかりしてるんだな」と自分を棚にあげて考える。パンをボロボロとこぼす姿に「片付けが増えるからちゃんと食え」くらいにしか思わない。我ながら性格の悪さには自信がある。

 しかしその日はいつもと違った。なんとなくその子がパンを食べている姿が可愛く見えた。

 なぜだろうかと考える。そしてすぐ結論が出た。

 今までは、周りと仲良くしないといけないんだと思う気持ちが深い意識にあった。でもそれは別にしなくても良いのかもしれない。昨日の彼女の発言でそう思えた。ようするに僕も心の余裕ができ、視野が広がった。

 だから、僕は気分よく仕事をすることができたんだと思う。心なしか視界まで明るい気がした。


***


 僕の働くレストランでは、パンの食べ放題がある。ベーカリーポジションに入ると、パンの良い匂いがする。僕は少し昔のことを思い出した。

 父方の親戚がパン屋をしていた。小さい頃、よく工場に遊びに行ったものだ。僕が生まれてすぐに祖父は亡くなっていたので、記憶にあるのは祖母や伯父、それに伯母の優しい笑顔だ。それと、パンの匂いがすごく好きだった。うちのパンは世界で一番おいしいくらいに思っていた。

 そんな純粋な時期が僕にもあったなと思うと少し可笑しくて、でも嬉しい気持ちになる。

 そんなとき、店の前を歩く男性に見覚えがあった。彼は僕の知らない男性と楽しそうに会話しながら歩いていた。

 店がガラス張りだから、外が見えるのだ。もう、何年も会ってないがすぐに分かった。彼とは高校時代、毎日のように遊び、話し、そして喧嘩もした。そんな彼とは、少し微妙な感じで別れてしまって以来、会っていなかった。声をかけようと思ったけど、やめておいた。彼の元気そうな姿を見ただけで充分だった。



***


 昨日、彼女に小説を貸すことを約束していた。僕は目的の本を探す。家中を探したが、なかなか見付からない。なぜだろうと考えてすぐに答えが分かった。

 立ち読みで全部読んだのだ。普段は、そんなことはしない。だけど、その作品は、あまりにも面白くて全部読んでしまった。それくらいの衝撃を受けた。でも買わなかった。そのことを、すっかり忘れていた。

 僕は目的の小説を買いに走り、そういえば今日はホワイトデーだったことを思い出す。

 すぐに、チョコレートショップに向かうと色んな年齢の男性たちが行列を作っていた。

 僕はすぐに回れ右をした。別に並ぶのが嫌だったわけではない。本当だ。そう、気が変わったのだ。チョコでは面白くなかろうと。

 しかし、待ち合わせの時間が近づいていたので近場で探すことにした。彼女の昨日の言葉を思い出し、文房具店に向かう。

 どうも夢見がちな彼女は、本を読むことに挑戦しようと思っているらしい。文学少女に憧れているそうだ。

 お店に入ると読書グッズが色々あった。

 ブックカバーと栞で迷ったが、ブックカバーだと好みが分かれそうだし、何より僕にはセンスがない。サンプルを使ってみるとめちゃくちゃ本を持ちにくかった。それで栞を買うことにした。

 最近は、色んな栞がある。シンプルなものから、楽器をあしらったもの、動物のデザインが入ったもの。

 猫かフクロウで迷う。このとき、彼女の好きなものをほとんど知らないことに気づいた。好きな色も動物も知らない。けいおん!のゆいちゃんが好きなのだけは知っている。

 どちらにしようかな?天の神様の言う通りと心の中で唱えると「フクロウにしたら?」と言われた気がしたので、フクロウに決めた。

 フクロウは、昔から「不苦労」「福来」と言われ、とても縁起の良いものであるらしい。それにギリシャ神話では知恵の女神アテナの使いで、「知恵の神」「学芸の神」を司る。らしい。グーグル先生に聞いた。

 いかにもプレゼントとしては後付けだが、なんかそれっぽいから良しとする。

 日頃のお礼と、ホワイトデーと、昨日の言葉のお礼を合わせるとだいぶ安く済ませた感が否めない。しかし、プレゼントは気持ちが大事だと誰かが言っていた。問題ない。

 貸すことになっている小説にでもフクロウの栞をはさんでやろう。楽しいいたずらは昔から好きだ。

 お互い待ち合わせ時間に遅刻するというマイペースな僕たちは、昨日の続きのような会話をした。結局、それが一番楽しい。小説で困っている場面を相談してみた。彼女は一生懸命考えてくれた。普通に良い子だ。根が真面目なのだろう。僕は少し疲れたので、彼女がうんうんと悩んでくれる姿をボーッと眺めていた。


***


 帰り道、好きな動物をそれとなく聞いてみた。小説に出すマスコットを考えてるということにした。決して嘘ではない。前から思っていたことだ。しかし、今聞きたい理由はもちろん別だ。

 すると、素直な彼女は普通に答えてくれた。どうやらフクロウは好きらしい。とても良かった。でも彼女のマイブームはハリネズミだった。それは盲点だった。

 物語の伏線にほとんど気づかない彼女のことだから、本を開いても何も気づかないかもしれない。でもそれで良い。プレゼントは何歳になっても渡す方が照れくさいから。

 家で驚く彼女の未来を考えると、僕はとても楽しい気持ちになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホワイトデーで、チョコレートショップは並んでいたので、行き当たりばったりの僕は別のものをあげることにした 双葉 紡 @nanimono814

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る