クーデター覚悟でいきましょう

綾坂キョウ

クーデター覚悟でいきましょう

「つまり、おまえが言いたいのはこういうことだな?」


 あるじの言葉に、シオンは「いいえ」ときっぱり言い切った。

「違います」

「……ボクはまだなにも言っていないが」

「エネト様の尊い御心は、わたしが誰より存じ上げています」


 シオンは長い黒髪を震わせながら、左右に首を振る。真摯な目でエネトを見つめ、朱色の唇をゆっくりと開いた。


「エネト様のことですから、わたしのような一介の従者や、己の安寧にのみ終始する貴族ども、また一般の卑しい身分の者どもには理解も及ばぬような、人智を超えられた崇高な考えをお持ちのことと愚察いたします」

「つまり?」

「どーせ、またアホで意味不明でどうしようもないことを考えているのでしょう」

 表情一つ変えずに言いきるシオンに、この国の王子であるエネトはふふんと笑ってみせた。


「まぁ確かに、貴族連中のやっかみを買うことは免れまいな」

「そーですよ。ただでさえ、エネト様の低い支持率を下げるべきではないです。エネト様の人望、ただでさえ底辺ですから。あとなんかアホなことやらかしたらマイナスの壁を破ってしまいます。そしたらクーデターですよクーデター」

「クーデターなど、〈剣聖〉がこちらに一人いれば一網打尽だ。なぁ、ノア?」

 ――と。急に話を振られ、壁際で我関せずと話を見守っていたノアは、「え」と言葉を詰まらせた。


「ほら、ノア様も困ってらっしゃいます。ねぇノア様?」

「ノアも堅物だからな。柔軟で先見の明に富んだボクの考えを一息では理解できないだけだ。なに、だが賢くなにより義理というものにやたら分厚いノアのことだから、最終的にはボクの味方だ。なぁノア?」

「はい。えぇっと、エネト様をお守りする騎士として、それは勿論なのですが」

 そう、ノアはゆっくりと目を閉じた。なんと発言すべきか――下手すれば、自分の言葉がこの国の歴史を(下手すればクーデターだ)変えてしまうかもしれないと思うと、熟慮せねばなるまい。


 しばらく迷ってから、ノアは「ええっと」と曖昧に口を開いた。

「私の及ばぬ頭では、話の本筋を見失ってしまいそうだったので確認させていただきたいのですが――結局、殿下の御婚姻のお話ですよね?」


「そうだ。ボクが」

 言って、エネトがちらっとシオンを見やる。

「この小娘を正妃に迎えるという話をしている。それだけのことだ」


「だーかーら。それが問題なんですぅ」

 シオンは珍しく眉間に皺を刻み、自分の身体をぎゅっと両手で抱き込んだ。

「わたしは異民族の出身ですし、お側にこうして侍っているだけでも、エネト様を悪く言う者どもすらいるといいますのに」

「有能な者を側に置いてなにが悪い。それを、正妃にするだけの話だ」

「問題大有りですー! エネト様の人柄に問題がもりだくさんでも、エネト様がこの国の王になる可能性がある以上、娘をやりたい貴族は大勢いらっしゃるんですから。それを、側室どころか、正妃だなんて!」


「側室などいらん」

 それこそはっきりとした口調で、エネトが真面目な表情をシオンに向けた。シオンの頬が、心なし赤く染まる。

「女なら、貴様とその豊満な胸囲があれば充分だからな」

「その物言いには、残念ながら全く喜べないのですがぁ」

 途端にげんなりした表情になるシオンに、今度はエネトが不思議そうな顔をする。それを見て――ノアはクク、と思わず笑ってしまった。


「……宜しいのではないですか? 一度言い出したら、他人がなんと言おうと退く殿下ではありませんし。なにより――誰よりも殿下のことを重んじてるのは、シオンをおいていませんから」

「ノアさまぁ」

 情けない声を上げるシオンは、すがるような目をまだノアに向けていたが、ノアは微笑んでそれをかわした。途端、エネトは勢いづいて胸をそらす。


「だいたい、貴様はボクに拾われた時点からずっとボクのものなのに。所有者に逆らえるわけないだろう」

「所有者が自分もろとも自爆しようとしてるんですから、そりゃ止めたくもなりますってー」

 「あーぁ、これでクーデターかぁ」とシオンが肩を落とす。その肩を、ノアはとんとんと叩いてやった。

「いざというときは、私が王も王妃もお守りいたしますよ」

「それは心強いんですけどぉ」

 口を尖らせるシオンの耳元に、ノアはそっと顔を寄せた。

「それに――殿下も殿下なりに、勇気を出されたのだと思うよ」


 なにせ、普段は他人など必要としないエネトが、この場に第三者であるノアを呼ぶくらいなのだから。きっとそれは――そういうことなのだろう。


「――まぁそれなら……わたしもエネト様と共に戦う覚悟を決めないといけないですよね」

 そう嘯くシオンの顔は、それはそれでやはり頼もしく。

「貴様ら、ボクを馬鹿にしているな? 最高の策とは――戦が起こる前に、勝利することだ」

 「まぁボクに任せとけ」と。

 そう自信満々に言いきるエネトは、やはりいつものエネトと変わりない。「まぁわたしはどうせ、ついていくだけですから」と、シオンが諦めた調子で笑う。


 そんな二人の笑顔に、シオンはこの国の未来を垣間見た気がして。笑みを隠すために窓へと視線をやった。

 空は青く。鳥たちの囀りは耳に柔らかく、まるで祝いの歌を奏でているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クーデター覚悟でいきましょう 綾坂キョウ @Ayasakakyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ