32. ここにきて話に緩急つける能力を完全に喪失しているっ!!




 タラララタ・タターン、タラララタ―ン……。



 自動ドアが開くのと共に入店のメロディ。


「いらっしゃいま……せ……!?」


「あ、すいません。危ない者じゃありません」


 店員さんが包丁を携えたボクを見て硬直したので、手を合わせて謝る。

 夜のファミマは蛍光灯が生白くて、新築の店舗を空々しく見せていた。


「そ、そう……。でも君、東中の子だよね、もう遅い時間なんだけど」


「親と一緒に来ました。ほら、あの車」


 そう言って、窓の外、駐車場の雪と氷塗れのジムニーを指差す。

 長期の違法駐車と積雪を乗り越え、奇跡的に動いたコイトさんの車だ。

 運転者は今車内で自分の親とかと連絡を取っている。


 ボクは彼から借りた小銭と相談しながら、パンから飲み物のコーナーを巡った。


「三百四十八円になります」


 若い男の店員さんは冬休みにいたのと同じ人。

 手際よくレジを済ませてくれる。


「はいこれで」


 お金を払い、袋詰めされた商品を受け取った。

 朝食から何も食べてなくてお腹はペコペコ、汗をかいて喉はカラカラ、缶コーヒーの肌をとろかすようなぬくもりも有難い。


 早く一息つきたかったし、店員さんも速く出ていって欲しそう。

 でもその前に。


 イートインに向かう。

 もちろん食べる為じゃない。


 誰も使う者のいない机と椅子らを前に、ボクは車とコンビニの暖房で緊張の解けた精神を集中する。


「蔓や花なんての枝葉……」


 前に教えられたことを呟きながら、目を凝らした。


「呪いを解く最善手は誰がやったか知ること……次善はどう隠したか……」


 もうどっちも知っている。

 なら、


「見つけた!」


 と、当てずっぽうに叫び、中空に左手を伸ばす。


 予想通り何かを掴んだ。

 それは乾いていて、柔らかくて、細長い緑色。


 蔓だ。


 でもこれは枝葉、どうでもいい。

 呪いの仕組みとか、解呪の方法なんかも考える必要はない。


 真実はわかっているんだから。


「ハラダ君!」


 レジ袋と包丁を投げ捨て、両手で蔓を掴むと思いっきり引っ張る。

 存外切れずに丈夫な蔓はズルズル伸びて、じきに人間の爪先が現れた。

 空中にピクリともしない足が浮かぶ、不思議な光景。


 ボクの奇行を唖然あぜんとして見ていた店員さんが息を呑む。


 次に何するか、悩む必要もない。


「仕組みも解呪もわからないけど……爪に傷を付けて瓜にしてるんなら!」


 ボクは左手で蔓を引っ張りながら、右手でその根本、足の親指と爪の間に指を掛け、力いっぱい爪を摘まんで、


 嫌な感触、次の瞬間蔓がすっぽ抜け。

 出現したハラダの全身が空を舞った。


 ドガシャア!!


 目の前にあった商品棚に激突、靴下とか日用品が飛び散る。

 あっ大変。


「お客さん!?」


「すいません!! ごめんなさい!!」


 ボクは血相を変えた店員さんにペコペコ謝りながら、落ちたものを拾い集めた。


ってえっ!!」


 ハラダは体をぶつけたのと爪を剥がれたのと二重苦でのたうち回っている。


 転がった商品に傷は無し。

 棚がへこんだり折れてたらどうしようかと思ったけど、これも幸い大丈夫だった。


 飛び出してきた店員さんは何か言いたそうだったが、ボクが包丁を拾い直すと黙ってレジに戻る。

 一応片付けが済んだころ、床にへたり込むハラダがボクの方に首を向けた。

 諸々のダメージを差し引いても、やつれて衰弱すいじゃくしている印象。


「ハラダ君、電話借してあげるからお母さん呼んだ方がいいと思うよ。仲悪いらしいけど、呪いが解けた今なら心配してるかも」


 彼は動こうとせず、暗い表情で口を開く。


「お前、どうして、俺を?」


「ごめんね。ずっと放っといちゃって。ずっと気にはしてたんだけど、今日までどうしたらいいかわからなくて」


「そうじゃなくて、お前の友達を呪った俺を、何でわざわざ」


「まあ、もう済んだ話だよ。マナちゃんもそれぐらいのことはしてたし、何か理由があったんでしょう?」


「いや」


 彼は首を振り、始まったのは懺悔ざんげ


「それでも、こんなことするべきじゃなかった。呪いを返されて、本当に恐ろしかった。今まで何もできなくて、それが変とも思えなくて、何も考えられなかった。一生このままだったらと思うと、まだ震えが止まらない。確かにのやろうとしていることは見過ごせなかったけど……」


 十五秒ほど逡巡しゅんじゅん、白っぽい舌で唇を湿らせ、ようやく口を開く。


「本当は俺、お前の気が引きたくて……!」


「ごめん。なんか話、長くなりそう? 実はボク、急いでて。マナちゃんを助けに行かないといけないんだ」


「助けに……?」


 そう言うと彼はまん丸に目を見開き、ボクをじっと見つめた。

 しばらく後、彼は爬虫類のような顔で、巧みに失望と微かな希望を併せ持った表情をとってみせる。


「お前は、あのブスのことが」


「何?」


 彼は続きを言うのを止め、独り得心行った様子で頷いた。


「百合って、現実にもあるんだな……」


「止めてよ。違うからね」


 どうやら少しは元気が戻ったらしい。

 ボクはちょっと笑いながら、ハラダにスマホを渡す。


「そうだ、タナカ君も凄く心配してたよ? 明日学校で安心させてあげて」


「ああ、この奇跡を伝えてやりてえ」


「だからそう言うんじゃないから」







「次は東中トーチュー?」


 ファミマを出てジムニーの助手席に座ると、コイトさんが険しい表情で聞いてきた。


「はい、お願いします」


「全然事情はわからないんだけどさ。か、帰った方がいいんじゃない? 俺なんか、生まれてきて最凶最悪に怒られちゃったよ、てかまだ怒られてる」


「ボクも後で怒られると思います。でも、マナちゃんが待ってるので」


「そう……どうしてもって言うなら」


 コイトさんは義務的に確認したかっただけのようで、すんなり車を出す。

 暖められた車内は少しだけカビ臭く、BGMはSuperflyスーパーフライ


「すいません、ご飯にしていいですか」


「うん」


 彼に了解を取って、レジ袋から中身を出した。


 ピーナッツクリームを挟んだコッペパンとボスの無糖ブラック。


 袋から手に取ると、みっちり詰まった小麦の素晴らしい握り心地。

 開け放たれたプルタブからはかぐわしいフレーバー。


 いただきます!


 濃厚な油と糖が疲れ切った脳を高らかに祝福し、コーヒーの苦みも今は天上の滋味じみとなって舌の上で踊った。


 いただきました。


 あっという間に食べ終え、ピーナッツクリームの油分のついた唇を手の甲でこすっていると、スマホが鳴る。


 忘れてたな、そう言えば。



:オッチマさん、、、驚きました😭😭


:まさか単身でマタイ塚を元に戻すなんて、、、


素養そようはあると思っていました。貴方は以前からにはそれほど恐怖していなかった。よくその目をみはり、信じるべきものを見つけさえすれば、と、、、


:しかし、まさか本当にできるとは、、、


:凄いです、貴方はを身に付けたんですネ‼‼‼


オッチマ:とんでもないです


オッチマ:うーみんさんにたくさん教えてもらったお陰です



「あのーモロズミさん、誰と話してるの?」


 コイトさんがこちらをチラチラ見ながら聞いてくる。


「貴方も知ってる人ですよ」


「え?」


「うーみんさんです、ツイッターの。確か会う約束もしてたんですよね?」


「……え?」


 彼は首を傾げた。

 ちょうど信号待ちになり、スマホを出して色々操作してから、独り言のように言う。


「本当だ……会うことになってる……」


「覚えてないんですか?」


「うん……ていうか、相互フォローだけど、一度も話したことなかったのに……。こんな変なオッサン相手に、俺、どうしちゃったんだろ……?」


 信号が青になり、またうーみんさんからメッセージが来た。



:😍😍


:シショーとして、立派になってくれて嬉しいですヨ(エッヘン


:でも、、、


:まさか、、、愛奈落本体まで一人でやろうと思ってません


:、、、よネ❔


オッチマ:いけないんですか?


:今度こそダメです‼‼‼‼‼‼‼‼


:塚が閉じられたことで、あちらも本気になってるでしょう


:塚から引き出した力全てを以てしては、今のオッチマさんでも、、、ムリです😫😫



「あの……その人さ、大丈夫なの?」


 コイトさんが遠慮がちに聞いてくる。



:それにですネ、、、


:こちらもこの日の為に準備してきたんでス😤😤


:最高のオチにする為の、、、ネ❤


:だから私と合流してからにしまショウ😁😁😁



 ボクはゴミをレジ袋に入れてから答えた。


「大丈夫じゃないですね」



オッチマ:うーみんさん、突然ですがしばらくの間貴方をブロックさせてもらいます


:エッ⁉⁉


オッチマ:今まで貴方とはたくさんお話したし、危ない所を何度も助けていただきました。友達だと思っています


オッチマ:でも、貴方のことは信用できません


:ど、どぼじて、、、、


オッチマ:ボクがタナカ君に刺されたとき


オッチマ:タナカ君がボクのスマホを見て硬まったのは、初めは貴方がまた何か不思議な力を使ったからだと思ってました。貴方は説明していないはずのことを知っていたり、人の口を奪って喋れたり、幻覚を見せたりできるのだから、一見そこに何の不思議も無いように思えた


オッチマ:でも、本当は違う。タナカ君が動けなくなったのは、ツイッターのDMで貴方の名、そのアカウントを見たから


オッチマ:違和感を覚えてからはあまり情報を与え過ぎないようにはしていましたが、さっき確信しました


オッチマ:塚でタナカ君から「ハラダは何でお前なんか、のことだってそうだ」と恨み言を吐かれたんです


オッチマ:あの悔しそうな言い方、表情にはよく覚えがあります。あれは友達を取られた時のもの、ボクも経験したことがあるからすぐわかった


オッチマ:うーみんさんがだったんですね。貴方とタナカ君は面識があった。それもボクと内通してると知ったら動揺して何もできなくなるほどの仲。なのに秘密にしていた


オッチマ:“敵”についても本当は知っているのに黙っていた


:そんな、、、誤解です😨


オッチマ:ボクは最初、貴方がこんなに親切なのはボクに何か下心あるからだと思っていました


オッチマ:でも、違った


オッチマ:貴方は自分の思惑の為にボクを利用してきたんですね


:オッチマさん、、、確かにこちらにも考えがあって、意図的に話してなかったことはあります😫


:しかしですね、アナタに余計な苦労を背負わせたくなかったんデスヨ‼‼


オッチマ:いえ


オッチマ:別にそのこと自体は気にしてません。ボクも自分の目的の為に貴方を利用していたのだから


オッチマ:でも、ボクは友達を、マナちゃんを守りたいんです


オッチマ:貴方はその為に動いていない。だから信用することはできません


:そんな、、、大丈夫です、、、悪い様にはしませんカラ、、、


オッチマ:いえ、貴方はマナちゃんを助けてはくれないでしょう。そんなはずは無いんです


オッチマ:それに貴方はたくさん嘘を吐いてきた。アカウントのbioも嘘だらけ。


:違います、、、どうか、、、ワタシを、、、


オッチマ:貴方は前に、名前が無いから無名うーみんと名乗っていると言っていた


:信じて、、、、


オッチマ:それも嘘。貴方の名の由来ではない


オッチマ:今ならわかる、貴方の正体が


オッチマ:その力や、知り得ないことを知っていた理由も


:🤮🤮🤮‼‼‼‼


:オッチマさん、確かにワタシは貴方に疑われるようなことをしてしまった。でも、それは信じて欲しいからでもあるんです、これからちゃんと説明しますから🙏🙏🙏🙏


オッチマ:いいえ、もう時間がありません


:それなら、これだけは聞いてください‼‼ これから必要になることです😫😫😫


:貴方は勘違いしている。貴方がすぐ気絶してしまうのは、自分が傷付くのが怖いからではないし、


オッチマ:うーみんさん


オッチマ:ボク、貴方に「すぐ気絶する」って話したことも無いんですよ



 うーみんさんのアカウントをブロックした。

 これでもう当面話すことは無いだろう。


 ボクはスマホをポケットにしまい、東中に着くまでのわずかな時間、目を瞑って過ごした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る