30. 終盤だし俺はめっちゃ盛り上がってるけど盛り上がり続きすぎると疲れたりするかな?




 家を出て西へ。

 言うまでもないが、行き先はマタイ塚。


 ボクの前に立ちふさがる者は現れない。

 独り人気ひとけの無い夜道を行く。


 市街地に至る太い道路を進み、東中を過ぎたぐらいのところでスマホが鳴った。



:オッチマさん、ご無事だったんですネ‼‼



 危ないけど時間が無いので歩きスマホで返信する。



オッチマ:はい、何とかなりました


:ワタシもあと少しで、そちらに着きます😎😎💨💨


:イマ、どちらですカ⁉⁉


オッチマ:塚に向かっている最中です


:、、、😲😲


:オッチマさん、止めた方がいいです


:あの塚は急所なのだから、厳重に守られているハズ‼


:正面から行ったって勝ち目はありませんヨ


オッチマ:そうなんですか? でも、多分大丈夫だと思います


:アノ、、、何かお考えでも、、、❔


オッチマ:いや、特には



 しばらく、沈黙。

 それから雪崩なだれのようにメッセージ群が飛び込んできた。



:ダメですヨ、オッチマさん😫😫


:お気持ちはわかります🥶🥶🥶🥶


:でも、何の知識も力もないアナタではムリです‼‼


:今までもそうだったデショウ⁉⁉⁉⁉⁉


:塚に呑まれてしまうだけデス⁉⁉⁉⁉


:死ぬより辛い目に遭いますよ‼‼‼


:愛奈落には搦め手で行くべきデス❗


:ワタシがドウニカしますので


何卒なにとぞ考え直してください🙏🙏🙏


オッチマ:心配してくれてありがとうございます


オッチマ:でも本当に大丈夫です


オッチマ:友達が待っているので失礼します



 スマホの電源を切って、ボクは道を急ぐ。


 はやる気持ちを抑えていると、『何だか遠足みたいだな』と思った。

 まあ、時間も季節も合わないのだけれど、そんな気分。


 高揚こうようしている、気勢きせいが上がる。


 自然と、口から『早春賦』の三番が出てきた。





   春と聞かねば 知らでありしを

   聞けば急かるる 胸の思いを

   いかにせよとの この頃か

   いかにせよとの この頃か ……











 塚に近付くにつれ何となく状況がわかってくる。

 うーみんさんの言った通りだった。

 夜空に目を凝らすと、確かに蛇の雲が塚の方面で特に濃い。

 時折ドロドロと降り注いでいるのも見えた。


 ユキ達の安否が気に掛かる。

 マナちゃんのことだから命までは取らないと思いたいが、ハルカちゃんの凶暴さを鑑みると楽観視はとてもできない。


 蛇達はボクの道中にも現れたが、こちらに気付くと部屋のと同じようにすぐ逃げていった。

 脅威として見られてないのか、マナちゃん=マナラクの核と触れていたから同質の存在と見られているのか。

 まあ何にせよ都合がいい。


 段々道が入り組んでいくが、今度は迷わなかった。

 Googleマップで確認しなくともこれでもう三度目。

 ちゃんと覚えている、もう間違えない。




 しばらくして、塚へ続く石段の場所までもう少しというところで、蛇のドームを見つけた。


 ドーム、そうとしか言いようがない。

 五メートル大の半球状にまん丸く、ギシギシ一杯蛇がひしめいているのだ。

 そのまま通り過ぎようかと思ったけど、中から声が聞こえてきて足を止める。


「それなら私のを使って!」


「だ、ダメだよ!」


 ユキとゴミさんの声。

 ボクは意を決して、ドームの蛇達に手を掛けた。


 蛇の壁は厚さ三十センチはあったがすんなり剥がれ、ドームの中にもするりと入れる。

 中は予想に反して明るい。

 ドームの頂上辺り、そこに何か白く光るお札みたいなのが浮いていて、それが光源になっていた。

 お札は他にも四枚ほど、見えない外壁に等間隔とうかんかくで貼られている。



「やあ、二人とも。無事でよかった……いや、無事?」


「ミハル!?」


「モ、モロズミさん!?」


 大層驚いた様子の二人だったけど、見た感じ怪我は無さそうだ。

 ただ、コートに雪や泥が付いていて、ここまで苦労した様子が見て取れる。


「ど、どうやってここに……? も、もしかしてもう塚に呑まれてたり? いやそれなら結界ケッカイの中に入れないか……」


 ゴミさんはブツブツ言いながら、遠慮がちにボクを見回した。

 結界とか現実にあるんだ、凄い。


「何かボクには蛇は寄り付かなくてさ。嫌われちゃったね、はは」


 笑いながらそう言うと、場違いだったか二人はちょっと不気味そうに眉を顰めた。


「それよりどうしたの。塚に行かないの? このドームは?」


「あ、あと少しのところで、つ、爪が終わっちゃったんだ。ギリギリ結界を張ったけど、こんなにたかられちゃ、どうしようもない。だから……今から左手のつ、爪も剥ごうとしてるんだけど、道具が無いと一人じゃできなくて……ユキちゃんも嫌がるし、こ、困ってるんだ」


「そうなの?」


 青白い顔のゴミさんは、何だかボクに爪を剥いで欲しそうな目つきをしていた。


「でも大丈夫だよ、そんな痛いことしなくても。塚ならボクが元に戻すし、今から」


 そう言うと、ゴミさんはポカンとして、ユキはノータイムで怒り出す。


「何バカなこと言ってるの!!」


 少し遅れてゴミさんも慌てふためいた。


「む、無理だよ、モ、モロズミさんは、術とかつ、使えないでしょ!?」


「まあ、そうだけど。そんな大したもんじゃないよ、マタイ塚って」


「た、大したもんだよ!」


 ゴミさんはメチャクチャ瞬きしながらまくしたてる。


「蛇達は無限ムゲンきだし、塚に呑まれた連中も人外の力で襲ってくる! それに塚のあった辺りからもトンデモなく悪いモノを感じるんだ……何の用意もなく触れたら、こ、殺されちゃうよ!」


「凄いなあ、ゴミさん。ボク全然そういうのわからないよ」


「ミハル、いつまでふざけてるの!? 貴方にできることはもう無いって言ったでしょ!」


 ユキに本気で怒られるのも昼間ぶり。

 最近は怒られることが多くなったけど、小さい頃はこんな感じで喧嘩もいっぱいしたっけ。

 もちろん他の子との喧嘩を仲裁する方がその何倍も多かったけど。


「聞いてるの!?」


 いけない。

 少し懐かしい気持ちに浸っていたけど、そんな場合じゃなかった。


「聞いてる聞いてる。まあ見てて、すぐ終わるから」


 ボクはまた蛇を掻き分け、結界の外に出る。


「止めなさい、戻って!」


「ユ、ユキちゃ、危ないよ!」


 ボクの出た後を追って、ユキも飛び出した。

 ゴミさんはユキの身を案じたけど、蛇達は彼女を襲わない。

 蛇達は、まず塚に近付くボクを外敵として認め、立ちはだかってきたのだ。


にミハルが叶うわけ無いでしょ!?」


じゃないよ」


 石段が見えなくなるぐらい蛇達は身を寄せ合い伸び上がる。

 数メートルの大蛇のようになり、次にこちらに向かって押し寄せてきた。


 ボクはそれを正眼で見据え、口を開く。


「まず、


 そう告げると、蛇の群れは身を震わせて、動きを止め――たりとかはしない。



「シャー!!!」


「うわーっ!」


 動きが鈍くなったのは確かだ。でも、それだけ。

 土砂崩れのようにボクに覆いかぶさり、ボクは倒れないので精一杯。

 その後も足とかに絡みついて転ばそうとしてくる。根性で足を引っ張り上げるとスニーカーがすっぽ抜けた。

 蛇を思いっきり踏みしめて、つ、冷たい!!


「な、何が……!?」


 結界から出てきたゴミさんが狼狽しながら呟くのが聞こえた。


 めげずに地面を這いつくばる勢いで石段を駆け上がると、のっそり人影。


 真っ白い手、黒しかない眼、背はひょろ長くてボロボロのダウン。


 コイトさんだ。


「あれは……」


 ボクの存在に気付くと、呻きながらのろのろと近付く。


「俺が……まだ……」


 彼はいつかと同じようにボクに抱き着いてきた。

 その力はとても強くて、このままだと骨が折れるんじゃないかってぐらい締め付けてくる。



 諦めてはいけない。



「それから、……!」



 負けないぞ、と言う気持ちで腹から声を出した。

 コイトさんの力は予想通り弱まる。

 思いっきりもがいて、コートのボタンを外して脱ぎ捨てる形で、何とか逃げられた。


 でも、塚に呑まれた人はコイトさんだけじゃない。

 十数人ぐらいの彼らは、『あー』とか『うー』とか呻きながらボクを捕らえようとした。

 ゾンビみたいにのろいけど、数の多さで何度も手足を掴まれる。

 その力もボクより弱いぐらい。

 それでも逃れる為にまたブレザーを脱ぐ羽目になる。

 強風が吹きつけシャツから地肌に貫通、ショックで心臓が止まりそうな程凍えた。


 思わず身を縮こめた隙にコイトさんがタックルを掛けてくる。

 ボクは地面に突っ伏した。

 顎を打って目に星が散る。



 止まっちゃいけない。



 腰元までコイトさんや他の人達に縋りつかれて気色悪い。

 さらに雪と蛇に塗れて這いずり進む。

 それでやっと塚の根本、石柱があった場所に辿り着いた。


 そこはハルカちゃんの跡と同じ。

 幅一メートルぐらいの深く黒々とした穴だ。

 その穴には、絶対に闇じゃない何かがなみなみと湛えられている。

 ここまで来ると確かに、物凄く悪い気配。

 本当に『絶対近づいたりしちゃダメ』と言う感じがした。



 やるしかない。



!!」



 叫びながら、塚に左手を突っ込んだ。




 ビキビキビキ!!


 ガラスにヒビが入るような音がして、穴に入れた手に黒い筋が幾条も走っていく。

 痛みとかは無い。

 ただ、肌の中を何か虫みたいなのが走り回っていく、人生で初めての感覚。


「ミハル! 止めて!」


 キモさに感じ入っていたところを、後を追ってきたユキの声で引き戻された。


 もう止めても遅いでしょ。


 ボクは身を乗り出し、右手も穴に突っ込む。

 穴の中身を掬っては外に投げ捨て、穴を掘り始めた。


 中身に触れるのを恐れてか、塚に呑まれた人達も後ずさる。

 最後に残ったコイトさんを蹴っ飛ばし、本腰を入れて掘り下げた。


 手から入り込んだ何かは、じきにブクブクと肌の中で膨れ上がる。

 終いには両手は怪獣の肌みたいにボコボコにがった。

 そうなっても、幾ら掘っても、穴の中身は尽きなかった。


 それは幾ら掘っても何も出てこなかったということ。



「ミハル!」


 不意に肩が掴まれて作業を止める。


 振り向くと光に目が眩んだ。

 ユキとゴミさん。

 塚の瘴気にビクビク足を震わせ、それでも結界のあったお札を掴んで近付いてきたらしい。


 ユキは物凄い剣幕でボクに怒鳴った。


「早くその手を抜いて! に憑り殺されちゃう!」


「だからじゃないってば」


「え?」


 ボクは塚の中身を掴んで二人の前に掲げてみせる。


 それはどす黒く、蠢く何か。


 でも、他には何もない。


なんて曖昧に言って、ビビってちゃんと見ようとしないからいけないんだ」


 ボクは立ち上がって、みんなによく見えるよう宣言した。




「見て! 幾ら掘っても何も出ない。御柱オンバシラ生贄イケニエの骨も、隠れキリシタンの骨も! マタイさんの骨も! なんてない! 元々この塚には何も無いんだ!」



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