25. もう一話4000字位とかとっくの昔に気にしてないな




 グギイィ!


 聞いていて不安になるタイプの金属音がして、から戻ってきた机のパイプの脚はペッタリとひしゃげていた。


「ええ……」


 ユキが驚いて身を退いたところに、脚が折れた机がドシャアと倒れ掛かる。


 間違いない。

 シバタの腕やネモトの足を破壊したのと同じ現象。


 室内を見回すと、ほとんどのクラスの子達は退出済。追い出されたのだろう。

 残っている面子は席に腰掛けたまま、一様に身を捩ってこちらを見ていた。

 その中の一人と目が合うと、きこえよがしに舌打ちしてくる。


「外れた」


 ヒラバヤシさん。

 他に三人、全員女子。一人はソコツネクラスタ幹部:ルイス=ヒラタさん。

 ヒラタさんは隣のクラスだから、わざわざやってきたみたいだ。


「……今のは、?」


 慌てながらも言葉を選んで彼女達に問う。


 ゴミ箱に繋がる異次元の穴。

 あれはシバタの授業中、教室の天井辺りに現れるはずのもの。


 そうじゃないということは。


「言っとくけど、連発れんぱつできるから」


 ルイスが事前にくぎを刺す。


 あの穴の位置を短期間に修正しながら出現させられるということだ。

 つまり、『走って逃げても当てられるぞ』と言いたいのだろう。


 思い出すのは、今日の授業中ずっと聞こえていたシバタの声、ネモトが倒れた時のヒラバヤシさんの『やった』という呟き。


 試していたのだ、彼女達は。

 そして身に付けた。

 異次元の穴を操作する方法を。



「ボクに用事だよね? 二人に帰ってもらってからでいい?」


「いーわけねーだろ」


 ルイスは鼻で笑う。

 ユキを狙ったのはボクに対する脅しだ。外しても意義いぎに変わりはない。


「ねえ、これ何なの?」


「ユキ、巻き込んじゃってごめん。とりあえず、危ないから、動かないで」


 目をヒラタさん達から離さず告げる。


「それで、ルイスさん達は何が聞きたいのかな? ボクも先週の金曜からteilorと連絡が取れなくて困ってるんだ」


 敢えてクラスタでの名を呼びかけ、teilorとの関係を匂わせた。この前の処刑命令とは矛盾するが、彼女がteilorの正体を知っていればボクと先生の仲は良く知られているし、ブラフにはなる。


 効果あったようで、ヒラタさんはしばらく黙ってから口を開いた。


「……teilorなんてどうでもいーよ。トップがいなくなってお前らの派閥はばつはガタガタ。他の幹部連中にとってもお前は獲物でしかない。お前が頼れるのはそこのキモい奴らと……フジモリだけだ」


 時間稼ぎのつもりだったけど、望外ぼうがいにクラスタの情報がこぼれ出る。

 幹部を中心にした派閥で割れて、対立して㊙情報を探しているのだ。

 その足掛かりにマナちゃんを探していて、その足掛かりが、ボク。


「マナちゃんか、一昨日話した時はなんて言ってたかな……」


 思い出す振りして、この状況を脱する方法を考えなきゃ。



 グギョオォ。



 背後で金属音、次に机が崩れ落ちる音。


「下手な芝居しばいは止めろ。今度は当てる」


 ヒラタさんが手を上げると、ヒラバヤシさんがじっとこちらを睨む。


 ……ハッタリだ。

 まともにを食らったら、痛くてちゃんと喋れるはずない。でも最初はユキ達の方に行くはず。

 思考に集中しても平気。



 マナちゃんやうーみんさんの言っていたことを思い出すんだ。

 物をひしゃげさせる異次元の穴の仕組みとか、どうやって操作しているのかなんて気にする必要ない。


 はあって、あとはどうするか。

 大事なのはそれだけ。



 ボクはよくヒラタさん達、特にヒラバヤシさんをよく観察する。


 どうやって穴の位置を変えられるのかはわからないが、穴を出現させられる理由自体は簡単。答えはさっきからずーっと垂れ流されているシバタの録音。


 あの穴はシバタの授業中にだけ出現する。

 だから、『シバタの授業』の最小さいしょう要件ようけんを満たせばいいのだ。

 でも、それはシバタの声だけじゃない、はず。

 ヒラタさん達が席に着いたままなのもそのせいではないか。

 そして、その要件を満たすかどうかでスイッチのように穴の出現タイミングを制御しているのでは?



 口の中で舌を一巡りして、喋り出す。


「あの子、知っての通り気まぐれだから。正しいかはわからないけど」


 ヒラタさん達三人が注意深く耳を傾ける中、ヒラバヤシさんだけが机の上のノートにシャーペンを走らせた。

 多分、


 ノートに何か――例えば数式や図形――を書きつけることが発動の引き金トリガー

 ヒラバヤシさんは穴の操作係。きっとボクから情報を引き出したら、他に漏らさないよう穴で退させる、そういう手筈てはずだろう。


 だったら。


「あ、ごめんね、ちょっとスマホ出させて!」


 謝りながらも返答は待たずにカバンの中に両手を突っ込む。

 当然ヒラタさん達は色めき立った。


「おい!」


「まあまあ。LINEのログを確認した方が正確になるからね」


「止めろ、動くな! カバンから手を抜け……いや、抜くな、そのまま止めろ」


「えー、いいじゃない? 大丈夫だよ、君達にはその穴があるんだから」


 ヒラタさん達は表情に怒気をはらませるが、やはり席からは立たない。

 ヒラバヤシさんもこちらを見つめつつシャーペンを紙面に立て、臨戦りんせん態勢たいせいだ。

 これで良い。

 今からやるのはイチかバチかだけど、少なくともユキ達はターゲットから外れる。


「でも、本当に凄いよね、その穴。ヒラバヤシさんが一人でやったの?」


「おい、黙れ!」


 怒鳴るヒラタさんの横で、ヒラバヤシさんは眉一つ動かさない。


「㊙情報があのツイートして、が必要になるからって、怪談が使えないかって閃いたんでしょ? それもこんな短期間で実用化して。頭いいなあ、ヒラバヤシさん」


「……」


 ヨイショしても、やっぱり答えは無かった。


 が。



「――ところで、についてはどれくらい調べた?」



 その一言で彼女の表情は急激に変わる。


 ボクは右手を思いっきり振り上げた。


 カバンより抜かれた手からヒラバヤシさんに放たれたのは筆箱の中身。

 ペンとか消しゴム、ハサミなんかのごく普通のもの。


「イヤッ」


 でも、彼女は反射的にノートに何かを書き込む。

 何度も、何度も。


 自分がやったみたいに冬瓜の呪いが改造されて、爪を傷付ける以外の方法で発動する可能性を恐れたんだ。



 バキッ。ピキンッ、バキッ。 


 乾いた音が数回。

 ボクのペンや天井の一部、蛍光灯が砕け散る。


「ヒラバヤシ!」


 と、ルイスが叫ぶが、そのまさに横の机の天板てんばんが折れ砕けると悲鳴を上げて立ち退いた。

 ヒラバヤシさんはすでにシャーペンから手を離している。


 でも、教室の色んなものが次から次に破砕はさいされていった。


 ヤバい。

 コントロールできなくなって暴走してる……!


「ユキ、ゴミさん、早く逃げて!」


 ボクはカバンをかつぐと二人に叫んだ。

 パニックに陥っているヒラタさん達より、ボクらの方が戸口に近い。


 硬直して動こうとしないユキの元に駆け寄り、手を掴んで引っ張ろうとする。



 すると、その掴もうとした右手が彼女の右上半身ごと穴に飲まれて消滅した。


 あっ

















 ガシャア。





「ユ、ユキちゃ、大丈夫!?」



 机と椅子が倒れる大きな音。一緒にユキと、ゴミさんも床に転がっている。


「う、うん……」


 受け身も取れなかったユキが痛そうに返事。


 二人とも無事だ。

 ゴミさんが思いっきりタックルして、寸でのところでゴミ箱に繋がるのを回避した。


 ボクは、また何もできなかった、どうしても。



「二人とも……早く」


 ボクは二人の手を掴んで立たせると、急いで教室から逃げ出した。




 一目散に向かったのは、昇降口。

 急いで二人に靴を履かせた。


「わかってると思うけど……もうこの学校はまともじゃないんだ。家にいて、しばらく休んでいて。それが一番安全だと思う」


「モ、モロズミさんは、か、帰らないの?」


 心配そうなゴミさんのコートから伸びる右手をそっと見る。

 さっきユキを押し倒した時に見えたけど、包帯ほうたいに覆われていて、今は血がにじんでいた。

 ……冬瓜の呪いを使っているかもしれない。

 どうしても、そう、疑ってしまう。


 ボクは誰の目も見ずに答えた。


「まだやることがあるから」


 それが何なのか、二人はもう知っている。


 ユキはまっすぐこちらを見ていた。

 一つ、長い長い息を吐いてからポツリと呟く。


「結局、また、私のこと、守ってくれないんだね」



「そんなことはないよ……!」


 と、顔を上げて言えたのは。


 二人が去って影も形も無くなってからだった。







 誰にも見つからないよう木工室に駆け込む。

 奥の方に行き、大きな作業台の側面に隠れるよう腰を下ろした。


 ユキの失望の声が何度も頭の中で反響している。

 またやってしまった。

 どうすればいいかわからなくて、軽率けいそつな方法で状況を打開しようとして、ユキ達を危険にさらした。


 しかも、あの時は、体が動かなくて。


 死んでしまうかもしれなかったのに。

 ユキは、大切な幼馴染で、一番の友達なはずなのに。



『ミハルが大切なのは誰。私達? あいつ?』



 あの質問にも答えられなかった。

 ユキのことを考えようとすると、マナちゃんのことも頭から離れなくなる。


 口が悪くて、奔放で、すごく悪いことを企んでいるあの子。

 目が離せなくて、何とかしてあげたくて。

 でもユキ達のことも大事で。

 全部空回っている。その自覚もあるけど。


 自己嫌悪が全身をどろどろと重くし、このまま石になりたかった。


 ダメだ、今は悩んでいる場合じゃない。


 状況を整理する。

 ここに来るまでの間だけでも飛び回る輪ゴムや、指先から蔦をほ生やして泣いている生徒を見た。


 マナちゃん達が怪談を作り広めていた理由が一つわかった。


 “武器”を撒く為だったのだ。


 怪談の内容を事実と少し変えたり、バリエーションを幾つも作ったりしていたのもその為。そうやって嫌われ者の誰かが傷付く話の奥に、密かにのヒントを隠した。クラスタが派閥間で対立して争う際に使える、いやそれ自体が相互不信につながり“おまじない”による安定を崩し、争わざるを得ない理由にさえ成る武器のヒントほを。


 ㊙情報の“発狂”の狙いは、この“戦争”を起こす為だろう。


 とりあえず、うーみんさんに現況と考察をまとめてDMで送る。

 仕事が忙しいのか既読の✔もほ付かない。


 後できることがあるとしたらマナちゃんを探すことだ。

 ボクを当てにしているぐらいだもの、クラスタは何も知らない。

 思いつくのは実家にとつするぐらいだ。でも多分空振りになる。

 これまでの言動から察するにもう彼女達の計画は大ほ詰め。その最後の準備いをしている真っ最中のはず。最後の怪談を作っていくるのだ。

 それは家ではできなえい。怪談のがいないんから。


 それにしても、本当にほい何の為に怪談を作っているのだろう。武器の為だけくえじゃないはずんだ。

 異次元の穴・マタイ塚・ソコツネさん・冬瓜の呪い・輪ゴムの妖怪。マナちゃんが作り出した怪談はこのほいく五つしかないんだ。これらの中からえん関連を見出すことができれば、彼女達の目的がわかるかも。

 そうだ、ほいくえんにいこう


「ん?」


 ほいくえん?

 ボク今何でほいくえんのことなんて考えてたんだっけ? そんなこと考える必要なほいくえんいのに。ほいくえんほいくえんに行く理由も無いはずだ。

 ……。


 違う……まさか!


 ボクは跳ねるように立ち上がり、振り向く。




 は作業台を挟んで目の前に、立っていた。

 音も立てずに忍び寄ってきたのだろう。


 知らない男子生徒。多分学年も違う。

 真ん中分けの髪型で中肉中背、穏やかにニコニコ笑っている。

 ただ、顔面も手も、肌が、ブレザーのネクタイと同じ赤色。

 スプレーで吹き付けたように鮮やかな臙脂えんじいろだった。


「あ、あの……?」


 震える声で話しかける。

 一瞬だけ、彼は苦悶くもんの表情となり、こちらに縋るように囁く。


「た、たしけて」


 しかし、次に口を大きく開けて――その口中も歯から舌まで全部臙脂色――閉じると、また笑顔に戻った。

 間もなく再び口が開かれる。


 



「おまえみたいなやつは」



 



「おまえみたいなやつはほいくえんからやりなおせって言ったろ、テメエ!!」



 ほいくえんほいくえんほいくえんほいくえん!!!


 ほいくえん、ほいくえん!





 う

 わ


 あ


 あ

 あ


「ああああああああああああ!!!」


 ボクは叫んで頭からほいくえんを振り払うと、近くの窓の鍵を開けて外に飛び出した。


 マナちゃんが作ってクラスタに振り撒いた怪談はボクが見てきた五つだけじゃない。

 もっと、たくさん、たくさんあったんだ。







 ほいくえんは追ってこなかったが、木工室の外から帰り道の方にひた走る。

 うーみんさんからの返事は無し。マナちゃんの行方もわからないままだけど、こんな状況ではもう学校にはいられない。今日のところは家に帰ろうという判断だ。

 足は上履きのまま、カバンもコートも無いけど仕方ない。スマホだけは幸いブレザーのポケットに突っ込んである。


 坂を上り、住宅街に入る辺りで息が切れた。

 立ち止まりゼエハアしていると、一気に凍えてくる。

 ふと、背中に鈍い痛み。


「お前ェ……どこに逃げるつもりだッ!?」


 後ろを向くとタナカがいて、その右手には出刃包丁が握られている。


 その切っ先はボクの背にちょっと刺さっていた。



 ぐぇあ。




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