23. でも、人がお話してるのを見るのが好きなんすよ2(ツー)




 少ししてからそっとスマホを覗く。



:ああ、それは貴方達が間違っているからですヨ❤



 確かにそう画面にあった。


「間違っている? どこがでしょうか」


 顔を上げたら、先生が目蓋をパチパチと瞬かせている。


 そうだ。一体どこに間違いがあるって言うんだろう?


 ボクは口を開く。


「間違っているから正しく状況を認識できないんです。仕方のない事ですが……」


 喋りながら自然と肩をすくめた。


「質問に答えてください」


「まあまあ。順序じゅんじょ立てて行きましょう。先生は『ソコツネさん』が外部に露見ろけんする可能性は無い、と本気で信じておられるんでしたネ?」


「露見? 拡大すればするほど安定するシステムだと説明しました。先程貴方も感心していたはずです」


 🤧って感じで吹き出す。


「あれが皮肉だとわからないほど貴方達は間違っているんです。最初ネットでこの乱痴気らんちき騒ぎを見つけて以来不思議でなりませんでした。なぜみなさんこんなことを臆面おくめんも無くできるのか。実際にお話しした今ならよくわかりますが」


ほのめかしはそろそろ止めにしませんか」


 先生は眉をピクピクさせながら、ピシャリと言った。


「では。貴方達は、どうしてツイッターのソコツネさん㊙情報を見るばかりで、実際のソコツネさんを見ようとしないのですか。リスクそのものなのに」


 ふふっ。


 鼻に抜ける笑い声。


「ご存知ないのですか。彼女は携帯もパソコンも友達も持たない、だからこのシステムを知らないんですよ。身の周りに置きている事を当然のことのように受け入れてます」


「そこがおかしいんです。知ってるかどうかは関係ないでしょう。受け入れてるかどうかも関係ない。貴方達がしていることは彼女を傷付けることばかりだ。彼女がにすればそれで終わりです」


 先生の薄ら笑いは崩れない。


「どこに我々がしていたという証拠があるんです?」


「どこにでも。ネット中に転がってますヨ」


「ツイッターやLINEの投稿なんていくらでも消させます。それぐらいの結束けっそくが我々にはある」


 ボクは🤔っぽく首を傾げて唇をしかめる。


「すでに保存されてないとでも?」


「ウェブページなんて後からいくらでも編集へんしゅうできます。ウェブ魚拓ぎょたくやWayback Machine等のウェブアーカイブに証拠能力を認めた判例はんれいは果たして有るんでしたっけ?」


「無いんでしたっけ? まあ法律の事はお互い専門家じゃないのだから止めておきましょう。とにかく彼女には起きていることを訴えることができる。親にでも、警察にでも、メディアにでも」


「アハハッ!」


 先生は高らかに哄笑こうしょうした。

 こんな大きな声を出すところは始めて見る。


「失礼しました。彼女に頼れる人なんていないんです。困窮こんきゅうする一人親ひとりおや家庭かていで、その母親も重度のうつでとても何かできる元気はありません。親戚も近所付き合いもとぼしい。仮にいたとしても頼る為の能力が本人にないでしょう。思考力も意欲も低い。それに素行そこうも悪い。実はね」


 彼女はボクに目配めくばせした。


「モロズミさん、最近、ソコツネさんを国研に呼ぶことが何度かあったでしょう? 実は彼女、万引まんびきをしていると匿名で通報があってね。色んなお店からもウチの制服の女子が常習犯じょうしゅうはんだと苦情くじょうが来ているの。もう学校うちとしても庇いきれないってことで、来週からはに行くことになっています」


 長く喋って声が少しかすれたからか、先生は一度机の上のコップを取り上げて中身を飲む。

 冷め切った、黒い、黒い、真っ黒いコーヒーを。


「だから怪談『ソコツネさん』はこれでおしまい。後にはクラスタだけが残って次のターゲットか別の目的の為に動き出すでしょう。うーみんさん、これで満足ですか?」


「いいえ」


 打つ手無しに思えるけど、😃って風にボクの喉からはすらすら声が出る。


「彼女は誰にも頼れない、もうすぐ退場する。そんなことは全くではありません」


「いい加減にしてください。何が言いたいんです?」


 先生の雰囲気が明らかに変わった。表情に、手足の所作しょさにノイズのような緊張が走る。

 今すぐ話を止めたい、早く出て行って欲しい、言外げんがいに伝わってくる。


 ボクもそうしたい。尊敬していた先生にこれ以上嫌われたくないし、この先を聞きたくない気がしている。

 うーみんさん、何を言うつもりなんだろう、首だけ動かしてスマホを見た。



:✌



「貴方達は全員がそうなんです。こうなることなんて本当は望んではいなかった。本当はわかっているのに」


「モロズミさん、もうその人と話すのは止めにしましょう」


「危ないのはわかっているのに面白いからと近づいて、気付いたらもう逃げられない」


「早くその携帯をしまいなさい!」


 先生はもう取り繕うことも無く声を荒らげる。

 読み取れるのは苛立ち、不快……それに怯え。


 怯え。

 どうしてだろう、うーみんさんの言うことは曖昧で抽象ちゅうしょう的で、ことばっかり言っているのに。一言一言に耳を塞ぎたくなる鋭さがある。

 聞きたくない、どうして。


 ボクは顔を😨にしながら先生に🙏した。


「ああ、すいません。怒らせるつもりは無いんです。ただ協力関係を築きたいだけなんです」


「ふざけないでください、適当なことばっかり言って」


 ボクは一端😫、その後🙄して考え込んでみせる。


hmm....フーム、どうすればいいのか……」


 🤩。


「そうだ、ちょっとお互いになったつもりで議論してみましょう。これはサイコドラマという心理しんり療法りょうほうの、役割交代法というやり方です!」


「止めなさい!」


「そ~れ!」



 パチッ。



 ボクの指が打ち鳴らされ、乾いた音。


 居住いずまいを正すと、先生はゆったりと口を開いた。


「では、私から先生になったつもりで! ……おお、アルガ先生、貴方はよく頑張られました。」


「は?」


 ボクは忌々し気な声を捻り出す。


「大学を出てたった数年で大変な事に巻き込まれました。ご心労しんろうの程察せられます」


「そんなことありません。はない。私はちゃんと仕事をし、正常せいじょうに教室を運営しています」


 早口に言い訳。

 先生は眉間を左手の指で少し揉み、首を振った。


「いいんですヨ、無理しなくても。わかります、元々引っ込み思案じあんなのに気にしい。自分から申し出てるのか押し付けられてるのかわからない内に厄介事ばかり集まるようになった。今回もそう」


「そんなことない!」


 言いながら自分の肩を抱く。

 震えていたから。

 まるで身体が自分の物じゃないみたいにガタガタと、地震みたいにグラグラと。


赴任ふにんした途端、があったと聞かされた時にはもう手遅れ」


「違います、我々はちゃんと対策をこうじています、はもう起きない」


「予想通りこんな面倒なクラスの担任を任せられ、頭を抱えた。貴方は犠牲のひつじ


 ガタガタ。

 グラグラ。


「違います! ちゃんと他の先生も私のことを気にかけてくれている」


 先生は歌うような調子で言葉をつむぎ、ボクは戦慄わななく拳を固めて吠え掛かる。


「そんな貴方が㊙情報のことを知った時の驚愕、絶望、そして……」


 ガタガタ、グラグラ。


「違う!」


 ガチャン。


 机のきわに乗っていた先生のコップが揺れに従い、落ちて、割れた。


 揺れている。

 震えは揺れへと変わったのだ。いや最初から本当は揺れていたのかも、わからない。

 わからない、何が起きているの、何を聞かされているの?


「お可哀想に、アルガ先生」


「止めてください、同情されるいわれはありません!」


 小刻みだった揺れはどんどん大きくなり、リズムがついてくる。


「そろそろ終わりにしましょう」


 ドオン……ドオン……ドオン……ドオン……。


 壁のカレンダーが落ちて、ドアの横のコート掛けが倒れた。

 国研はたちまち散らかっていく。


 先生は室内の様子を少しも気にしない。

 脚を優雅ゆうがに組んで微笑む。


「先生、さっき私が御校で流行っている怪談は読者を怖がらすのでも作者が怖がるのでもないと言いました。でも、続きは『登場人物が怖がらされる怪談』ではありません」


 ドオン、ドオン、ドオン、ドオン。


 揺れはどんどん大きくなる。

 これは、足音。

 近づいてきてる。何かが近づいてきてる。


「違う、我々は間違っていない! 怪談を使って学校を管理している!!」


 ドオン! ドオン! ドオン! ドオン!


 揺れに負けないほど大きいボクの叫び。

 しかしそっぽに向けて、先生の背後、窓の方に向かってだ。


 直視できないのだ、うーみんさんの言葉を聞きたくなくて、あの見たことも無いよう楽し気な笑顔を見たくなくて。


「怖くある必要は最初からなかった。あの怪談を読み、語る人々はすでに十分恐れていたから」



 ドオン!! ドオン!! ドオン!!



「違う、我々の対応は何も間違ってない!」



 ドオン!!!



 一番大きな音がして、ボクが見ていた窓が勝手に開く。

 寒い強い風が国研に吹き込み、先生はやおら振り向きながら立ち上がった。


 そして、うーみんさんが一番冷たい声でに告げる。


「対応なんて最初からしていない。はただ膨れ上がる問題とリスクの前に恐怖きょうふし、ひれ伏していただけだ」




 グチャッ。



 窓の外を何かが落ちていって、どこかが潰れる音がした。



 それは、人で。

 小柄で。せぎすで。

 うちのブレザーを着ていて。

 髪は短く二つ結びで。女の子で。

 頭から落ちていって。


 ソコツネさんだった。




「うやいやあああぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!!」



 気付くと揺れは収まって、先生がメチャクチャな絶叫を上げて、床にうずくまっていた。


 ボクは椅子から跳ねるように立ち上がり、その傍に行く。



 叫ぶ。



「本当に怖い怪談を知っていますか!?」


「違う違う違う! あんなことはもう起きない!」


 頭を抱えて首を振る先生のうなじにボクはガンガンがなり立てる。


「小泉八雲の『怪談』にむじなって話があってネ! 夜道よみちである商人が泣き崩れる若い女に出会った、どうしたの、と聞くとのっぺらぼうで! 震え上がって逃げ出して! それでようやく蕎麦屋そばやに駆け込んで、何があったか話す! そしたらそれってこんな顔かい、と蕎麦屋ものっぺらぼう!」


 アハハハハ、ボクはほがらかに笑い、先生は泣き出した。


「怪談もギャグと同じで天丼テンドン鉄板テッパンなんですヨ! 昨年女子生徒が飛び降りた中学で、また女子生徒が飛び降りる、これって盛り上がりますよネ!? 怖いですよね先生!?」


「あの子はもうすぐいなくなるから大丈夫なんです!」


 先生は涙声なみだごえで必死に言い訳する。

 ボクはしゃがみこんで泣き顔を覗きながら追い打ちをかける。


「いいえ、どこにいたって、ここにいたことは変わらない。貴方達のしたことも変わりません。彼女が飛べば問題は起きます」


「誰も問題になんてしない!! あの子の為に何かする人なんて一人もいないんだから!」


「いや、貴方達の誰かがする。罪悪感と猜疑心が膨れ上がって必ず暴発ぼうはつする。その時最初に責められるのは担任の貴方だ! 他の怪談も掘り起こされるでしょう、貴方が恐れて見ないことにした全てが降りかかりますヨ!」


「違う違う違う! そもそもあの子が飛び降りるかどうかなんてわからないじゃない!? どんなことされても平気な顔してるのに!! あの怪談は誰も損をしないようにできている。みんなは変わり者をイジってちょっと面白くなって盛り上がって、あの子は少し変なことが起きる日常を送る、それだけのハナシでしょう!? 誰もあの子を殺そうとなんてしてない!!」


 ボクは先生の背中をさすりながら、耳元でそっと囁く。


「もし誰もしないんなら、ワタシがしますヨ。だって、そうしないとじゃないですか」


 彼女の目がカッと見開かれ、大きな涙が一粒落ちると、もう開かない。


「先生。ソコツネさんだけじゃなくて、他の怪談も同じです。どれも行きつく果ては巨大な破綻はたん。今、彼女達を止めないと取り返しがつかなくなる。協力していただけますネ? そうすれば、用意しますので」


 先生は泣きじゃくりながらガクガク頷く。


 終わった。


 スマホを見ると、うーみんさんからのメッセージがズラッと並び、最新の一言はボクが喋ってないものだった。



:オッチマさん、やりましたネ🤣🤣🤣



 でも、そのメッセージはよく読めない。

 液晶の画面の上に幾つもの水滴が浮いていたから。


 涙だ、ボクの。ボクも泣いていた。

 握りしめていたスマホが滑って床に当たりゴトリと鳴る。



 



 マナちゃんのやることが大事になるという根拠は、最初からあった。

 ボクの予感じゃない、気付いてないふりをしていただけ。

 ボクが間違っていたから。

 ボクが毎日虐げられるソコツネさんのことを見ないようにしていたから。



 ボクは、また、ずっと、間違っていた。

 テニス部の時も、これまでの人生ずっと、今も。



『お前、ちょっと待てよ。、それで何事も無く、か?』



……本気で言っている……』



 目の前でどんどん大きくなる恐怖アレの前にこうべを垂れて膝を屈した。『おかしい』って、『間違っている』って知っているのに、それを語る物語ハナシを当然のように受け入れてしまった。

 みんなを守ろうとする為に、みんなでなくされた者から目を背けていた。それもみんななのに。

 ボクは、また、また、また。




 戸が開く音がして、やっと身体を起こす。

 見ると、マナちゃんが血相けっそうを変えた様子で立っていた。

 ギュッと顔をしかめて、こちらを睨んでいる。


 険しい表情だけど、ボクや先生に対してじゃない。

 ちっぽけで弱いボクらなんて気にもしない、そんな余裕も無い感じだった。

 何か、もっと大きな脅威を前にしたような厳しさ。


 彼女は右手でマスクを摘まんで外し、鼻を少しの間露出させる。


硫黄いおうの臭い……」


 やはり、という感じで呟いた。


 ボクは荒れた国研を見回しながら鼻を動かす。

 微かにそんな臭い。でも風に吹かれて消える。

 開かれた窓の方を見ながらボクはぼんやりと思った。



 あの窓は、誰が開けたんだろう。






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