22. でも、人がお話してるのを見るのが好きなんすよ




 翌日。


「え、携帯でインターネットの知り合いと相談しながら話したい?」


 放課後の国研で、アルガ先生はボクの提案に暫時ざんじ呆気にとられ、目を大きく開いていた。

 それから無表情になって考え込んで、その次は、微笑。


「いいよ、特別ね」


「ありがとうございます」


 ボクは頭を下げ、椅子に座るとカバンからスマホを取り出す。



オッチマ:いいそうです


:😄



 相談しながら、と言ったがこれからボクはずっと先生の言うことをうーみんさんに送信し続けることになっていた。

 話す内容は全部うーみんさんが決める、そういう予定。


 でも、取っ掛かりはもう無いし、“敵”とも結局接触できなかった。

 一体何を話すつもりなんだろう?


「じゃあ、まずはそのお知り合いさんとお互い自己紹介させってもらってもいいかな?」



オッチマ:お互い自己紹介したいそうです


:しましょう👌



「大丈夫だそうです」


「そう、じゃあ私から、彼女の担任です。名前はteilorの方にしとこうか。教科は国語、技芸部の顧問をしています。この学校に来たのは去年からで、彼女の担任になったのは今年から。何か他に聞きたいことはありますか?」



オッチマ:ボクの担任で、名前はteilor。教科は国語・技芸部の顧問。この学校に来たのは去年、ボクの担任になったのは今年。何か他に知りたいことはあるかと聞いています


:うろ覚えなんですけど、、、女性でしたっけ、お若い⁉



「性別を聞いてますが、答えても……?」


「それぐらいもう話してるのかと思ってた」



オッチマ:そうです


:なるほど、、、😍



 ボクが打つ、うーみんさんが返事を考え打つ、ボクが読み上げる、先生が返事を考え答える。今日の会話はとてもゆっくり進むことになる。



:うーみんと名乗っています。諏訪スワ地方に住んでいて、オカルトが趣味でして😍今はソコツネ㊙情報に興味があって、そのえんでオッチマさんとお友達になりました👍👍


:オッチマさん以外の若い女の方と話すのは本当に久しぶりなので、、、ちょっと浮かれてしまってて、、、😅無礼ぶれいがあったらご容赦ようしゃを😋



「……えー。うーみんと名乗っています。この辺りの人で、オカルトが趣味なんです。それでソコツネさんにも興味があって、ボクと知り合いになりました。ボク以外の若い女の人と話すのは久しぶりなので……無礼があったらご容赦を、と」


 先生は苦笑した。


「それでは何から話しましょう」



:まずはお互いの立場と状況から整理しませんか❔



「えーと、まずはお互いの立場と状況から整理しませんか?」


「いいよ」



オッチマ:いいそうです


:では大前提だいぜんていとして


:オッチマさんはあるお友達がこれからしようとしていることを止めたいと思っている


:しかし先生は問題が無いと考えていて、ソコツネクラスタの運営に携わることで消極的ながら協力さえしている、間違いありませんか?



 それからうーみんさんがこれまでの状況をなるべく客観きゃっかんてきに述べ、先生が違うと言えば差戻さしもどして共通の理解を得る作業が始まった。




・ボクと先生の意見の違い

 ボクはマナちゃんを止めたくて、先生は別に問題はなくむしろ協力さえしている。


・マナちゃんのしようとしていることについて

 二人とも詳細は知らないが怪談を作り広めていることは把握している。

 ボクはそれが東中トーチュー秩序ちつじょを揺るがすと考えている。根拠は無い。

 先生は起きたことも含め、マナちゃん個人の問題として処理できる範囲で学校に影響は無いと考えている。


・マナちゃんがこれまでしてきたことについて

 ボクは毎回被害者がいて、どれも重大な問題だと考えている。

 先生はそういうことは無いと考えている。


・敵への認識

 どちらも存在については朧気おぼろげに理解しているが、実在じつざいしている確信は無い。


・ソコツネクラスタについて

 ソコツネさんという生徒に勝手な設定を付与しそれを実現する、『ソコツネさん』という怪談を作ることを目的とした集団。

 ソコツネ㊙情報というツイッターアカウントをトップに幹部・中級構成員・末端構成員という組織体系がある。組織維持の為の調整機能が副次ふくじてき東中トーチュー均衡きんこうを保つ役割やくわりを持つに至った。




:こんなところでしょうか😋


:異変が起きつつあるのは確かですが、私達の見解けんかいはハッキリ分かれて対立している。ここまではいいですか❔



「異変が起きていることは確かですが、私達の見解ははっきり分かれて対立している。ここまではいいですか?」


「そうです。こちらとしてはのなら、一方的に手を加える必要は無いかと思っています」


 出た。こちらの最大の弱み。


 根拠=ボクの予感、だけ。


 これまで起きたことは全部問題じゃない、ことにされた。

 テニス部で起きたことと同じ、ハルカちゃんが飛び降りた後と同じ。



オッチマ:肯定していますが、何か根拠が無いなら手を加えるつもりはないと明言めいげんしています


:え 根拠、、、❔


:ワタシからすれば、重大な事態にならない根拠が無いと思うんですが😅😅


:まあそれは追々おいおいとして、、、



 追々?

 はぐらかすということかな。



:今度は個別の項目こうもくについて具体的に議論ぎろんしましょうネ😁


:先生はオッチマさんのお友達が作り広めている怪談についてはどう思われますか❔



「今度は個別の項目について具体的に議論しましょう。先生はフジモリさんが作り広めている怪談についてどう思われますか?」


 先生はフフッと鼻に抜ける音で少し笑う。


「議論? 何だか大学を思い出すなあ。怪談ね……まあ架空かくうの話に実在の人物を出すのはちょっと反則はんそくな気もするけど、趣味の範疇はんちゅうでしょう」


「……」



オッチマ:架空の話に実在の人物を出すのは反則な気がするけど趣味の内だ、と。揚げ足を取れる隙は無さそうです


:あっ😲


:いえ、そういうつもりじゃなくて


:怪談の中身について聞いてみてください感想が知りたいんです😜



「すいません、そうではないそうでして。怪談の中身、読んでの感想とか」


「そうだなあ。個性的だけど、その奇妙さに振り回されてるだけであんまり怖くは無いかな」



オッチマ:個性的だけど、その奇妙さに振り回されてるだけであんまり怖くは無い、と


:そうですよね‼ワタシも同意見です。


:でも、先生、不思議に思いませんか🤔


:どうして怖くもない怪談が広まっているのか❔



「うーみんさんも同意見だそうですが、先生は不思議に思わないかと尋ねています。どうして怖くもない怪談が広まっているのか」


「それは、まあ。シバタ先生とかハラダ君みたいに本当にいる人が出てきて色々変な目に遭ってるのが面白いんじゃないかな? シバタ先生とかは机の上で引きずり回されてしまって、その辺のことは……笑いものになってしまったし」



オッチマ:本当にいる人が出てきて色々変な目に遭ってるのが面白いんじゃないか、と。


:そうなんです‼


:最初の数学の先生の話も肝は異次元に開いた穴じゃなくて、先生の醜態で、穴に手を入れた時のリアクションなんです😋😋 実際、普通の怪談だってただ幽霊や妖怪が出てくれば怖くて面白くなるというワケじゃありませんし、これはお話を作る上での作者なりの工夫なのでしょう


:実在の人物を話。それが今御校おんこう流布るふされている怪談の正体。聞いた人は面白いから、ウケるから、と自分も誰かに広める、みんなで一緒に面白くなりたいから


:これは『ソコツネさん』と同様の構造です‼


:そんな話が繰り返し作られているのは、つまり、、、


:言うまでもありませんネ❤



 いや、わかんないけど……。


「すいません……ちょっと長いのですが。先生の言う通りで、フジモリさんの広める怪談で大事なところはオバケや幽霊じゃなくて、被害を受ける人の反応だと。実在の誰かをイジってウケた話なんだと。聞いた人も面白いからと誰かに広める、みんなで一緒に面白くなりたいから。それは『ソコツネさん』と同じ構造で、そんなものが繰り返し作られているのは、つまり、あー、言うまでもない、と。」


 『ソコツネさん』の名前が出ると先生はちょっと眉を吊り上げたが、気を取り直したように息を吐いた。


「続けてください」



オッチマ:続けてください、と


:では今度は、何故怖くないのかについて考えてみましょう🤔


:お友達の作るお話は飽くまで怖い話として広められている


:なのに、怖くない。変じゃないですか⁉⁉⁉



「今度は何故怖くないのかについて、です。フジモリさんは怖い話として怪談を広めているのに、怖くないのは変じゃないか、と」


 先生は少し考え込んでから答える。


「これは彼女の作るお話の内容から彼女の行動を予測するアプローチってことでいいのかな? まあそもそも怪談って怪しい話のことで、別に怖くある必要はないんだけど……」



オッチマ:これは怪談の内容からボクの友達の行動を予測するアプローチという認識でいいか、と聞いています。


:ハイ、そんなところです


:でも、流石国語の先生、怪談にお詳しい😍😍


:そう、怪談とは元来がんらい『怪しいもの』を語った話のこと。例えば小泉こいずみ八雲やくもがまとめた『怪談Kwaidan』では、死んだ子が生まれ変わるだけとか寝ている間に蟻の国で人生を過ごしたりみたいな、単に不思議な話も採録さいろくされています🤩🤩



「えーハイそうですと。そして、先生が言う通り怪談は『怪しいもの』を語る話のことで、例えばコイズミヤクモのカイダンには、ただ不思議なだけの話が載っているそうです」


「そうなんですね、ところでそれが今の話と何か関係があるんですか?」



オッチマ:それが今の話と何か関係があるんですか?


:😫


:これは失礼、つい脱線をば😪😪🙏🙏



「ただ脱線しただけだそうです」


「ああ、そう……」


 うーみんさん、大丈夫かな。興奮気味だけど……。

 スマホに目を落とすと、また彼の話は続く。



:怪談は必ずしも怖い話である必要はない


:けど、やはり怪しいものを扱う以上、話のどこかに怪異かいいへの恐れやおそれ、気味の悪さの感情があるはず😣😣


:ところが彼女の話ときたら、怪異を利用するだけ。誰かを困らせて後はポイ💨


:読者を怖がらせるのでも、作者が怖がるのでもない。これは、要するに、、、



「怪談は必ずしも怖がらせる話である必要はない。だけど怪しいものを扱う以上、話のどこかに怪異への恐れや畏れ、気味の悪さの感情があるはず。なのにフジモリさんの話は怪異を利用するだけでそれもない。読者を怖がらせるのでも、作者が怖がるのでもない。これは要するに」


「登場人物の誰かが怖がらされる話――それも『ソコツネさん』と同じ」


 先生はうーみんさんの言葉を待たずにボクと同じ結論を出した。


「と、言いたいんですか。貴方はソコツネさんに興味があると言っていましたね。その話がしたいんでしたら、遠回りせずにしていただいて構いませんよ」



オッチマ:要するにソコツネさんと同じ、ですよね? うーみんさんがソコツネさんの話をしたいなら構わない、と先生は言っています


:アチャー😖😖


:そういうワケじゃなくて


:本来なら恐さ、そして怪異とは何かについて対話たいわすることで、相互理解を深める予定だったのですが、、、警戒されてしまいましたか😭😭


:まあ🙄 先生もしたそうですし、ソコツネさんの話をしましょう


:先生はソコツネさんのシステムを高く評価してらっしゃるんでしたよネ❔😚



「そういうわけじゃないそうですが、そうしましょう、と。先生はソコツネさんのシステムを高く評価してらっしゃるんでした……よね?」


 先生は頷く。


「はい。ソコツネクラスタには攻撃性の高い生徒達が集まりました。自分の意志や感情を上手く伝えられなかったその子達は、しかし『ソコツネさん』という怪談を語り合うことで、協力し合い、その過程で発生する不和や軋轢あつれきを自己解決する能力をも身に付けました。こうした成果は明確に数字に出ていて、生徒の問題行動等は去年の一割ほどです」



オッチマ:ソコツネクラスタには攻撃的な生徒が集まったけど、『ソコツネさん』という怪談を語り合うことで、協力し、その過程で起きる不和を自己解決する能力が身に付いた。こうした成果には数字に出ていて、生徒の問題行動等は去年の一割だ、と


hmm...フーム


:怪談が共通のコミュニケーションツールとして機能している、というわけですネ☺怪談もお話の内ですし、おかしくはありません。まあ教育には悪いかもしれませんケド😝😝



「怪談がコミュニケーションツールとして機能している、というわけですね。怪談もお話の内だからおかしくはありません。えー、まあ教育には悪いかもしれませんけど……」


「そうは思いません。国語や数学の教科だけでなく、コミュニケーションの仕方を学ぶのも学校です。あの子達は怪談を語り合い、作り上げることで、社会にある暗黙のルールや触れてはいけないものを学んでいるんです」


 先生は自信満々に言ってのけた。

 うーみんさん、どう説得するつもりなんだろう……と思いつつボクはスマホに目を落とす。



:なるほど😍


:例えば那須高原ナスコウゲン殺生石せっしょうせき。石の周りに火山性の毒ガスが噴き出していたのを、人々は石は妖狐ようこ玉藻前たまものまえ遺骸いがい瘴気しょうきを振りまいているのだと伝えた、、、


:現実的な脅威に理屈をつけ伝え広める、それも怪談の機能の一つですネ🤩🤩‼‼



 ……。

 本当に大丈夫かな……?


「現実的な脅威に理屈をつけ伝え広める、それも怪談の機能の一つですね、と……」


「ええそうですね。『ソコツネさん』は自然発生的に生まれた怪談ですが、まさに学校という教育の為の環境ならではの現象と言えるのではないでしょうか。あるいはこれもトイレの花子さんのような『学校の怪談』の一つと言えるかもしれません」


 先生は雑談するようにうーみんさんの話を広げる。


 ダメだ、完全にいいようにあしらわれてるよ、うーみんさん。

 スマホを見ると、やはり彼はエキサイトしていた。



:興味深い着眼点ちゃくがんてんです😝


:そもそも『学校の怪談』自体が生徒が学校生活を円滑に送れるよう作られたのカモ‼‼


:いやあ学校ってのは上手くできてるものですネ😘



「興味深い着眼点です、と。そもそも『学校の怪談』自体が生徒が学校生活を円滑に送れるよう作られたのかもしれない。いや学校というのはうまくできているものですね……と」


 先生はニッコリ笑う。


「おわかりいただけたようで嬉しいですよ。でも、今では『ソコツネさん』は校内の人間だけでなく、保護者のみなさんや、他校、教育委員会にまで広められています。クラスタが増えると、それぞれのコミュニティへの影響力も増していく。拡大すればするほどこのシステムはさらに構造的に安定するでしょう」



:素晴らしい‼‼



「素晴らしい……と言っています」


 ダメだ、やっぱり先生に付け入るところなんてない……。

 顔を上げたボクのしょぼくれた表情を見て、先生の笑顔ははなやいだ。


「ええ! こちらとしてはモロズミさんや貴方がどうして現状に問題があると思っているのか理解できません」


「ああ、それは」


 ボクは、先生の目を見たまままっすぐ告げる。




が間違っているからですヨ」




 ボクも、先生も、口を噤んだ。




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