21. こんだけガミガミやってたら胃もたれして一気読みとかしんどそう
先生は長い指を組んで膝元に置き、言う。
「テニス部で起きたみたいなことはもう起こらない。約束する」
「そ、れは……」
「あの件では、誰もが
「ち、違います」
「何が違うの?」
「……」
「続けるね。シラサキ先生は自分一人で解決しようとして、他の先生達と問題を共有できなかった。深く後悔して、辞めてしまった。今はスクールカウンセラーの先生も含めて
違う。
「貴方達部員もアズマさんの変化を知りながら、手を差し伸べることができなかった。貴方も覚えている通り、全員にカウンセリングが行われたし、友達に寄り添う方法を学べたと思う。今は全校に対しても授業や
違う。
「アズマさんも自分の置かれている状況や抱え込んだ感情を言葉にして、誰かに頼ることができなかった。その為の方法を彼女は学んでいなかったから。今は先生達もそういう子をなるべく事前に見つけて、助けて、次からは自分でもできるよう指導を心掛けている」
違う!
シラサキ先生はボクが何を言っても
あそこで起きた全ての
だから、ハルカちゃんが飛び降りた時、シラサキ先生はバグった。
他の先生や警察に説明を求められた時、テニス部で起きたことを全部喋ってしまったのだ。
こういう場合、被害者やその家族に対する対応は決められていたけど、加害者に対する想定はしてなかったんだと思う。
先生達は話し合い、この件をどう語るかを決めた。
この手の事件が起きた時、
それがハルカちゃんにも
ハルカちゃんの家は、お母さんがお祖母ちゃんの
そんなストーリーが生まれると全てすんなり行って、後はアルガ先生の話し通り。
それでも、ハルカちゃんがどうなったのかは一度も説明の無いまま有耶無耶になり、テニス部は無くなって、責任を押し付けられシラサキ先生は辞めたけど。
違う。何もかも誰かの都合に合わせて変えられた。
でも。
「何か間違っているところはある?」
「……」
でも、わからなかった。
違うのに、それが間違っているのかどうか、ボクにはわからなかった。
シラサキ先生や部活のみんなの言ったように、ユキの態度が悪いから悪いのか。
みんながユキの扱いに困っていたのに、ユキだけを優先するのは正しいのか。
周りから揉まれることでその態度が改まるのなら、それは指導なのではないか。
みんながそうだと言っていることに根拠が示せないのに反論してもいいのか。
ハルカちゃんや先輩のしていることの是非の判断がどうしてボク一人にできるのか。
何もわからなかった。
だから、何もしなかった。
部活中ユキがいじめられている時も、ハルカちゃんが飛び降りた後も、何もしなかった。
ハルカちゃんや先生達の言うこと為すことを
ボクは最低。
それでも。今でも。
わからなかったのだ。
どうすればユキもハルカちゃんも、みんなが苦しまずに済んだのか。
「モロズミさん、何か問題はある?」
ずっと静かな時間が過ぎ、アルガ先生はもう一度聞いた。
「わかりません……」
先生はずっと優しくボクに問い掛ける。
「ソコツネクラスタに危険性はある?」
「わかりません……」
「フジモリさん達がしようとしていることに邪魔をして起きることの責任を貴方は取れる?」
「わかりません……」
「ね、なら、大丈夫じゃないかな。私の言いたいこと、わかる?」
「わかりません……でも、先生、ボクは……」
「貴方もあの事件を受けて随分変わった。クラスどころか学校全体まで目を向けて、気を配れるようになった」
「ボクは……ボク達は……」
「背は三センチ伸びた。すぐ気絶したり、男の子みたいにボクなんて自分のことを呼ぶようになったのは、ちょっと変わってるけどそれも
先生は立ち上がるとボクの前に膝立ちになり、俯くボクの顔をよく見ようとする。
「先生は、去年の四月、教室で初めてボクらの前に立ち、言われました……ボク達は学校で国語や数学の勉強をするだけではない、と。同じクラスや学校の仲間と、仲良くして、助け合い、間違いがあれば……お互い正し合うものであって、そのやり方を学ぶのが……学校だ、と。これから体が大きく強くなるのに合わせて、この世界で生きていく力も強く大きくしていかないといけません……と」
「モロズミさん」
ボクは右手で自分の顔を覆い、息を吐くと冷たい
「ボク達は……学校で学んで、どんどん大きく強くなります……ボク達は……」
「モロズミさん、もういいよ。貴方一人に背負わせちゃって、ごめんね」
先生はボクの両肩にそっと手を置き、これから気絶するボクを優しく受け止める。
ぐぇあ。
◆
うぐっ。
気が付くと国研を出てすぐそこの廊下。
ボクはマナちゃんに抱き留められていた。
「な、何で……」
「マナはね」
お互いコートを着込んでいるから温かさも冷たさも感じない。
ただ身長差で彼女の顎がボクの頭に当たり、骨ばった体温。
「ミハルちゃんのそういうところがカワイイと思ってるよ」
すー、と。
彼女の
「
軽やかな口調でボクは罵られる。
肩に回された彼女の手がぐっと強く締まった。
「それで痛い目を見ても少しも変われない! 本当にカワイイんだから!」
何も言い返せない。
強く抱きしめられて息が詰まるし、何も間違ってないような気がしていた。
「ねえ、どうミハルちゃん!? 身の程知らずで大きなものに立てついて、やること為すこと上手く行かなくて、自分が正しいかどうかさえわからなくなって、また
「怖い……?」
わからない……寒くて、とても疲れている。眠りたい。
でも、マナちゃんがすごく楽しそうで、それだけで少し気分が良かった。
不意に腕が緩み、右手がボクの頭を優しく撫でる。
「別にいいんだよ。みんな同じなんだから。その為に、マナが頑張ってるんだからさ」
ボクを慰めるのでも、見下すのでもない、彼女自身が
「頑張ってどうするつもりなの……」
頭を上げて、彼女の顔が見たい。
見たいのに、できない。
きっといつもの“圧”のある笑顔を浮かべているから。
頭に顎が動く感触、また彼女の口が動く。
耳を澄ますと、小さく、本当に小さく、よく知っている歌が聞こえてきた。
春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを……
この曲は。
ボクは正気に返り、マナちゃんから離れる。
国研に戸に背負ったカバンがぶつかってバタッと大きな音。
昇降口の方を見ると、やっぱりユキが立っていた。
耳にイヤホンを挿して、クリーム色のコートのポッケに手を突っ込んでいる。
その目はボクをまっすぐ睨んでいた。
いかにせよとの この頃か
いかにせよとの この頃か……
「そ、
ボクは
ユキはイヤホンを毟り取ると、首を横に振る。
「他の曲もたくさん聴いてる。ミハルがどっか行っちゃうようになったから知らないだけ」
「あ、そ、そう」
「ミハル。今日はずっと、うちのや他のクラスの変な仕草をしてるやつらから話を聞いてきた」
「話って何の?」
「ソコツネさん……のこと。ずっと知ってたんでしょ?」
「え、まあ、うん」
生返事をしながらマナちゃんを見ると、ヘタクソなウィンクを飛ばしてくる。
「何も知らないヤマダがカワイそうだから、ちょっと教えてあげました」
「昨日の昼、トイレに行ったら、トッコにそのソコツネクラスタっていうのが掴みかかってた。トッコは心当たり無いって言うけど、その女子はトッコがネットで何かしたって」
うっ。
「昨日の放課後、フジモリを問い詰めたら、ミハルがそれをやったって。二、三日前に教室で喧嘩や言い争いが起きたのもミハルのせいだって」
ユキの目は冷たい。
怒りがあって、悲しみがあって、諦めがあって、全部混ぜった冬の夕暮れの冷たさ。
「ソコツネクラスタの奴らに聞いても証拠は無かったけど……ミハルがやってないって証拠も無かった。だから教えて。ミハル、トッコに何したの?」
く、唇が震える。
嘘は幾らでも思いつくけど、今のユキに言ったら取り返しがつかない。
「か、確認したかったんだ。ゴ、ゴミさんがク、クラスタにどれだけ関係あるか。ちょっと、疑わしい所が多くて……。ク、クラスタの子だったら、い、色々とね、話せないこともあるから……」
「直接聞けばいいでしょ」
「そ、それだけでこっちが疑ってるって情報を与えることになるから……。ま、まあクラスタだったらの場合だけど」
「それだけの理由でソコツネクラスタの奴をけしかけたの!?」
「ご、ごめん。でも、で、でも、そんなに気が強くなくて外面を気にするタイプの子を選んだから、大きな問題にはならなかったでしょ? 他のクラスタの子達の間もリカバーができるように調整したんだ、だから大事には成らない。ちゃんとみんなが困らないように、気を付けてる、か、ら……?」
ちゃんと答えているつもりだったけど、ボクが喋れば喋るほど彼女は顔を青くしていく。
「みんなが困らない……? 本気で言っている……」
「ど、どうしたの、ユキ?」
少しして、意を決したように彼女は口を開いた。
「ミハル、そんな真似してまで、イカれたフジモリに構って。誰の為に頑張ってるの?」
嘘はつけない。
「みんなの為だよ。ユキやマナちゃん、学校のみんなが楽しく過ごせるように」
ユキはほとんど泣きそうな顔で首を振る。
「やっぱり、同じ……」
「な、何が?」
彼女はもうボクを見ない。
目を反らし、中庭の方に首を向けてしまう。
「昔、アズマに聞いた。どうして他人の悪口を言うの。他人を傷付けて平気でいられるのって。あいつもそう言った。みんなの為だって。みんなが楽しく過ごせるよう、面白くしてあげてるんだって」
ボクがハルカちゃんと?
「ご、ごめん、意味がわからない」
ユキは少し言葉に詰まり、窓を見たままこう言う。
「わからない……って本当にそう思ってるんだろうね。一昨年も、去年も、今も、ずっとそうなんだろうね、ミハルは……」
続きは無くて、彼女はくるっと後ろを向き、廊下を歩き出した。
「ユキ!」
「ついてこないで。図書室にトッコが待ってるから」
追いすがろうとするボクを一瞥もせずに拒絶する。
何が不味かったのかわからないけど、何故こちらを見てくれないのかは何となくわかった。
多分、ユキはボクのことが怖いのだと思う。
それなら今ボクがユキにできることはもうない。
「マナちゃん」
唐突に呼ばれても彼女はいつも通りだ。
「なーに?」
「また明日……」
そう言って背後に手を振ると、彼女はクスッと吹き出した。
「え? はは、うん」
◆
家に帰ってすぐ寝ようとすると、うーみんさんが今日の
心も体も疲れ切っていたけど、ここしばらくの習慣で書き続けると最後までできた。
オッチマ:そういうわけです。ボクはもう自分が何をやっていて、何が正しいのかもわからなくなってしまいました…
:なるほど、大変な目に遭いましたね、、、😫😫
本当ならしばらく休みたかった。うーみんさんにも状況を分析して、ボクの考えを
:では、今度はワタシがやってみましょう😀
◆
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