18. ※オッチマ=watchmanってことです。わかりにくいね





オッチマ:つまり、本当は うー・みん なんですか?


:そうです😁 中国語でウーミン、名前が無いってコト


:オッチマさんはもう知らない世代カナ😖2chにちゃんねるって大きい掲示板があって、そこは基本的に匿名とくめい、ツイッターみたいにハンドルネームを書かないのが普通なんですヨ‼ 


:だから表示名ひょうじめいはみんな『名無しさん』


:ワタシもその頃を引きずってて、、、😋


:最近の子はソウでもないみたいけど、個人を特定されるようなハンネHNは書きたくなくて、、、実名じつめいのもじりなんてもっての他でしょう❔👀


オッチマ:そうですね…



 うっ。

 ボクの名前オッチマはまさに本名ミハルから取ってるのでグサッと来た。


 元の話から随分れてるし、戻そう。



オッチマ:それで言えば、クラスタのメンバーの名前はけでした。ストレートにあだ名や、本人の好きなアイドル・キャラクター・ペットの名前…


:ええ、私から見れば不思議なのですが、、、😅


オッチマ:多分ですが、うーみんさんとはネットに対する感覚が違うんです。つまり不特定ふとくてい多数たすうの人に見られることは想定していないか、見られても本人や仲間内以外にわからないことしか書いてない、つもり。すぐに鍵垢に切り替えたり、投稿やアカウント自体も削除できますし、それでほとんどの場合問題ないはず、と思っている


くまでローカルでパーソナルなものだと感じているわけですね


オッチマ:まあ、だから利用できたわけですけど







 火曜の朝、ソコツネクラスタの構成員こうせいいん:優ッキーナ@yuki_na2002は登校するなり自分の教室に直行することになる。

 普段なら優ッキーナが来ることは無い時間。SHRにはまだまだあるし、部活の朝練あされんもある。


 教室に入れば生徒が三人。

 二人は後方真ん中辺りで雑談をしている。オタクで太った男子と、何かと小煩こうるさい女子――サブ・ターゲット――だ。珍しい取り合わせ、だと思うが、今は問題ではない。

 それどころじゃないのだ。


 残る一人、クラスタの構成員:2-4レフト@bertoltbooverは教室の窓より前側の席。強張った表情で優ッキーナを出迎える。


「なに?」


 2-4レフトは、なるべく短く早く喋ろうとしていた。サブ・ターゲットがいるし、昨晩急に呼び出してきたこの相手を強く警戒している。

 優ッキーナのフォロワーは百十三で2-4レフトの倍近いし、㊙情報と距離の近い幹部かんぶアカウントとも相互そうご、格の差は自明じめいだ。


 ピクと眉をひそめ、優ッキーナは口を開く。


「今日のさあ」


 案の定、2-4レフトが渋面じゅうめんを作った。


「うちのボール使うの止めてよ」


 この会話を理解するには、先週された以下のツイートを参照さんしょうする必要がある。



ソコツネさん㊙情報@sokotsunemaruhi

ソコツネさんはゴムの区別がつかないので、校内にあるボールというボールをきざんで消しゴムとして使っている



 ソコツネクラスタが㊙情報のおげから実行に至るまでのプロセスは、三段階ある。

 一つ目はあんし。㊙情報によくRTされるような面子めんつ――いわゆる幹部――が颯爽さっそうと『何が起きそうか』をツイート。そのうちのいいねとRTが多いものが“現実”となる。表で見えるのはここまで。

 二つ目は計画。ほとんどの場合、選抜せんばつされた案を出した幹部の相互フォロワーに話が振られ、人員や必要な道具等を用意する。これらの交渉は非公開のグループDMが舞台。

 三つ目は説明。末端の構成員に個別にDMで説明が行われ、彼ら彼女らが東中トーチューで実行する。


 狙い目は『計画』をにな中級ちゅうきゅう構成員達――優ッキーナのような――だ。

 teilorのような幹部が純粋じゅんすいにツイッターでの影響力で決まるのに対し、中級の子達は素性すじょうを隠し辛い。現実で人や物を動かせる立場である為だ。それだけで数が絞れるし、そういう子達のことをボクは以前からよく知っている。リアルとの紐付けが済めば、作戦会議のグループDMに入れなくとも提案の内容から誰が担当者で誰が実行するのか見当けんとうがついた。


バスケ部うち備品びひん使ったらさァ、困るじゃん、うちが。タシロ顧問になんて言えばいいのよ」


 優ッキーナ本人はバスケ部の部長やキャプテンではないが、彼が声を掛ければ部員は活き活きと動くし、黙っていれば鬱々うつうつとして動かない。顧問からの信望しんぼうも厚い影の実力者じつりょくしゃだ。


「でも、あー、大丈夫って聞いてたんで」


「大丈夫? 誰が言ったの?」


「ヒラ、いや、ルイス……」


 優ッキーナが舌打ちする。


 今回の場合、案を出した幹部:ルイス@CarpLewis0は中級構成員上がりで特に運動部系の人脈が広い。バスケットボールが選ばれたのは、バスケ部の構成員にも伝手つてがあったからだが、この際に優ッキーナに確認を取らなかった。


 通常ならソコツネさんに対し使われた物質的ぶっしつてき損失そんしつは、全てとして処理される。が、その際の教師や生徒の対応は手間と言えば手間。バスケ部の運営に関わる優ッキーナに仁義じんぎを切った方が平和裏へいわりに済んだろう。


 だがルイスはそうしない、とボクは読んだ。


「は? 特殊なカーボンがあれば同性間どうせいかん生殖も可能なんだが?」


「な、なるほど……奥深いんだね二次創作って……」


 能天気のうてんきにキモ・オタトークしているヤツらを恨めしく思いながら、2-4レフトは鼻の頭を掻き、スマホを取り出す。

 末端の実行役でしかない2-4レフトに取れる手と言えばこれしかない。


「は、何してんの」


「悪いけど……ルイス呼んだから」


 2-4レフトがスマホを操作すると、隣の教室の戸が開く音。


「バスケ部とバレー部のことは二人でやってくれよ」


 四組の教室に入ってきたルイスは鬱陶うっとうしそうな顔で優ッキーナを見た。

 2-4レフトが身を退き、向かいあった二人の間にピリっと緊張が走る。


「もう決まっちゃってんだよね。の後輩君も今ボール持ってくるところだから」


 ルイスのにべもない言葉に優ッキーナは歯を振り乱して怒りの表情をつくる。


「アンタんとこのボールにしてよ。アンタが言い出したことなんだから」


「いやバレーボール、ゴムでできてねーし。見たこと無いの?」


「皮剥けばゴムでしょ!」


 ルイスはここまで突っかかってくることを意外に思ったろう。バスケ部とバレー部の仲が険悪なのは周知のこと。練習場所の体育館を共有していることに起因きいんする些細ささい衝突しょうとつの結果だ。

 が、部員数の差でいつもバスケ部が退いてきた。

 今回もそれで済むはず、ルイスはダメ押しの事実を告げる。


「あのさ、知らないのかもしれないけど、タシロにももう話は通してあるから。お前が騒いでるだけ」


「関係ねーよ」


「は?」


 2-4レフトが思わず口を挟み、更に優ッキーナの怒りを増強ぞうきょうする。


「お前ら女子が調子こくんじゃねえよ!!」


 そして、優ッキーナこと、男バスのエース・ネモトユウタはルイスを突き飛ばした。


 ガシャンガシャン!!


 机や椅子が倒れ、ルイスこと女バレ部長・ヒラタミズキさんが床にくず折れる。


「お前何やってんの!?」


「ムカつくんだよアンタらよお!」


 2-4レフトことうちのクラスのヒラバヤシさんが制止するが、非力ひりきな彼女など物の数ではない。


「クラスも部活中もネットでも群れてギャーギャー騒いで俺の邪魔しやがって!!」


「え、先輩!?」


 そこにボールを抱えた男バスの後輩がやってきて魂消たまげる。

 普段は気さくな先輩が声を荒らげ女子を殴ろうとしていたのだから。


 後輩は止めに入るが、怒りのままネモトは暴れ、他のクラスにも広まる。

 野次馬やじうまが集まり、やがては教師たちもやってくるだろう……



「どうしたの?」


「い、いや……」


 ボクの目の前で、タナカは呆気に取られてネモトのヒステリーを眺めていた。


「まあ、いいじゃない。話を続けてよ」


「あ、ああ。な、何の話だったか……」


 まだ目を白黒させるタナカにボクは唇を一舐め。

 好機こうきだ。行ってみよう。


「忘れちゃったの? ならさ、オカルトの話でもしない?」


「オカルト?」


「ハラダ君が詳しくてね……タナカ君も知らない? ボク、興味があるんだ。ほら、ハラダ君のことでも、できることがあるかもしれないから」


 ちょうどそう言った時、教室に先生達が駆け込んできた。







 やったことは簡単。

 土日の間に特定したソコツネクラスタのメンバーにメッセージを送っただけ。

 LINEでクラスタに悩まされていると相談の態だったり、ツイッターで潜入していた複垢ふくあかでDMしたり。


 内容は誰が何をしているとか、どう言っていたとかそれだけ。憶測おくそくは混ぜるが、嘘は吐かない。こちらの意図を明らかにしないことで相手を疑わせ、裏を取らせる。信用してもらうために疑ってもらう、うーみんさんから習ったことだ。


 無論クラスタ内に対立関係を持つ子達が対象たいしょうだが、ここで一工夫ひとくふう

 元々ソコツネクラスタに参加する子達は攻撃性が高い。小競こぜり合いはしょっちゅうなので、揉め事の際は解決できる人間を呼ぶ等仲裁ちゅうさいの方法が用意されている。


 だから、送る相手のあまり知られてない対立を利用した。


 優ッキーナはかしましい女バレを嫌っているように見えるが、本当は違う。家でタッグを組む母と姉にしいたげられて、女性自体が嫌いなのだ。部活間の対立に隠されているからルイスや2-4レフトは彼の女性への嫌悪けんおを見抜けない。だからのこのこ近づいて彼を追い詰めてしまった。


 男女、成績せいせき貧富ひんぷ、生まれた地域、親同士の対立、等々。

 何かに見せかけて何かの対立。そういう関係性の爆弾ばくだんをあと十ぐらい仕込んだ。

 朝ほど大きいのは少ないが、昼休みにも幾つか火をき、今クラスタは疑心と憎悪の中にある。


 本人のコンプレックスと混ざり合った他人へのにくしみは、わかりにくく本人にも制御せいぎょしづらい。そうした感情を把握し、操作できるようになることがコツ。

 これはアルガ先生から習った。



「先生、クラスタ、やっぱり大変なことになってしまいました」


「そうね、どうしてでしょう」


 先生はボクを見ず、窓を見ながら答えた。

 組んだ脚をフルフルと貧乏びんぼうゆすりしている。


 今日の国研はいつもより寒い。学校で起きた幾つかの揉め事の為に先生らも忙しいのだろう。アルガ先生の足元のストーブもいていない。


「まあ、数日あれば表向きは落ち着くと思います」


「そう思うんだ」


「はい。クラスタの子達もそろそろ末端までという空気が行き渡ったことでしょう。新しい対策が幹部か㊙情報から発せられて治安ちあん維持いじされるんじゃないでしょうか」


「……」


 少し口を止めたが、沈黙。

 フルフルと衣擦れの音。

 まだ喋る。


「でも、代わりにクラスタ全体にという傷跡きずあとが残りますね。かもしれないし、私的な目的で手口を真似る模倣犯もほうはんも出たりして」


 ピクリと先生が肩を揺らした。

 畳み掛ける。


「そう言えば、聞いた話ですけどソコツネクラスタに、いや、その上層部じょうそうぶには“敵”がいるらしいですね。少なくとも、無視できるほどの勢力では無いのだとか。この集団は容易よういにガタガタになるんですし……」


 ボクはグッと身を乗り出した。


「乗り換えるんなら、早いうちが、いいんじゃないでしょうか?」


 貧乏ゆすりが止まる。

 先生はものすごくゆっくり椅子を回して、最後にボクに顔を見せた。


「モロズミさん」


 いつも通りの、ひまわりのような笑み。


「今日ルイスは失敗したけれど、彼女はクラスタを利用しを拡大していた。その伝手で先生達相手でも上手にやりとりし、クラスタだけでなく部活や自分の内申ないしん利益りえきを出していた。他の子達もそう。『ソコツネさん』という怪談を作る為に協力し合うことで友達になったり、クラスや学年、部活の垣根かきねを越えて交渉することを覚えた。この意味がわかる?」


 ソコツネクラスタは今や単にソコツネさん㊙情報のツイートを現実にする機関きかんではなく、東中トーチュー円滑えんかつな運営を補助ほじょする組織となっているということだ。


 一人の女子生徒を中心に、生徒・教師・地域住民が相互に行動を監視し干渉し合うことで、結果的に校内の平穏を保つ機構きこう


 ボクは唇の端をほんのり曲げ、口を開く。


「わかりません」


 先生は少しの間、黙って微笑んでから机の方に目を反らした。


「ごめんなさい、今日はこの後ソコツネさんが来ることになっているから。もういいかな?」


「はい」


 ボクは軽く頭を下げ、教室を後にした。







 少し気分が良い。

 明日もまだ“爆弾”が炸裂さくれつするだろう、もう一度先生に協力を迫り、ダメなら“敵”だ。タナカ君を糸口に“敵”と渡りをつける。あと少しのところだ。

 、ついでに進めている方も順調だし…………。


 上手く行ってる!


 ふふふ、と思わず笑い声が出かけてマナちゃんと目が合った。

 彼女はコートのポケットに手を突っ込んでふんと鼻を鳴らす。


「何笑ってんの、キモいなあ」


「別に?」


 大丈夫、今日は余裕を持って返事できた。

 気持ち反っくり返って、偉ぶって言う。


「じゃ、行こうか」


「はいはい」


 ボクから歩き出し、マナちゃんがそれに続いた。


「ミハルちゃんさ、頑張ってるみたいだけどさ、大丈夫なの、色々」


 先に喋るのは彼女。心なしか浮かない声。

 クラスタへの被害に対する抗議こうぎ


「うーん、まあそうだけど。マナちゃんを止めないともっと大変なことになるから」


 背後からくぐもった苦笑が聞こえる。


「ずいぶん好かれちゃったな」


「まあね。それで、マナちゃんおハナシの調子はどうなの? 御柱オンバシラが元は人間の生贄をささげるオマツリだったって説があるのはわかったけど、胡散臭いよ?」


 土日の間にネットと図書館に行って少しは御柱や諏訪大社スワタイシャの事を調べてきた。


 御柱人身ひとみ御供ごくう説を唱える人は結構いるらしい。実際、諏訪大社には大昔から生贄を捧げる血生臭ちなまぐさ神事しんじがあり、実は今でさえ生贄を捧げ続けている。


 ただし、それはカエルだ。正月にカエルを小さい弓で射るのだそうだ。昔だってシカとか動物だけ。人身御供説を裏付ける史料しりょうがある訳でもなし、人を捧げていたという説はあまり主流ではないらしい。


 マナちゃんはハーと溜め息。


「まだわかってないの? 大事なのは」


があって……それからがある、でしょ?」


 何故だかすっと記憶から言葉が蘇った。

 うーみんさんにも似たようなことを言われた気がする。


「ハナシ自体は嘘でも良い、わかるよ。でも、怖いハナシを作るのにまずが必要だとするならば……今度のは何?」


 良い感じに繋げられた。


 誇らしげに後ろを向くとマナちゃんは立ち止まっている。

 すごい怠そうな顔。


 ハッと振り向き直すと下駄箱からユキが顔を覗かせていた。



 ……。



 わっわっわっ。


「じゃ、じゃあ今日は、ここで!」


 ボクは駆け出してユキの元に向かう。


「ど、ど、どうしたの!! は、早く帰ったんじゃなかったの!?」


「知らないけど」


 飛びっきり不愛想に返事するとユキはしゃがんで靴を履き始める。


「どういうつもり?」


 ぼそっと聞いてきた。

 ボクが答える前に彼女は外へ歩き出す。


「あ、あのね」


「ミハル、一体何がしたいの?」


「何って……」


 風が強い日で、乾いた唇がピキッと引きつった。

 ユキは数歩歩くと立ち止まり、きびすを返してボクを見下ろす。

 アーモンド形の瞳が鋭く光って、まっすぐ見れない。


「守りたいだけだよ……」


「誰を?」


 ボクは口ごもり、その後、家に着くまで二人とも何も言わなかった。




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