19. 本当は誰が最初に教室のストーブ点けてたかもう思い出せない
◆
翌朝。
目を開けると嫌な予感がして、
うーみんさんからのDM。
:大変です‼ 誰でもいいから潜入垢でクラスタを見てください‼‼😫
言われた通りTLを開いて
ほとんどのTLが
ツイ
鍵を閉じてフォローを外されたアカウントも幾つかあった。
何か起きている。
対策を、いや、その前に情報収集だ。
けど、その前に朝食を作らなきゃ。
◆
トラブルは続いた。
「寒っ。ストーブっていつ
「私、や、やり方知ってる」
タナカと向き合うボクの背後で、ユキとゴミさんは手をこすり合わせながら白い息を吐く。
家を出たらユキがむすっとした顔で現れて、教室に来たらゴミさんも待っていた。
「えーと、係の子が来ないと点かないかな……それまで待ってて」
「そう」
ボクがお願いすると、ユキがボソっと返す。
二人は自分の席に戻る気配は無い……話すしかないか。
「それじゃあタナカ君」
「お、おう」
タナカは訳が分からないと言う表情だったが今日も会話に応じてくれる。
向こうもこちらから情報を引き出したいのだ。
「昨日は、えーと……学生モノの百合で、最後大人になって
「そうだな」
彼との会話は百合談義を
ハラダの趣味でもあり、話を寄せやすいのだ。
「『そういうの作るやつは
「うわあハラダ君らしい」
ダンコン主義とかキュウケイってなんだろう?
彼らの言葉は難しい。
「ア、アブねーやつだな」
「キュウケイって何?」
「そ、それはね……」
後ろから二人が口を
やりにくい。
「最近は大人になってもごく普通に関係が続くのが多いみたいだけどね……。でも、ボクは学生時代の良い思い出になっちゃうのも嫌いじゃないよ。変わり果ててしまう事でこそ“完成”する二人もいるんじゃないかな」
「
奴。
いつもハラダと二人で連んでるタナカの口からたまに出てくる三人目。
百合に対して
この人が“敵”へのキーマンだとボクは推測していた。
「へえ、それって、誰?」
興奮を悟られないよう慎重に聞く。
タナカはふんと鼻を鳴らし、口を開こうとした時。
「私は嫌」
「だって最初は女の子が好きだったのに男が好きになるなんて。
「私、ゆ、百合のことあ、あんま詳しくないから……そもそも最近の百合って現実にある同性愛への社会的な
彼の鼻から
「は?」
あっいけない。
「お前みたいな
勢いよく椅子から立ち上がりゴミさんに怒鳴るタナカ。
「ああ!?」
彼女も彼女で
「あっあっあっ、二人とも落ち着いて……」
「だいたいお前幾つ百合作品見たことあるんだよ!」
「数でマウント? 印象って言ったじゃん。ニワカの意見ぐらいスルーしろよ」
これじゃ“敵”どころじゃない。
そろそろ他の生徒や先生が来るかもしれないし、それでまた
脳内の百合知識を
不味いなと、ちらりと目をやる。
ハルカちゃんが教室に入ってきた。
ブレザーにスラックスのごく普通の格好で、カバンは背負ってない。
フワフワの飾りピンで前髪を留め、パッチリした両目が良く見える。
どこかに行こうとせず、ぼんやりと戸口に
ボク以外の誰もこの状況を理解してない。百合討論に夢中。
彼女はボクに気付くとニンマリ笑い、小さく手を振った。
その手はスッと戸の外へ向けられる。
そして、奇妙な程ゆったりと、招くように折られる
現れたのは女子生徒だった。
2-4レフト=ヒラバヤシさん、ソコツネクラスタの一人。
いや、一人ではない、何人もクラスタの子達が続いて現れる。
ついに
六人のその子達は、しかし、ボクやタナカとゴミさんの騒ぎなど
全員がカバンをロッカーに片付け、すんなり自席に着いた。
それから、全員が両手を肩まで上げ、
複雑ではない。
二本指を作り、両方の手と
速度やセット数、
この異様さに気付くと、さすがにタナカやユキも口をぽかんと開けて眺めていた。
ゴミさんだけは、鋭い目でそれを観察している。そこに怖れや不審の色は無い。
彼女は一瞬、教室を出ていくハルカちゃんに目をやり、何でもないように見送った。
◆
その後も登校してくるクラスタの子達は、例の変な動作を
クラスタに起きたことの全てはまだ把握しきれてないが、この異変とクラスタに残ったツイートから大体はわかった。
ボクが起こしたクラスタ内の混乱は完全に鎮圧されたのだ。
おそらく流れはこう。
それはきっと“おまじない”と呼ばれている行為の
詳しいことはわからない。あの手の動作以外にも時間や場所、道具が要るらしい。
確かなのは対象を定めて、こちらの正体を知らせず、何らかのダメージを与えるということ。
つまりは呪いだ。
同時にその呪いを返す方法も広められる。
これで不和と疑いが
嫌いな子がいるなら呪うし、心当たりがあれば呪い返しをする。
あとはもう
呪った子は自分の呪いが返ってくるかもしれないと呪い返しをし、呪われた子も自分が返した呪いがまた返ってくるかもと呪い返しをする。
もう表立って
しかし、中学生にもなって、みんなそんなに真面目に“おまじない”なんかを信じるものだろうか。そんなに
違う。
ボクは
『ソコツネさん』がなぜ怪談として
きっとマナちゃんやハルカちゃんのもたらすあれらはもっとずっと深くクラスタに
「今日はみんないい子だったね」
「ええ……」
放課後、
「モロズミさん、でも、これは貴方が守ってきたものなんだよ」
先生の安心させるような言葉。
無理だ、抑えきれない。
「先生! 先生は、このままでいいと思っているのですか……。マナちゃんやハルカちゃんのしていることは明らかに先生達の手に負えるようなものではありません。今クラスタに起きていること自体がそれを証明しています」
彼女はフーと細く息を吐き、少し遠い目をした。
「去年の四月にモロズミさんと会った時、とてもいい子だと思った。誰ともそつなく付き合えて、先生の意も汲んでくれる。授業中もクラスの決め事もとても
少し言葉を切り、手元にあったコーヒーが、先生の口に吸いこまれる数秒。
「先生達が担任になってクラスを運営する時はね、生徒たちの人間関係を
モロズミさんみたいな、ね。
眼でボクに告げる。
「私たちにとって幸いだったのは、貴方もそれを望んでいたこと。貴方はすぐに問題事を知らせてくれたし、そのほとんどを自力で解決さえしてくれた。それが何故なのか……」
「今も、今もそう思っています……!」
ボクが食い気味に言うと、先生は少し顎に手を当てて考え込んでからまた喋った。
「貴方がソコツネクラスタを見つけた時も
先生は両手を組んでボクを
「それは貴方の目的じゃなかったの?」
何も答えられなかった。
◆
“敵”。
あとボクにできるのはそれだけ。
国研を出てすぐに考えを巡らしていると、下駄箱の方から大声がする。
「そんなわけないでしょ!」
ユキだ。
もうヘトヘトだったけど、行かないわけには行かない。
走っていって、見るとユキがマナちゃんに掴みかからんばかりに怒っていた。
「ど、どうしたの……二人とも」
「お疲れ」
マナちゃんは笑顔でボクを出迎える。
「ミハル! 帰るよ!」
ユキはボクの手を握ると強く引っ張った。
「わわ、あの、ボク、マナちゃんとちょっと……」
「そうそうデートの予定がね!」
と
これは……ダメだな。
「ごめん、マナちゃん、それじゃ」
「残念、今日は色々話してあげようと思ってたのにな~」
「ミハル」
「わかったよ」
急かされて靴を履くと、またユキがボクの手を掴む。
「どうしたの?」
「行くよ」
たちまち校舎を出るボクらを、昇降口からマナちゃんと……ハルカちゃんが見送った。
帰り道、ユキは何も話してくれない。
こちらから何か話しかけようとすると、iPodを取り出し一人で何か音楽を聴き始めた。
春は名のみの風の寒さや……
微かに歌が響く。
最近のユキはこの曲ばっかりだな、と思った。
◆
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