16. ちょっと同じパターンで作ってみよう、気持ちよくなるかもしれない




オッチマ:今日は丸きりダメでした


:あらら😥



 その日の反省会はあらん限りに泣き言を書いた。

 とりわけ、これまで信頼しんらいしていたアルガ先生からで見られることは辛くて言葉にならない。

 うーみんさんは親身しんみに意味のない話を聞いてくれた。



:気持ちの問題は難しいですね、、、辛いと思います😪ワタシも信じてた上司が裏で私の悪口超言ってるの知ってから、今でも話すとき涙目になってます、、、


オッチマ:はい…でも、今日で少し慣れました。明日はちゃんと話せると思います…


:今日はあまり突っ込んだ話はできなかったのですよね。まだ交渉こうしょう材料ざいりょうは残ってます。頑張ってくださいネ😡‼



「ナツ、早く」


 お母さんの声がして、ナツヤがボクの部屋の前を駆け抜ける音。

 ボクはベッドの上で寝返ねがえりを打つ。


「やだー!」


 ボクと違ってくせ毛を長ったらしく伸ばして汗臭い弟。

 とにかく風呂嫌い。夕食前のこの時間はお母さんに言われるたび逃げ回っている。



オッチマ:ありがとうございます。友達のことも話してみようと思います。


:ええ、teilorとお友達の間に繋がりが無ければ、そこを利用してはったりを掛けることもできるかも😁



「やだー! やだー!」


「入りなさい、入りなさい、入りなさい」



オッチマ:そうですね!


:ただ、、、クラスタの方で何もないといいんですが







 翌朝、クラスタの攻撃が始まった。

 それは朝のきりの如く穏やかに広がり覆い、そして発散はっさんするともう見えない。


「ない……ミハルも?」


「うん」


 登校したら下駄箱からボクらの上履きが消えていた。

 そんな古典こてん的な、と思ったらさらに背板せいたにルーズリーフが一枚張り付けてあって、一文字、



 ↑



 とだけ書いてある。


「なに、これ」


 ユキはげきする前に首を傾げた。悪口にしては難解なんかいすぎる、と。

 ボクは人差し指を立てて矢印やじるしと同じようにする。


「こうかな」


 指の先を追ってユキは首を向け、天井を眺めた。



 二階に上り、昇降口の上辺り、ラーニングセンターに行くまで誰にも会わない。

 でも何となしか、空気に人間の吐息が充満じゅうまんしてるようで、息を吸うたび不快な気配の残りを味わった。


 学年集会をしたりする小さなホール、ラーニングセンターのドアを開けるとユキを声を上げる。


「あった」


 入口から見て奥の方真ん中辺りに、二足の上履き。

 ユキがカーペットきの床に足を踏み入れようとした。


「待って」


「何で?」


 答える前に、両足をこすり合わせる。

 爪先がかゆい、寒すぎて、いや、嫌な予感のせいかも。


「ボクが行くから」


 ラーニングセンターの入り口側にはリノリウムの床が廊下として南校舎まで伸びている。ボクは一端廊下を真ん中まで歩いてからカーペットに入った。最短さいたん距離きょり


 一歩一歩確かめながら進む。

 生地きじは寒さで格別かくべつにゴワゴワしていた。


 変なものを見る目で固まっていたユキが声を上げる前、上履き辺りでやはりそれは出てくる。


 灰色二系統のモザイク状に敷かれたカーペットのぎ目。

 そこに突き立つカッターのやいば


 見回せば銀の光がキラキラ、あちこちに。

 一つや二つじゃない、地雷じらいのように巧妙こうみょうに配置されている。

 摘まみ上げてユキに見せると、彼女は顔を白くさせた。


東中トーチューは刃物持込禁止なんだけどね」



 上履きを履いて教室に行くと、みんなはいつもと変わらない様子で過ごしながら、半分以上がそれとなくボクらを見てきた。

 そういう子達の為に右足を引きって歩いてみせる。


 戸の近く、ストーブに当たりながら、いつも一緒にいる女の子二人がコソコソ話を、ボクらに聞こえるぐらいの声で始めた。


「ラーニングセンターでさ、昔カッターをカーペットに仕込んだ奴が出て、問題になったらしいよ」


「何度もあったらしいね、何度も」


「じゃあ今も残ってるかもね」


「他のところにもあるかも」


 アハハハハ……


 笑い声は二人分だったけど、もっとたくさんの人が笑ってるのが理解できた。


 ユキが飛び出す前に、ボクは口を開く。


「おはよ、ゴミさん」


 自分の席で所在しょざいなげにしていた彼女は、挨拶あいさつを聞くとビューッと走ってきた。


「お、おはよう二人とも!」


 それだけでユキの顔からすっと緊張や怒りが引いていくのが見えて、ホッとした。

 本当に。







「先生は、のことを信じているのですか」


「彼女……? フジモリさんのこと?」


 今日は彼女、とあえて曖昧あいまいに問い掛けることから始めた。

 それがマナちゃんでも、㊙情報でも、ハルカちゃんでもいいけど、繋がりがあるなら取っ掛かりをつけたかった。


「はい。クラスタの中心にいるのは明らかです。もしかしたら彼女がシステム自体を作ったのかもしれません」


「またソコツネクラスタの話なの? いいけど、心配性なんだね」


「ボクには彼女が何か大変なことをしようとしているようにしか思えないんです」


 あの目だ。

 膝の辺りスラックスの布を強く握る。


「大変なこと、例えば?」


 唾を呑む。


「怖い話を作ってみんなに広めたり、とか……」


 先生はクスッと息を漏らした。

 ボクもられて笑う。


「それは一大事だ」


「ええ。でも、彼女の最近の行動はこれまで話した通りです。しかも、校内だけでなく、東中トーチューとは無関係の人まで被害ひがいを受けています。ハラダくんもいなくなってしまって。そんな彼女がクラスタを動かせる立場にいる。これでいいんでしょうか、大変なことになりませんか」


 無関係の人……マタイ塚の話は初出はつだしだ。ハラダの失踪しっそうも含めて、ここまで影響が出てるならもう校内だけで済む問題では無いはず。

 まあ、コイトさんやハラダを直接やったのはボクだけど。


 だが先生に動揺どうようはない。


「なるほど、ね」


 先生は椅子にもたれ、机のコーヒーを取り上げてすする。


 少し静かになって、窓の外で、植木うえきの枝から雪がポサリと落ちるのが見えた。


「仮にフジモリさんが校外の人に何かしたとしましょう」


「えっ」


 先生はいきなり喋り出した。


「それを見ていた人はいたのかな?」


「あ……いないかと」


「そうなんだね。じゃあ、被害者の人達は今後フジモリさんを……通報つうほうしたりうったえたりような人はいる?」


 彼女は先週の授業のおさらいをするみたいに聞いてきた。


「う……」


 うっ。

 マナちゃんはマタイ塚でコイトさんとか男の人達をあれこれしてたけど……。

 多分塚に食われたか、そうでなくても他人に言えないような目的で集められた人達だ!


「ないかと……」


「あ、そう。それから、ハラダくん。確かにいなくなっちゃったけど、冬休み中のことなの」


「え、それが?」


 先生は机の書類に向き、目元をみだす。


「ここだけの話ね。彼の家、元々お母さんしかいなくて」


「え……?」


「モロズミさんに言うのもなんだけど、難しい年頃でしょ? 結構ケンカも多いらしいの。近所の親御さんたちも知っててね」


 気持ち悪くなってきた。

 うなじの辺りにものすごいたくさん虫が這ってるみたい。

 この感覚にはがあって……だからどんどん気持ち悪くなる。


「いなくなった日も朝から怒鳴り合って飛び出したらしくてね、彼のお母さん、そう言ってた。私のせいかもって、しばらく待ってみますって。あまり気にした様子も無かったし、家出いえで先に心当たりがあるのかも……」


 アルガ先生は改めて向き直り、いつもみたいにボクに微笑みかけた。


「校外のことは、校外のことなんじゃない?」


「そ、そうですか……。しかし、こ、これからも大丈夫とは限りません」


「どうして?」


「それは……」


 先生はボクが喋り出すまで黙っていた。


「……ボクらはまだ子どもだから……失敗するかもしれません……」


「そうね、そうかも。でもね」


 椅子がクルリと回り、彼女は窓の方を見る。


「いい、モロズミさん。今はクラスタはうまくやってる。フジモリさんもうまくやってる」


 気が遠くなってきて反論が……出てこない。


「問題はないんじゃない?」







 国研を出て昇降口までの間、放送室ほうそうしつの向かいの壁にもたれてへたり込む。胃か肝臓かんぞうが空気でパンパンに張ってるみたくお腹の具合がおかしかった。


「やあやあ」


 もう少し休みたかったけど、見計みはからったように……いや見計らってたんだろう、マナちゃんが意気いき揚々ようようと現れる。

 ボクはよろよろ上を向いた。


「今日も? けられてるみたい」


「前はミハルちゃんがマナのこと尾けてたから。お返し」


 そう言ってべてくる手を掴んで立ち上がる。

 ボクより大きくて指の長い手は冷たくてすべすべしていた。

 痛いくらいに力が込められていて、ちょっと落ち着く。


 立ってからも少しの間握っていると、マナちゃんが眉を八の字にした。


「ミハルちゃん、手がネバネバ。ちゃんと洗ってる?」


「そんなことないよ! これはあ、汗だから!」


 勢いつけて手を振りはなした。

 マナちゃんのことだから誇張こちょうしてるだけ……そう自分に言い聞かせ、ダッフルコートに両手をこすりつけてから口を開く。


「じゃ、今日は次の怪談の話をしようよ!」


 イニアシチブ先手(イニシアチブかも)を取った。

 少しでも情報を集めないと。


「ああーでも、今作ってる最中さいちゅうだから」


 首に巻いた細いマフラーをいじりながらマナちゃんは気のない返事。


「でも何を使うかぐらいは決まってるんでしょ?」


「うん、地元ネタで行こーかなーって」


 地元ネタ。

 そんなのあったっけ、と言う顔をしてみせるとすぐ答えてくれる。


にぶいなー。去年、御柱オンバシラだったでしょ」


「あーあったね」


 御柱、というのはここらの地域で七年に一度あるでっかいオマツリだ。

 大きな木の柱をこの街から諏訪湖スワコと言う湖の方にある諏訪大社スワタイシャまで引き摺って四隅よすみに建てる変なオマツリ。


「でももう終わっちゃったよ」


 そう言うと彼女は頭を掻きながら昇降口へ歩き出したので、後に続く。


「そーなの。それでね、は使えないからマナも色々調べてるの、歴史とかオスワサマとか」


「ふーん」


 なるほど、オスワサマって何?

 御柱がどう怪談に関係あるかもよくわからない。

 聞き出すタイミングを狙うも、下駄箱に辿り着いてしまう。

 お互い靴を出し入れして履いてるうち先に口を開いたのは、マナちゃんだった。


「でも楽しかったよね、公民館行ったらご飯食べ放題だったし」


「え、そんなのあったの!?」


「うん、親戚にヘラヘラしながらビールいだりしないといけないけど」


「それはちょっと面倒かも。ボクは木落きおとし見ただけ、ユキと」


「へえ、木落キオトザカまで行って?」


「うん」


 木落しってのは、文字通り傾斜けいしゃのキツい坂から御柱を落とすことで、柱には人がたくさん乗っている。だから……転がり方によっては人が死んだりする。他にも危ないところが色々あって、去年も死者が出た。

 本当に変なオマツリ。


「何であんなことしてるんだろうね」


「あ、知らないんだ」


 靴を履き終わり、マナちゃんと扉の方へ。

 先生と会った後でこういう他愛たわいもない話が有難ありがたかった。


生贄いけにえだよ」


 赤いレンガの階段をポンポンね下りながらマナちゃんは言う。


「誰かの代わりに木の柱を引き摺って、建ててるの」


 これはさすがに関係あるとわかった。


「じゃーねミハルちゃん」


「うん、また来週」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る