怪談七:愛奈落

15. 何か月更新サボんだよ!!!!!!




オッチマ:え、じゃあ



 そこでボクはうーみんさんへの返答を躊躇ちゅうちょする。

 息を吐きつつスマホをシンクのへりに置いて、代わりにコップを取り上げた。


 暗闇を映した水を飲み、喉が鳴る。

 深夜一時の静寂しじまに響く音は他にない。


「ナツは、また?」


 声はある。


「またって?」


 角の向こうのリビングで、お母さんの返事は素っ気ない。


「学校、休み?」


 父さんが言いながら氷結ヒョーケツの缶をクシャリと潰す。


「ダメ、ダメ」


「ミキちゃんだっけ、あの、声がうるさいのって。クラス替えまで無理なのかなあ」


「それより最近はハセガワもね……」


 お母さんは若いらしい弟の担任の対応を愚痴り始め、父さんは聞き役に。

 ボクはスマホを取り戻し、返信する。



オッチマ:え、じゃあセンはあのお風呂屋でのこと全部忘れちゃったんですか!?


:そういう解釈もできますね😊😊 トンネルを通るシーン、お母さんにすがりつきながら歩くところは最初も最後も同じカットになってるんですヨ


オッチマ:今度よく見てみます



 もうすぐ金曜ロードショーでやるアニメ映画の蘊蓄うんちくは、行きづまった本題のいい息抜きになった。

 うーみんさんはオカルトっぽい創作物そうさくぶつ全般ぜんぱんが好みなようでボクの知ってるものも多く、よく色々な裏話うらばなしを教えてくれる。



:『せん千尋ちひろ神隠かみかくし』ではトンネルで明確めいかくに現実と不思議の街、異界いかいが区別されているように見えましたが、実際には違います。幼い日の千尋チヒロとハクが出会っていたように、我々の生きる現実がそうであるように


:大分脱線だっせんしましたネ😅 戻りましょうか



オッチマ:はい



 左手のコップの水は闇を乗せて真っ黒。

 国研のコーヒーみたいだ。



オッチマ:幽霊ハルカちゃんteilor先生への対策でした



 ボクはコップの中身を飲み干すと洗って流しに置く。



生霊イキリョウの線もありますが



:わかる範囲はんいでもかなり強敵きょうてきです。物理的な干渉ができて、妖怪輪ゴムを支配下に置いていた。そうでなければteilorの身の回りに用意なんてできないでしょう。



 雪の空になって、生死も知れないままだったハルカちゃん。

 あの状況にいきなり現れたことには大層驚いたが、あの姿自体はそれほど意外では無かった。

 三階から飛び降りたのだ、幽霊になっていてもおかしくない。

 なるほど、確かに確かにボクらの周りは『そういうもの』で満ちていた。


「いいよね、貴方は仕事仕事で」


「悪い、悪いとは思ってるよ」


 弟の事で忙しいお母さんが仕事で忙しい父さんを責め出す。


 部屋に戻るか。

 ボクは歩き出す。



オッチマ:teilorに近付くのはひかえるべきでしょうか



「学校にも他のお母さんにも嫌われるのは私、いつも」



:ただまだ情報が出揃でそろってないので怖れ過ぎるのも禁物きんもつです😋


:以前お友達が『敵がいる』と言っていたんですネ❔


:霊も敵を避けて行動を制限せいげんしているかもしれません


:今までも表立おもてだっては活動してないようですし🤔



「悪かったよ、今度呼ばれた時は俺も行くから」


 リビングを横切りながらボクは返答を打つ。


「はあ、またそれ。どうせドタキャンする癖に」



オッチマ:すぐさま脅威きょういにはならないかもしれない、と。しかし、確かめる時間があるかどうか。㊙情報の命令は出たままです


:そうでした😥



「あの一回だけじゃないか。どうしても抜けられなくて……ナツの為には今の給料より落とすわけには行かないだろ」


「それで面倒なことは全部私に押し付けるんだ。貴方は口を挟むだけ」


 ソファーに座るお母さんは初めて隣の父さんを睨みつけた。



オッチマ:リスクを取るべきだと思いますか?



 父さんが腕を大振りにしてソファーの背もたれに回す。

 振った勢いで氷結の汁が飛び散って、ボクの耳に当たり冷たい。


「その言い方は無いだろう」



:口を出すしかできない身で恐縮きょうしゅくですが、、、虎穴こけつに入らずんば、でしょうね😑



 結論は既定路線きていろせん



オッチマ:では、やはりteilorの説得せっとく続行ぞっこうしましょう




 リビングを越え、自室への階段を上る……おっと。

 振り向いて、何事か言い合う寸前の両親に声をかける。


「もう遅いよ、寝たら?」


 ボクに気付くと、二人はそそくさと赤ら顔を反らした。


「うん……」


 深夜に静寂が満ちていく。







 翌朝、教室でボクはトランプの山札やまふだを机に置いた。


「じゃあね、手牌テハイは八枚、一雀頭二面子イチジャントウニメンツ和了アガリだから。ジョーカーは何でもあり」


 ユキとゴミさんはそれぞれ困惑こんわくした顔で配られたカードを眺めている。


「トランプで三麻サンマって。そこまでして学校でしたい?」


「私、ル、ルールを知らない」


「教えながらやるからね~」


 仕方がないのだ、あちこちからギラギラ視線を向けられるこの状況では。

 特にユキは千切られた髪がザンバラのままでクラスタに関係なくても目を引く。

 だから、向き合って何か打ち込めるものがあった方がいい。


「はい、ボク立直リーチ点棒テンボウはシャーペンが千、ボールペンは五百ね」


一局イッキョクのペースが早いよ……それカン」


「おい、お前」


「え、え、リーチ? テ、テンボー? ソ、ソレカン?」


「えーとね立直って言うのは……」


「無視すんな!」


 急に男子のガナリ声。

 何だろうと見ると、カバンを背負ったままの太った男子。

 

「どうしたの、タナカ君?」


 平気そうに話しかけるけど、内心大焦おおあせり。


 彼はハラダ――敵?――の友達だ。

 接触せっしょくする選択肢せんたくしはあったけど、向こうから来るなんて。しかも険悪けんあくな雰囲気。


「昨日も無視しやがって」


 あ、輪ゴムから逃げる時、美術室前でぶつかりそうになったっけ。


「ごめん忙しくて」


「そんなことどうでもいい! お前、ハラダをどうしたんだよ!? ずっと電話に出ないし、あいつの親もおかしくなってたぞ!」


「あ」


 参った。

 冬休みのことは散々見られていたし、「何も知らない」では済まない。

 それに彼の血走ちばしったどんぐりまなこを見るに……誤魔化したら不味そう。


「あのーハラダくんとは……」


「お前が!」


「ええっ」


 ……どこまで知ってるのかな。彼も敵とつながりが?

 少し踏み込んでみるか……と思ったらタナカはボクの肩に掴みかかってきた。


「答えろ!」


「うわわ」


 いつもは臆病おくびょうな人だけど、他に友達がいない分必死なんだ!

 どどどうしよう。


「何やってんのアンタ!」


 ユキが怒って立ち上がる。


 いいのいいのと手でおさえるけど、肩にかかる力が強くて……コイトさんに抱き締められたことを思い出して……頭の中が……。


「どうなんだよ!」


「あのね、ハラダくんとはマナちゃんのことで相談してたけど、えと」


 しどろもどろに喋り出したけど、続きが出てこない。

 喉がカラカラに干上がり、目の前がチカチカしてくる……気絶するかも。


?」


 そこに、軽やかな高い声が飛び入った。


「お前!」


 タナカは睨みつける、彼の背後に立ってニヤニヤ笑うマナちゃんを。


「よーデブ。顔色ブタ肉っぽいね、どうしたの?」


「……クソっ、死ねっ」


 マナちゃんの舌の毒が全身に回ったみたく身震みぶるいして、彼は悪態あくたいを吐き捨てた。


 タナカはそのまま教室の外へ立ち去る。しかし、その顔に狼狽うろたえるところはなく、あくまで不利ふりさとっただけといった感じだ。

 やっぱり彼にも何かある。

 とはいえ、今は置いておく。


「ありがとう、マナちゃん」


「別に」


 愉快ゆかいそうな返答、こうしてると普通の友達。

 ほっと一息、ブレザーを直しつつ、それとなく教室を見回した。


 男バレの三人の男子が声を潜めて笑っている。『付き合ってる』と揶揄われるのが定番の幼馴染コンビが今日も夫婦喧嘩している。物静かなヒラバヤシさんが大好きなモリ絵都エトのようやく図書館に入った新作を読んでいる。

 その全員がさっきまでボクらをガン見で観察していて、今怪訝けげんな表情を隠せずにいた。


 少しでもソコツネクラスタのことを知ってる人間には、このおよんでボクとマナちゃんがしている理由がわからないのだろう。


「ミハル」


 ユキもその一人だ。

 ボクの袖を引っ張って、マナちゃんを不審ふしんげに睨む。

 昨日はハルカちゃんのせいかすんなり学校から帰れたけど、落ち着いたらやっぱりこうなるよね。


 マナちゃんは一顧いっこだにしない。

 自分の短い襟足のを撫で、満面の笑みで言う。



「ヤマダ、似合ってるよ!」



 ギリリとボクの袖が軋んだ。

 対面のゴミさんが縋るようにボクをうかがうう。

 ボクは黙ったまま。


 あと二秒でチャイムが鳴って、授業が始まる。

 頭が冷えたユキへの弁明べんめいは授業中に練ればいい。







「ええ、クラスタに問題?」


「はい」


 一限の後、ボクは国研へおもむき、開口一番かいこういちばんアルガ先生にそう告げた。

 まずは相談のていで、さぐりを入れる。


「あの、大きくなりすぎました……。今では校外の人まで㊙情報のツイートを見ています。命令が出たのは久々なので、勢いづいて暴走してしまうかも」


 そうなれば……。

 先生はその可能性を顎に手を当てて考え込んで見せ、いつもボクを励ます時と同じようにハキハキと話す。


「そうかな。ヤマダさん、今日はあまり困っているようには見えなかったけど」


 確かに今日は誰もボクらに手を出してこなかった。ユキの髪を見て制裁せいさいが済んだと思ったのか、もしくは。


「今は仕込しこみ中……とか。末端まったんにはからストップが掛けられているんじゃないでしょうか」


 上の方、と言った時は机の上、丸められたポスターに目をやる。ほのめかし。


「それは、クラスタが統制とうせいされている証拠しょうこになるんじゃない?」


 先生は表情を崩さず、助言じょげんする風のまま。

 組織構造そしきこうぞうがあることは認めたとみていいだろう。


「だからです。上の者が手足のように下の者を使う、ソコツネクラスタは本来の目的に対してちょっと、えーと……洗練せんれんされ過ぎました。このシステムがのことに使われる将来しょうらいもあり得ます」


「えっどうして?」


 先生は本当に意外そうに声をはずませた。足を組み替える。


 うっ。


 雰囲気が変わった。眼光がんこうえさを待つ時の犬の冷たさが混じる。


 マナちゃんやハルカちゃんのたくらみを知っているから、いや逆?

 話すべきか……ううん。


「あ……ボクがそう思っているだけです。初めに先生に報告して以来、クラスタの観察をしていて……」


 先生からこんな風に見られるのは初めてで、舌が火傷やけどしたみたいにヒリつく。


「じゃあ今は特にそういう兆候ちょうこうはない、と」


「……はい」


 言葉が、うっうっうっ……。


「ヤマダさんのことで、心配な気持ちになるのはわかるよ。でもね、クラスタの邪魔をした人でも大した怪我けがは負ってない、手を切るとかその程度。『邪魔をするな』と意図が伝わればいい、その為の仕組みなんだから」


「はい……」


「――なら、問題はないんじゃない?」


 う、うううう~~~~~~っ。







「失礼しました……」



 足取り重く国研を出る。

 ユキ達はもういないから、後は帰るだけ。『放課後残ってるのは危ないから』と言えばさすがに納得してくれた。

 昇降口の方へ行くと、後ろから声が掛かる。


「やっほー」


 マナちゃんだ。

 コートを羽織り鞄を背負って、帰りの格好かっこう


「どうしたの」


 彼女が追いつくまで待ってから聞いた。


 どういうつもり?

 作戦を読まれてる?


「一緒に行こーよ、お喋りでもして」


「おもっくそ逆方向だよ」


「はは、じゃあ下駄箱まで。お喋りだけ」


「そう……」


 どちらからともなく、歩き出し、とぼとぼと昇降口に辿り着く。

 まだ夕暮れではないけど、周りに人気は無く寒々しい。


「まだ怖い話を?」


「そう、もちろん」


 本当に楽しそうに笑う子だ。


「今度は誰を餌食えじきに……?」


 シバタ、コイトさん、ハラダ、ユキ。


「誰って。それじゃマナが毎回誰かを犠牲ぎせいにしてるみたいじゃ~ん」


 気になってたことを突っ込んでみたけど気にさわった様子はない。

 わかってる、そういう子だもの。


「でも大丈夫、もう誰も犠牲になんてならないから」


 スニーカーを出しながら、彼女はさらりと言った。


「えっ?」


「だから安心していいよ」


 ギョッとしたボクを余所よそにマナちゃんは靴を履き、扉の方へ進む。


「じゃ、下駄箱までね、また明日」


 もう誰も犠牲になんてならない……。

 下駄箱にもたれて座り込み、少しその言葉の意味を考え込む。


 風が吹いて、冷え切った上履きのゴムや誰かの足の臭いが鼻を突いた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る