怪談五、六:謎の輪ゴム
11. 一人称で書いても結局語り手に離人感が出ちゃうんだよね俺
◇
「うっわ、ゴミトコ」
ユキエはキレた。
「……」
「な、何だよ?」
「ゆ、ユキちゃ……」
トッコが大きい目を
ユキエは怒りで
「何その
それはやっぱりクラスでの彼女の
「は?」
相手も
「人にぶつかっておいて……ふざけてる!」
「うるせーなお前」
ユキエは困った。
同じく困り顔のトッコの白い顎から
自分が立ち上がらねば、伝う前に拭き取れていたはずだ。
ユキエの心に
同時に、普段ならこうはならない、と違和感も抱いた。
普段ならこうなる前に――。
そう思って対面の机のミハルを見ると、どこかをぼけっと
ユキエの視線に気付くと、幼馴染は騒ぎに一瞬目を丸くしたが、すぐに男子に向かって
「ヤジマくん」
「んだよ」
「
言うや
「え? 嘘」
「ちょっとだけね」
拭き取りながら男子を見上げるミハルは本気で心配しているように見える。
一方の男子はされるがまま。
本当に染みがあるかどうかは怪しい。が、
「はい取れた。でも、ぶつかっちゃ危ないよ?」
「あ、ああ、悪い、悪い……」
男子はばつが悪そうにミハルやユキエ、そしてトッコと視線をさまよわせ、うわ言のように謝った。
それで
ミハルは今度はトッコに声を掛け口元を拭きに行った。
後にはユキエの
いつもどおりだ。
いつもどおりにミハルにやりこめられてしまった。
いや、でも、とユキエは思う。
普段は彼女が事を
特にここ一年は
どうして?
最近ちょっと変とは思っていたけど……。
ユキエは席に着き、幼馴染がずっと見ていた方をこっそり
そして彼女は、いつもうるさい女子の
◆
「休み中フジモリさんと仲良くなれたんだね、すごいじゃない!」
アルガ先生はボクの話を聞いてから、そう褒めてくれた。
「え、そうなんでしょうか……わかりません」
「ううん、前はまるで解けない問題みたいに彼女のことを話していたもの。今はちゃんとクラスの友達のことを話せてる」
「はい……」
先生は安心したように息を吐くと机に向き合う。机の上にはたくさんの書類や部活の関係か丸めた
あまり仕事の邪魔したくはないのだけど。
「でも、フジモリさんはやっぱりまだ何か抱えていると思うんです」
言いながらハルカちゃんの顔が頭を過る。
「そうかなあ。教室でも問題なく打ち解けていたし、モロズミさんなら幾らでもリカバーできると思うよ。今日のお昼も助かったし」
先生は改めてこちらを向き、ボクをまっすぐ見つめ微笑む。
「モロズミさんの誰とでも仲良くしようするところはとてもいいことだからね。大人になってからとても大事。
「ありがとうございます」
だけど、マナちゃんを止める為には先生の協力も必要だ。
ボクは
「先生、実は」
その時、後ろからガララと扉の開く音がした。
振り向くと、通学カバンを背負ったソコツネさんが立っていた。
「おっと、もういいかな?」
「あ、はい」
間が悪い。
ボクは軽く頭を下げ、そそくさとその場を後にする。
「ソコツネさん、実はね……」
先生の
すれ違いざま、ソコツネさんからは温泉か
◆
国研を出たボクは女子トイレの個室に入った。
タイルの壁にもたれ、スマホを出してツイッターを開く。
teilor
@HfuTsmZ2HGAiHTD
イラスト/サックス/ヒロアカ/伊東歌詞太郎/まふまふ/ウォルピス
ついには㊙情報とリプで
teilor@HfuTsmZ2HGAiHTD
今朝のは「靴よりシャツにやった方が面白い」って言ったんだけどなあ
こんな
ボクとうーみんさんはクラスタへの潜入を
teilorをターゲットにしたのは、よくソコツネさんの名義で教室の
この絵を貼っているところを
お昼からteilorの新規ツイートは無し。
ソコツネさんが帰ったら、もう一度先生に相談にしに行こうか。でも失礼かもしれないし……明日にして図書室のユキ達と合流しようか。
そう悩んでいるとドアがノック。
「トントン、ここWi-Fi飛んでんな?」
マナちゃんの声。
スマホを取り落としかける。
「つつ、使ってないよWi-Fi!」
変な返事に彼女はクスクス笑い、早く出てきなよ、と言うのでしぶしぶ出た。
今日も彼女はマスクの奥からニヤニヤしている。
「何でここにいるって」
「マナは放課後一番にアルガさんに呼ばれて、去り際にミハルちゃんがコソコソやってくるのを見てね。待ってたわけ」
ボクを、わざわざ?
さっと身構える。
確かに彼女とは大分仲良くなった。それは本当。
でも、信用はできない。
ここ数日、ソコツネクラスタの間でコイトさんの失踪が話題になっている。びじんきょくでヤクザに
ハラダもそうだ。五限の前にはもう『呪われて消えた』と噂になっていた。爪に傷がつき、草が生えて消えた、と。
マナちゃんが広めているのだ。
理由はわからないけど、意図的に話を
ボクの反応は彼女を喜ばせたようで、うんうんと頷いてから口を開いた。
「新しいハナシが入ったんだ」
「……どんなの?」
マナちゃんは後ろ手を組んで
「今度は“
と言って、話し始めた。
話し終わると期待を含んだ目でボクの顔を眺め回す。
「どう、ミハルちゃん。これ怖い?」
「あんまり……」
正直な感想を言うと、彼女はブーと
「えーつまんない。いつものリアクション芸見せて」
「あの、ボクはそこまで怖がりじゃないよ」
「嘘。いつもスゴイ顔してピョーンって飛び上がってんだから、かわいい」
そんなはずない……多分。
反論するより先にマナちゃんはボクの手を掴み、出口の方に引っ張りだす。
「その顔見たいから、今から探しに行こうよ!」
完全に彼女のペースだ。
今日はユキ達を
扉を開ける彼女を立ち止まらせたくて踏ん張る。
「ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
振り向いたマナちゃんより先に衝撃的なものがボクの目に入る。
「ミハル」
ツヤのある髪を一つ結びで肩に垂らし、やっと松葉杖がとれて自由に歩けると今朝喜んでいた幼馴染。
ユキだ。
うっ。
「あ、あ、あの……どうしたの?」
マナちゃんから手を放しユキの近くに行く。
ユキは一歩下がり、ボクから距離を置いた。
「先生のとこ行って長いな、と思って。気になった」
「そう。もう終わったよ」
ボクはマナちゃんの方を向く。
「今日はユキ達と勉強する約束があるんだ」
マナちゃんはさっきまでとは別の種類の笑顔でボクらを見てから口を開く。
「ハハ、また明日ね」
そう言ってその場から去って行った。
マナちゃんが角を曲がって姿が見えなくなると、ボクが何か言うより先にユキはボクの両肩を掴んで、じっとする。
しばらくお互い黙って見つめ合ってから、ユキはボクに質問をした。
「あいつに何かされてるの?」
「違う。 ……かもしれない」
自分でもわけわからない返答。
ユキはそれ以外は何も聞かなかった。
◇
パィン。
後ろから弾かれた
二限数学の授業中、ユキエはその気の散る
小テストの問題ではない、とっくに解き終わっている。
昨日のミハルのことだ。
パィン。
なんであいつなんかと。
アズマハルカの
ミハルの
ユキエはそっと首を幼馴染の方に回す。その際、どこかから発射された輪ゴムが後ろの同級生――ソコツネさん、だっけ――に当たるのが見えた。
パィン。
ミハルは小テストに夢中だ。
彼女は今あいつのことで困っているのだろうか。
いや、あいつに困らされているのかもしれない。
わからない。
パィン。
ミハルは何も話してくれなかった。
一人で抱え込むのは気に食わないが、ああいう奴なので、誰かに何かあるとすぐ飛んで行ってどうにしかようとする。去年からは
しかも、その
パィン。
彼女が困っているなら何かしてあげたい。
しかし、ユキエは
その結果がテニス部のあれで、今なのだ。
このままでは、感情のままではいけない。
冷静に、慎重に。頭を使わなきゃ。
そう思ったユキエが首を元に戻すと、その際にソコツネさんに輪ゴムが当たりパィンと音を立て、彼女の足元の輪ゴムの山に落ち重なるのが見えて。
「うるさい!」
ユキエはキレた。
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