10.解決編はサクッと、まだまだ続くんだから




『こっちが先約せんやくだったでしょ? 冬休み前から決めてたのに』


「ごめん!」


 スマホからユキのため息。

 午前九時の玄関、冷え固まったスニーカーに足を押し込みながらボクは言い訳する。


「本当急に『スカラ座映画館行くぞ』ってさ。でも父さん、滅多めったに休み取れないから、ごめんね、本当にごめん……」


 ぐりぐりと足首を曲げながらくどくどと、またユキがため息を吐くまで言い訳。


『もういいよ。トッコにも私から伝えとく。また学校でね』


 電話が切れると手がジンとしびれる感じ。


 十数秒して動き出す。靴を履き終え、LINEを開いてユキと話す前に送ったメッセージを見た。



みはる:原田君、お昼に一度会えない?



 既読が付いたのを確認し、ダッフルコートのえりを正すとボクは家を出る。







 昨晩、うーみんさんは呪いについて解説してくれた。



:蔓や花、姿が消えたことも言ってみれば問題の枝葉えだは、さほど重要ではないんです。まず誰かを傷付きずつけようという気持ちがあって、でも直接はできなくて裏でこそこそやる。その迂遠うえん非効率的ひこうりつてき手段しゅだん、それこそが呪いです。


:オッチマさんの解釈かいしゃくだと、呪物や呪力だとか曖昧あいまいな言葉に隠されて根本の害意がいいが見えてきません。表層ひょうそうに過ぎない蔓や花で呪いを分析ぶんせきするのは間違いですヨ😫


オッチマ:すいません、ちょっと難しくて。呪物、冬瓜の種や根は無いんですか?


:呪いが冬瓜の形であること自体が隠すための手段なんです😓 万が一呪物があったとしても、到底とうてい見つかりませんよ、隠されてるんだから。呪いを解く最善手さいぜんしゅは誰がやったか知ることです。でもそれはわからないんですよね❔👀


オッチマ:はい


:では次善じぜん。それは、どう隠したか。逆説的ぎゃくせつてきですが、隠し事はバレる為にあるんです。真実しんじつへの手掛かりこそが、呪いを呪いたらしめ力を強くする


オッチマ:手掛かり


:消えてしまったお友達は靴の爪先辺りに画鋲が仕込まれていた、と話していたんですね❔ 勘のいい子だ😄 やはりそれがきっかけで、手掛かりなんですよ。冬瓜の花や蔓からいったん離れて、文字に注目してください🙄 何か隠れていませんか?


オッチマ:わかりません


:このさい冬も余計よけい、瓜だけ見て🔍 画鋲で傷付けられたものは何ですか?


オッチマ:あ


オッチマ:爪……ですか?


:そうです🤣🤣爪に傷をつけて瓜にされたことがこの呪いの始まりなんです❗❗


:でもそれだけで呪いが成立するとすればちょっと怖いですヨネ。世界中のいじめられっ子が消えてしまう。まだ何か条件があるハズ👀


:そこで根源の害意が手掛かりになるわけです。人一人消すほどの呪いなら、当然画鋲を仕込む以上の害意が無いといけない。並大抵なみたいていの隠しやすさじゃないハズ。例えば夜中に白装束しろしょうぞく藁人形わらにんぎょうを打たねばならないうしこくまいりのような。恐らく、、、呪う者も自分の爪に傷を付け、体に“瓜”を共有してるのでは❓ もしかしたらそれこそが根の形をとっているのかもしれません🤔


オッチマ:結局、誰が呪ったかわからないといけないんですね……


:あ そうですね😥 でも、希望を捨てずに。まだ他にも隠しにくさがあるハズ。今わかっているだけでも、時間がかかること、効果は徐々に出ること、、、


オッチマ:でも、呪いについての情報はもう……


:、、、呪いだけを見る必要は無いんですヨ❓


オッチマ:すいません、よくわかりません。それに最初に聞いた話とあまりに違っていて、頭の整理せいりがつかないんです。


:、、、🤔


:オッチマさんに最初に話した人は呪いに対するセンスが、、、ちょっと😪


:私を信じてほしいとは言いません。ですが、間違った考えに導かれた方策に従えば、いつまでも呪いは解けません。なので、この件に関してはその人とはもう関わらない方がいいと思います😅


オッチマ:そうですか……ありがとうございます







「ってことがあってね」


 例のファミマの前で、ボクはハラダにうーみんさんの『呪い』の話をした。

 空の真ん中で光る太陽を細い雲が覆い、ハラダの顔がさっと暗くなる。


「中学生にオカルトを熱弁ねつべん、ただのヤバいオヤジだろ。出会いちゅうだし」


 ハラダはいつも通りハキハキと罵倒した。


「うん、まあそうだよね」


「犯人なんて見つかるわけない。お前だって、あいつが、あいつらがどれだけ他人をバカにしてきたか知ってるはずだ」


 彼はそう断言する。

 マナちゃんの口の悪さは言うまでもないし……それより更にキツいハルカちゃんと一緒になれば台風のようだった。動機どうきのある人はいくらでもいる。


「やっぱり当てになんないのかなあ……」


「取り合うだけ時間の無駄だ。飯にするか」


 またそう言い切って、彼はファミマの方に向かう。


「待ってよ」


 と、声を掛けつつボクも彼を追って入店した。

 今日も店員は茶髪の若いお兄さん一人で、ボクらに『またか』という顔をした。


 ツナマヨのおにぎりと紅茶を買ってイートインに座る。

 食べ始めると、ハラダが会計を済ましてやってくる。まるごとソーセージ等の総菜そうざいパンを袋から取り出しながら、ボクから離れて座ろうとした。


「隣、座りなよ」


 そう声を掛けるとハラダは目をギョロリとく。


「は? いいのか?」


「別に」


 ハラダが座るのを音と風圧で感じてからボクは口を開く。


「そう言えば、話変わるけど」


「なんだ?」


「瓜田に履を納れず、ってことわざ」


「あー」


 生返事なまへんじの彼が、俯いてまるごとソーセージの包装ほうそうを開けようとするのがガラスに映って見えた。


「本当は『瓜畑の中で靴を履き直すな』って意味なんだってね」


 ボクは横を向いて油断仕切ったハラダを押し倒す。


「うおっ」


 ガタンと大きな音を立てて椅子ごと倒れた彼の、足に覆いかぶさった。


「お客さん!?」


「違ったらゴメン!」


 店員さんが声を張り上げるのは無視して、謝りながら右足の靴を脱がす。


「オマッ、何しやがる!」


 スニーカーを投げ捨てると、茶色い長靴下だ。それも脱がそうとすると体が引き剥がされる。

 思ったより回復が早かった。半身を起こしたハラダに思いっきり肩を掴まれて痛い。


「俺のこと疑ってんのか!? ネットのキモいおっさんの言うこと信じんのかよ!?」


「え、えーとね……」



 昨晩、日付の変わった頃、ボクはうーみんさんにDMを送った。



オッチマ もしかして、何か隠そうとしてます?



 それは簡単な問題だった。

 呪いだけを見る必要はない、と彼は言っていた。つまりボクらを取り巻く状況や人も見るべきだ、と。そうなれば専門家を自称してやってくる人間、ハラダやうーみんさんが一番怪しいのだ。自分に課せられた制約を誤魔化しながら、呪いを助長させようとさえするかもしれない。今までのうーみんさんの話はあまり信じられなかったけど、これは確かにそうだと思った。


 自分の考えを伝えると、『オッチマさんには疑ってほしかったんですヨ、信用してもらう為に』と、顔文字と絵文字に塗れた文章で彼はそういう返答をしてきた。



「そういう訳で……ゴメン!」


 言い訳するふりをしてもう一度組みつこうとする。腕力比わんりょくくらべではハラダに勝てないが、不意打ふいうちはもうできない。

 それでもハラダはガッと上半身を退いた。


 右の靴下を脱がしても、何もない巻き爪気味の足だった。汗臭い。

 でも左足に向かおうとすると、ハラダは思いっきり身をよじって。上半身は首まで奇妙にっていて、生白い喉仏のどぼとけが良く見える。


 右足を手放すと胸を蹴られて息が詰まった。しかし体勢が悪いせいで威力いりょく自体は弱い。矢継ぎ早に手や足がボクを打つけど耐えることができた。

 蹴られながら左足を抑えて、靴と靴下をいっぺんに引き剥がす。降ろし始めた瞬間にわかった。


 牛蒡ゴボウみたい。

 太くて長い根が足にからみついている。


「ぐう……見るな!!」


 唸るようなハラダの声。

 完全に露出した爪先からやっぱり根っこが生えていた。


「や、やった……」


 でも、これ、どうしよう!?


「抜いて!」


 虚空こくうから声。


「う、うん!」


 声に従い、ボクはハラダの足から根を解いて引っ張る。

 ずるッと泥みたいな感触がして、根が爪先から動き、伸びる、伸びる。

 掃除機のコードのように、何メートルも。


 それから。

 根はすぐに茎になり、細い蔓になり、黄色い花が現れてハラダの親指と爪の間から抜ける。


 冬瓜はボクの周りに集まった。

 でも、これ、どうしよう……と思う間もなく冬瓜の根がミミズのようにぶるぶると動き出し、ハラダの爪に殺到する。


「止めろ、来るな!」


 いつの間にか拘束が解けたハラダが叫ぶも敢え無く、根っこは親指と爪の間に入り、ボクが引っ張ったよりも速く潜り込んでいく。根だけで終らず、茎も、蔓も。


 そして、爪に花が。


 親指と爪の間に黄色い花だけが咲き、花までも爪の間に引っ込んで、ハラダの姿が消えた。



「呪い返しだよ」


 ボクと、店員さんが呆然としていると、マナちゃんが言った。

 ハラダを羽交はがめにしていたので、ちょうど向かい合う形で、いつものニヤニヤした意地悪な笑顔が良く見える。


「やるじゃん」


 と片手を掲げるので軽く手を合わす。


 朝一でマナちゃん家に行って、どこかにいるはずの彼女に聞こえるように作戦を説明し、おんぶしてコンビニまではこんできたのだ。会話はできなかったけど重さはわかったので良かった。

 ……すごく疲れたけど。


 彼女の裸足の右足にはもう何も生えていない。

 ボクはほっと息を吐いて、立ち上がるとマナちゃんに右手を伸ばす。

 ハラダのいた辺りだったけど、手に当たるモノは何も無かった。


 マナちゃんは両手を伸ばして肩をすくめる。


「家までおぶってってよ。疲れたし」


「えっ」


「あと靴無いし」




 



「うっ、ふっ。うー……」


「ちょっと、苦しそうにしないでよ。マナが重いみたいじゃん」


「う、うー、ゴメン」


 コートを着てくるんじゃなかった。外は寒いのに暑くてたまらない。

 ボクはマナちゃんを背負いながら里山沿いの長い坂道をなんとか歩いている。


 朝はわからなかった彼女の吐息は熱っぽくて、眠たげだ。

 今ならどさくさで色々聞けるかな。


「ねえ、ハラダくんって、なんでマナちゃんを呪ったのかな?」

 

「悪いやつだから。口悪かったじゃん」


「そうかなあ……」


「敵がいるんだよ。マナのこと狙ってるんだ」


「適当言ってない?」


「本当だよ、マナは何でも知ってるんだから」


 胡散臭いけど、今の彼女は嘘を吐いているようには感じられない。やっぱり取り繕う余裕も無いのかも。


「じゃあ……マナちゃん、教えて」


「何」


「ハルカちゃんって死んじゃったのかな?」


 答えは無くて。

 ボクの身体に回したマナちゃんの両手にギュッと力が入って、重さが二人分になったような気がした。






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