12. また四話構成になっちゃう。目指している文章量に対してプロットがデカすぎる



 教室の一同は、ユキエが急に大声を上げると注目し、それがソコツネさんに関するものだと理解して無言でどよめいた。

 彼女を制止せいしすべき教師はこの場にいない。小テスト時には近くの数研スーケンで仕事を片付けるのが慣例かんれいだ。


 ユキエは正面から一同に怒鳴どなり返す。


「パシパシパシパシうるさいよ、誰がやってんの!?」


 彼女が怒ったのは七割が騒音にるが、三割は同級生への同情どうじょうだ。


 『ソコツネさん』と言う同級生と、そこにむらがる不気味な集団についての知識ちしきはほぼ無い。人間関係には無関心むかんしんでスマホは持たず、ソコツネさん自体が元々だったので、最近ようやく『奇行きこうだけじゃない』と気付いたばかりだった。


 ソコツネさんの席の前方の女子が二名、ククと笑い声を押し殺すのがユキエの目に入る。


「面白い? 人に輪ゴム打って打って、今何歳?」


 そう言ってユキエがソコツネさんの席に寄り、輪ゴムの山をまみ上げて二人に見せると、彼女達は顔をしかめた。


「は、オマエ何?」 


「何怒ってんの、気持ち悪」


「見て笑ってたんでしょ、ずっと。誰、それともアンタら?」


「はあ? んなわけないでしょ」


「じゃあ誰?」


 輪ゴムを振り回して周囲の者に問うと、大柄おおがらで色黒の男子が吐き捨てるように答える。


「知らねーよ。こっち見んなブス」


 その刺々とげとげしい拒絶きょぜつの反応は、ユキエの視界に映る者達に次々伝染でんせんしていった。その表情にも『関わりたくない』と『邪魔をするな』という二種類があることに、彼女は気付く。


 一昨年まではわからなかった。

 初めての部活で、気に食わないことがあれば声を上げた。その度に二種のうちの後者が増えていき、ある人数を超えると一変いっぺんし、影響えいきょう甚大じんだいだった。ユキエはムカついただけだし、多分連中れんちゅうもムカついただけだが、とにかく物事が決定的に変わってしまう数があると、算数が得意なユキエは学んだ。


 その彼女の見立てだと、今後者はとっくにその数を超えている。


「これだけ居て一人も見てなかったの!?」


 叫んでも答える者は無く、また数が増えた。


 もうだめだ、ユキエは急速にえていく。

 後は何が起きてもおかしくない。一昨年ユキエは怒り狂い続けたが連中には歯が立たず、一人の時は泣き続けた。

 そして、

 アズマハルカは学校から消え、飛び降りた噂と跡だけが残った。



 ミハル。



 ユキエはすがるような気持ちで幼馴染を見る。

 だが、同時に暗い思いが去来きょらいした。



 ――でも、ミハルはあの時は。




「みんな、テスト中は静かにしないと」


 幼馴染は既に立ち上がっていた。

 口調くちょうは平時の如く優しげだが、小さな体を強張こわばらせ、顔は真っ白。また気絶してぶつけたのか、額だけはほんのり赤かった。


 幼馴染はギギと音がしそうにぎこちなく首を回して、ユキエを見る。


のはよくないけど、大声はからね」


 ユキエの心の中を、氷粒こおりつぶを含んだ大風おおかぜが吹き抜けた。


 ミハルはユキエが返事をする間を作らせずクラスの面々にも呼びかける。


「トダさんまで怒るとさ、ほら、プリント増やす人だし」


 それで集団の攻撃性が少しはやわらいだが、まだ大半は加虐かぎゃく欲求よっきゅうに駆られたままだ。


「つか私、証拠ショーコもなく疑われたんだけど」


「そうそう! マキがやってないって証言ショーゲンしまーす」


 初めにユキエが突っかかった二名の女子が挙手きょしゅの上で主張しゅちょう。攻撃の手段が示されたことで生徒達はいきり立つ。教室中に、獲物えものを前にした野蛮やばんな笑みが幾つも現れる。


 ミハルもまたそういう人々の為に追従ついしょうしてハハと笑った。


「うーん、もうすぐ先生来ちゃうかもしれないし、他のクラスにも聞こえるかも……それだと……」


 ミハルは少し声を震わせながら、自分の前の席の女子に話しかけた。


「ね、マナちゃん」


 呼ばれた彼女は気さくに笑って答える。


「そうそう、謹慎になっちゃうから」


 ふっ。


 教室に小さな笑い声が起きた。


 それはフジモリマナがつるむ仲間から起こり、剽軽ひょうきん軽薄けいはくな男子の一団に伝播でんぱしてその他へ広まり、ついには凶暴きょうぼうな者共の笑みの理由を取り換えるまでに至った。


 これでこの場は収まる。仲裁人ちゅうさいにんのミハルにフジモリまで出張でばってくれば、欲望よくぼうを面倒臭さが上回った。


 ユキエを睨む者はもういない。ミハルがフジモリと目を合わせ、ほっと顔を綻ばせるのを見て、ユキエは自分の席に帰った。


 ソコツネさんは最後まで一言ひとことも口を利かなかった。







 まずいまずいまずい。

 まずいよー。


 ボクが頭を掻きむしると、勢いづいた腕が個室を仕切る板に当たりバンとトイレ中に響いた。

 痛みも忘れてスマホの画面を見直す。



ソコツネさん㊙情報@sokotsunemaruhi

バカのヤマダとチクリ屋のモロズミはヤリモクでソコツネさんに近づいて輪切わぎりにされたらしい



 ㊙情報直々じきじき処刑命令しょけいめいれい

 当然ボクの名前も入っている。『ソコツネさんに関った人間は人生全損する』――全損する者をかばっても同じだ。


 ユキのことだからいつか起きるとは思っていたけど……。


 お昼におれが出てから、放課後の今ではクラスタ中が色めき立っている。ボクやユキの情報が四組のクラスタから提供ていきょうされ、校内外へ拡散されているのが現状げんじょうだ。


 どうしたらユキを守れるか。

 とりあえずうーみんさんに知り合いが標的ひょうてきになったていで相談を送る。


 ユキ達は今日も図書室にいるけど、クラスタがちょっかい掛けてくるかもしれないし、もう帰った方がいいかな。

 そう考えながらスマホを一瞥いちべつすると、クラスタをまとめた非公開リストに最新ツイートが来る。



teilor@HfuTsmZ2HGAiHTD

ワンドロ新作できた~😋



 教室用の絵のことだとして、これから貼られるのだろうか。

 先生の協力は得られてないけど、今teilorから情報を引き出せれば……。


 ボクは南校舎二階のトイレを出て同階の四組の教室に向かった。



「あっ……」


 教室に着くと出るところのイトウさんが気まずそうに目を反らしてきたので、わかりやすい人だなと思った。


「どうしたの?」


「ごめん、私……辛かったら、話を聞くぐらいは……」


 と、伏し目がちに言う姿を見ればもう十分だ。


「気にしないで……」


「ごめんね、これでも友達だと思ってるから」


 イトウさんは最後には一粒の涙を流して去っていった。

 こんな状況なのに義理堅ぎりがたい。


 教室に入るとまずゴミさんが目に飛び込んだ。


「あっ」


 掲示板の前に立っていた彼女は、ボクを見るなり目をかっと見開き青ざめる。


「どうして……図書室にいたんじゃ?」


 ボクの質問に答えず、ゴミさんは固まっていた。


 しばらくしてからもう一度、あの、と声を掛ける、すると。


「う~~~~!!」


 と、いきなり彼女は叫び、掲示板に貼られていた画用紙をむしって破り始めた。



「ちょ、ちょ、何!? どうしたの!?」


「来ないで!」


 駆け寄って止めようとすると、ゴミさんは大声を上げた。

 陽光から外れて薄暗い教室に紙吹雪かみふぶきがパラリと舞って、指先が少し冷えた気がしてくる。


「見ない方がい、いいから!!」


 そう言われても紙の欠片は床に落ち、ユキっぽい髪型のはすの実みたいな顔面の女の子や、『弟がガイジ』とかボクての罵詈雑言ばりぞうごん垣間見かいまみえた。


「忘れ物で、戻ったらこれが、イカれてる、こんなことする奴ら!」


 ゴミさんはポツポツと喋って、どんどん顔が赤くなっていく。

 ボクは泣き出す前に背中をさすって落ち着かせた。


「大丈夫、大丈夫。ユキが見ないよう片付けないとね……」


「う、うん」


 二人で紙片を集めながら考える。


 イトウさんとゴミさん、どっちがteilorの可能性が高いか。

 いや、共犯きょうはんかも。

 いや、どちらにせよteilorに命令かおどされてやっただけかも。

 いや、二人とも何にも関係ないかも。

 いや――。


 誰がクラスタで、誰が味方か。いや――味方なんて……。

 そうだ、アルガ先生、先生なら。







 ストーブが効き過ぎた図書室から出たユキエは、冷気を浴びるとわずかに眩暈めまいを覚える。きっと愚鈍ぐどんな頭を使いすぎたからだと思った。


 わかっている、何か途轍とてつもないことを仕出しでかしたと。昼をさかいに自分を取り巻く空気が変わり、今ではクラス外の人間からも好奇こうきの目で見られるようになった。


 ミハルは二限から心ここに有らずで、ちゃんと話せてない。いや、それ以上に言い知れようのない感情と理屈りくつがあってまとまらず、本件について話すことが躊躇ためらわれた。


 ――ミハルは確かに今も自分の為に動いてくれている、でも。


 でも、考えなしの自分でもさすがに幼馴染とは落ち着いて喋りたい。

 深く息を吐いて戻ろうとすると、目の前のトイレから女子生徒が一人、出てくる。


「やあ」


 こちらに手を上げた、背が高くマスクで金色のソバカスを隠している女。

 フジモリマナ。


 そう言えば、ミハルがトイレに行くと言って出てからもう結構けっこうになる。昨日と同じくミハルと何かしていたのだろうか。

 にわかにユキエの眉間みけんしわが寄った。


「あんた、何なの?」


「え?」


「ミハルにちょっかい掛けて、何が楽しいの?」


「いやーあの子から来るんだけど。まあ楽しくやってるよ」


 クスクス笑い、フジモリはふらりと、ユキエへの方に向かい歩き出す。

 ユキエは警戒けいかいしたが、彼女は突き当りの図書室の前でくるりと回って、西校舎を北へ向かった。


「ちょっと、まだ話が」


「マナやることあるんだよね~」


 止めるのも聞かずフジモリは図書室横の小さなホール――ラーニングセンターと呼ばれる――に入ってカーペットの床を上履きのまま侵入した。

 腰を落としてうろうろ歩き回りながら、彼女は何かを探してるらしい。


「……何してんの?」


「妖怪」


 ユキエは揶揄われているのかといきどおった。


「妖怪がいるんだ、この辺」


「ふざけないでよ! そんなものいるわけ無いでしょ」


「いや、いるから」


 力のこもった言葉にユキエはぽかんと口を開ける。

 ユキエにとってフジモリマナは、テニス部の頃の軽佻浮薄けいちょうふはくでアズマらにびてヘラヘラ笑う卑怯者ひきょうものでしかなかった。


「いる。ヤマダ達は気付いてないだけ」


 それが今はどうだ。腰を上げてこちらを見る眼が確信かくしんに満ちている。マスク越しにはち切れんばかりの笑みは嘘偽うそいつわりが微塵みじんもない。こんな奴、知らない。

 ミハルもこのてられたのか。


「見せてあげる」


 フジモリは突然駆け出す。

 ラーニングセンターを出て、廊下を北へ。

 蒼天学級そうてんがっきゅうの教室へ入り、無人の室内を水道の前まで駆け抜けて下の戸棚を開けて覗く。

 ガサゴソと中をあさる姿を、後を追ったユキエが気味悪そうに見つめた。


付喪神つくもがみって知ってる? 道具が百年経つと変化へんげする妖怪でさ」


 と、言いかけてフジモリは立ち、教室をざっと見回してからまた隣の若草学級わかくさがっきゅうで妖怪を探す。


「人をたぶらかしたりするんだけど。今回のは基本は静か。よく水場みずば、水道の蛇口じゃぐちや下の戸棚で仲間と暮らしている。でもね、そこから動かそうとしたりすると大変。仲間総出そうでで取り戻そうとするの」


「じゃあお母さんとかがうっかり手出して事故になってるんじゃないの?」


「平気、滅多にいないしね。百年経ったのもつい最近だし」


「すごい詳しいけど、どこで聞いたのそんな話」


「聞いたんじゃなくて。そういうハナシを考えたの、マナが」


「は!?」


 茶々を入れてもフジモリの自信はるがない。

 彼女は廊下をまた北、二つの研究室はスルーして二学年の教室が並ぶ北校舎に至る。

 トイレの対面に作られた水道の前でフジモリはきびすを返してユキエに向き直った。


「ところで、今のハナシ怖いと思う?」


「全然。細かいところが何も無いんだから」


「そうでしょ!」


 我が意を得たりと頷き、フジモリは水道の蛇口にたくさん掛かっている輪ゴムを、一つ摘まむ。


「だからお前達は気付けない。だからいつも手遅れになるんだ」


 そう言って彼女はユキエの右手をそっと取り上げる。まるで自然な動作に思え、ユキエが抵抗ていこうする間もない。

 ユキエの手首に輪ゴムをはめながら、フジモリは微笑んでこう聞く。


ダンテyoutuberがスイカに輪ゴム巻いて割る動画、見たことある?」



 ヒュル……。



 腕を風が撫でたような感覚。

 そう思ってユキエが手首を見ると、輪ゴムが十程もくくりついている。代わりに戸棚の取っ手の輪ゴムが無くなっていた。


 ガララと背後から音。

 振り向くと戸の開いた研究室からアメ色の何かが飛んでくる。




 ヒュルルルルルルルルルルルル……。




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