怪談四:爪に花が

7. 百合はいつ始まるんだよ!!



 ソコツネさんとマナちゃんのたくらみには何か関係がある、またそんな予感がした。

 だからうーみんさんとソコツネクラスタに潜入せんにゅうしたけどクラスタの口はかたく、グループDMも複数あることが判明、二人掛かりでもらちが明かない。

 今日はもう水曜、終業式しゅうぎょうしきだ。


 冷蔵庫みたいな体育館でうのうの校長先生の話を聞いた後、教室でほっと一息。


 前の席にマナちゃんはいない。終業式でも出てくることは無かった。

 謹慎きんしんが厳しくなったからか、木工室で見かけて以来一度も姿を見ていない。


「ね、モロズミちゃんはどう思う?」


 代わりにマナちゃんの席に座っていた子が振り向いて話しかけてくる。

 その色素の薄い長髪のイトウさんの周りには何人かいて、それはみんなオシャレで可愛い、クラス行事でも中心的な女の子達だ。


「うーん、謹慎中だし、朝から会議室に直行、かな?」


 特にお喋りの輪に入っていなかったボクは、話題になっていたマナちゃんの行方ゆくえを何気なく答える。


「あ、聞いてたんだ、私達の話」


 そう言われて例えばゴミさんならぬすみ聞きがバレたと思ってキョドるけど、別にそんな必要ない。ただ確認しているだけなんだから。


「うん、ボクも心配してたから」


「ね、心配だよね」

 

 そう言ってため息を吐くイトウさん達は心からマナちゃんを気にしているようで、少し目を反らしたくなる。それでも話題が昨日のドラマに移るまで聞き届けてから、教室を見回す。


 ヤザキ達の冬休みでテンション高いグループが高笑い。


 ユキはゴミさんと談笑していて、たまにゴミさんと目が合うけど知らないふり。


「だから“ダーペコ”好きはダメなんだ。原作から一歩も出れない、一生童貞」


「は、“まほチョビ”とかただの妄想信じてる奴の言うことはちげーな」


 隣の席の男子は太った友達とヘラヘラして、なんか女の子ばかり出てくるアニメの話をしている。いつもカップリングを気にしていて少しキモい。



 ボクは一人でマナちゃんのことを考えている。







「そう、イトウさん達、いい友達なんだ」


 放課後の国研で、アルガ先生は脚を組み替えてから窓の外を見やった。

 そうすると表情が物憂ものうげで大人っぽくて、カッコいいなと思う。


「それなら休み明けも大丈夫そうね。少し安心した」


 先生は向き直ってボクを見る。


「こういう時ってやっぱり教室に戻ってからギクシャクしちゃうことがあるの。でも、友達やモロズミさんみたいな子のカバーがあれば、ね?」


「カバー……。例えば……?」


「難しく考えなくてもいいよ。いつものように話しかければ。冬休み中もコンタクトを絶やさない、ちょっとLINEでスタンプ送るぐらいでいいから」


 なるほど。


「それからオタク君達は……私、彼ら技芸部ぎげいぶ顧問こもんなんだけどそこでもアニメの話ばかりしてるの。“百合ゆり”って言うんでしょう?」


 ボクも見ていたアニメのことで先生がクスクス笑うと、理由はわからないけど恥ずかしくて鼻を掻く。


「『結局“みほエリ”が至高しこうなんやで~』とか美術室の外からでも聞こえる大声でね、変な子達」


 一頻ひとしきり笑ってから、先生はボクが居心地悪そうなのに気付いた。


「いつも教室の話ありがとう、モロズミさん。よいお年を」


「はい、よいお年を」


 ボクは頭を下げて国研を出る。

 コンタクト……なるほど。







 そして冬休み初日の午前中、ボクはマナちゃんの家の前にいた。

 何のことはない二階建て一軒家いっけんやの、木彫きぼりのドアの前にいざ立ちインターホンを押す。

 

『はーい』


 と答えたのはマナちゃんだ。

 頭がズキリとうずく、凍った空気のせいか、緊張のせいか。


「モロズミです」


 調査は遅々ちちとして進まないし、本人に当たるのが一番早いという結論になったのだ。マナちゃんだって謹慎の後だしさみしいはず……多分。

 事前連絡はしてない。奇襲きしゅうだ。


『ミハルちゃん?』


「学校から、渡すプリントがあって」


『ああ、そ。はは』


 含み笑いを聞くと、また考えを見透みすかされた気がする。

 数十秒で鍵の開く音がして、ドアが開いた。


「先週ぶり」


 と、上がりかまちから身を乗り出してノブを握るマナちゃんは、やっぱりマスクをしている。

 パーカーはミント色、ダボダボのスウェットパンツは薄桃色で全体的にパステルな感じだけどファー付きの大きなスリッパだけ黒々だ。


表情、表情は、とりあえず機嫌わるくなさそう……。


「上がってく?」


 と言われ、あれこれ考えていた口実こうじつが無駄になる。


「う、うん」


 ボクは靴を脱いでマナちゃんの家に入った。


「こんにちは」


 台所の方から男の人の声がしてすくみ上る。

 マナちゃんのお父さんだろうか。塚でのことから大人の男の人がきつい、少し。


「あれ、男性ホルモンの多いメイドね」


「こ、こんにちは!」


 静かな足音と共に現れたのは四十過ぎの男性だ。

 エプロン姿で、濡れた手を組みボクにお辞儀する。


「父です。こいつと仲良くしてやってください」


「もう仲良しだよ」


 マナちゃんがそう言うもんだからボクらは思わず苦笑い。


「よろしくお願いします……」


 頭を下げて、足早に二階に上る彼女の後を追う。

 初めて入るマナちゃんの部屋は、白い壁のアイドルのポスターがまず目に入り、想像よりは片付いていて、紅色べにいろのカーペットが柔らかい。学習机がボクのと似たようで親近感が湧いた。


 マナちゃんは一つしかない椅子に腰かけ、ボクにカーペットに座るよううながす。

 正座したボクを眼下がんかに、彼女は大股おおまたを開いてもたれる。

 頬を右だけ吊り上げて顎を上げ……悪い顔。


「で、何」 


「あはは……」


 単刀直入に行く勇気は無い。ので、色々考えてきたけど、いざ対面すると舌がもつれる。

 三十秒もすると、しびれを切らしたマナちゃんが『折角せっかくだけど』と切り出した。


「今、怖い話はネタ切れ。あと今、。だからお休み中」


「え?」


 ネタ切れより呪われてるって方がよっぽど耳に残る。意図していたのだろうか、マナちゃんはボクが聞く前に、屈んで右のスリッパをつまみ、そっぽに投げた。


 靴下は履いてない。さらけ出された裸足はだしがふかふかしたカーペットを掻き分ける。そのあかい毛先にからまる指の、爪が緑色。


 最初、ネイルかと思った。でも、ずっと立体的で、曲線で、瑞々みずみずしい。

 つるなのだ。親指の爪の間から蔓が生えている。くきに小さな葉っぱがついて曲がりくねり、カーペットの毛と共に爪先つまさきに絡みつく。


「そんなに見たら恥ずかしいよ」


 頭の真上から声。

 いつくばって観察していたボクは、思わず身を跳ね起こして言う。


「……き、きれいだね?」


るよ」


 呪いつってんじゃん、と彼女は眉をひそめる。


「マナもわかんないんだけど。昨日お風呂入ったらもうこの状態じょうたい


「病気?」


「これ、パパ達には見えてないの。写真にもれないし。ミハルちゃんだけ。ミハルちゃんがやって、今確認しに来たとか?」


「違うよ! でも、呪いって何か心当たりでもあるの?」


「うむ」


 右足を左の太腿に乗せて蔓を撫で、マナちゃんは目をつむった。


「昨日の放課後、下駄箱の靴に画鋲がびょうが仕込まれてた。爪先の辺りに」


「それは……ひどい! けどそれ関係ある?」


「あるんだよ」


 うっ。

 一週間ぶりに“圧”のある笑顔を食らってひるむ。

 何となく普通に会話できてたけど、やっぱり今までのことを思い出すとダメだ。


「で、話戻るけど、そういうわけだから休み明けまで何もしないよ」


 そう言って、マナちゃんは『しっしっ』と手を振る。

 このまま帰っちゃいたいけど、それじゃ何の意味もない。

 両の拳を握って口を開く。


「さっきネタ切れ、って言ったよね」


「え、うん」


「実は東中やこの辺の怪談を集めてきたんだ」


 マナちゃんがきょとんとするのを初めて見た。

 いいぞ、この調子。


「怖い話作るんなら……手伝うよ。一緒に」







「三年のウシヤマって先輩、妖怪ようかいハンターらしいよ」


「そんな人いるわけ無いでしょ、えいっ。あ、つめた」


「冷たっ」


 マナちゃんは足元の雪を右足で蹴り上げて、ボクのオーバーパンツと靴の間にちょうど当たった。彼女まで冷たがっているのはサンダル履きだからだ。


「呪いがあるなら妖怪ハンターもいるんじゃないの?」


 ボクらは昼過ぎの、里山さとやま沿いの道を隣り合って歩いている。

 怪談:カウンティングばばあを探す為だ。


「いないの」


「基準がわかんない……じゃあ、次ね」


 ボクはまたスマホに目を落とし、Google Keepにまとめた怪談を紹介していく。


 考えてきたことはネットと同じ潜入捜査せんにゅうそうさだ。直接マナちゃんに協力することで思惑おもわくを突き止め、悪いことしたら止める。当然彼女もいぶかしんだけど、はっきり説明したら納得なっとくした。どうせ止められないと思ってるんだろうけど、そう思っていてくれればいい。


 いくつか紹介した中で、この辺をうろついてるらしいカウンティング婆がマナちゃんの関心を惹いたので早速外に出たのだ。


 マナちゃんの家を出て二十分ほど。寒いけど太陽はカンカン照りで、雪も先週降ったのが随分溶けてきた。田野でんやとトゲトゲ針葉樹の山に挟まれて、うららかな気分。ボクはどんどん怪談を紹介していく。


「はい次、イトウさんが見た犬の幽霊かと思ったらレジ袋だった話」


 握れてる……!

 主導権を握れてるよボクが……!


「もういいよ。使えないのばっか」


「えっ」


 振り向くとうんざり顔のマナちゃんが、しゃがんで真っ白になった爪先をさすっていた。上はダッフルコート、下も厚手のパンツで完全防備だけど右足だけビーチサンダル。

 靴を履いたらつるの根元が潰れて痛むんだそうだ。


「大丈夫?」


「寒いだけ。しもやけ確定」


 やっちゃった。

 自分の事ばっかでマナちゃんのこと全然考えてなかった。


 帰ろうか、と言いかけたけど彼女は立ち上がってずんずん歩く。


「これでカウンティング婆居なかったら怒るからね」


 目は真剣そのものだ。

 マナちゃんが怒ってるところを想像して青ざめる。大気絶だいきぜつしちゃうかも……。


「ねえマナちゃん。そんなに大事なの、怖い話」


「大事」


 ずんずん歩いてボクより前に行っちゃったから表情は見えない。でも即答。


「何でか聞いていい?」


「ダメ」


 即答。


「教室でみんな心配してるよ、最近おかしいから」


「……みんなって?」


「イトウさん達」


「別にそんなのどうでもいいよ」


 即答。

 後は長い沈黙。


 結局五時ぐらいまで探したけど、この日カウンティング婆は見つからず。

 翌日も探すことになった。




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