6. 回想シーンは後で一回だけ、他は語りの中で。苦手だから




オッチマ:突然のDMダイレクトメッセージ失礼します。私は@struggle_kaコイトさんと現実で会う約束をしていたのですが、先週から彼と連絡がつかなくて困っています。ツイートを見た所うーみんさんも彼と会う予定があったと思うのですが、何かご存知ぞんじではないでしょうか?



「これでよし」


 翌朝、ボクは“観察用”の垢でうーみんさんにDM非公開の投稿を送った。


 昨日の調査はコイトさんと個人垢の交流を追いきれず切り上げた。鍵垢非公開アカウントも多かったし、各個人垢の分析ぶんせき膨大ぼうだいな時間とギガ通信量ついやす前に、うーみんさんにのぞみをかけたのだ。







「モロズミさん、きょ、今日は」


 六限の地理が終わり、ゴミさんが声を掛けてくる。

 多めの宿題が出た放課後は残って三人でやることが多い。


「ごめんね、今日も……」


 と、二人のいるユキの席の辺りに行ってあやまる。

 ユキは斜め後ろ、ソコツネさんの方を見たまま『そう』とだけ答えた。


 地理の先生にしかられているソコツネさんの机には、一面緑色につぶされたノートと教科書がある。







うーみん:初めまして😊 確かに金曜会う予定でしたが、急に断られてから連絡が取れません。心配です、、、😪😪


うーみん:オッチマさんは彼のお友達ですか❓



 再び木工室で、ボクはツイッターに向き合っていた。

 胡坐の足に広げたノートには『オッチマ』の設定せっていがまとめてある。



オッチマ:こえ部別のサイトで親しくしていたのですが、閉鎖へいさしてしまってからはこっちのDMで連絡を取っていたんです。



 こえ部の終了告知こくちが春先で、この垢の開設は今年の夏。表向きに交流が無い理由も含めて矛盾むじゅんはない。



オッチマ:私も諏訪に住んでいて、中学の同級生と一緒に会うはずだったのですが、その友達も学校に来ないんです。


うーみん:大変ですね😨


オッチマ:それで実は同級生の彼女とは@struggle_kaさんを通してしか知らなくて、ツイッターの垢とかもわからないんです。彼と親しくしていた中学生位のアカウントなど、何か心当たりはありませんか?



 既読きどくの✔がつき、数分経過。

 ちょっと苦しかった?


 冷えたフローリングの上でモジモジお尻を動かしていると、やっと返事が来る。



うーみん:すいません、ざっとフォロワーを見直してきましたけど、はっきりわかる中にはいませんでした😪


うーみん:ところでオッチマさんは女の子ですか❔❔



 うっ。

 やっぱりコイトさんみたいな感じの人なのかな。



うーみん:あ


うーみん:ごめんなさい。変な意味じゃなく。実は、貴方あなたなのかな……と思っちゃったりして😅😅



「えっ」


 不意打ふいうちに思わず声が出る。



オッチマ:違います、でも、どうして


うーみん:はっきりとはわからないんですが、@struggle_kaさんと交流があって、貴方の同級生かもしれない人が一人いるんです


うーみん:ソコツネさん㊙情報というアカウントを知っていますか❓



 少し顔を上げ、一つしかない戸の方を見る、何となく。



オッチマ:ソコツネさんも同級生です


うーみん:😲😲


うーみん:私、オカルト趣味しゅみがあって、あのアカウントを調べていたんです。でもネットだけだと限界があって、、、よければお互い情報交換じょうほうこうかんしませんか❓



 どうしよう。

 マナちゃんを探していたはずがとんでもないものにぶち当たってしまった。


 返答を考えてまた顔を上げると、戸に付いた窓の向こうで髪の短い女子生徒が横切るところだった。耳に白いマスクのひもが掛かっている。


 ……マナちゃん!?

 

 驚いて立ち上がったボクはスマホと戸を数回交互こうごに見て、とりあえずうーみんさんに『お願いします』と送る。


 戸を開けて飛び出すと、また人がいてぶつかりかける。

 さっとボクをけ、きびすを返して走り去ったのはソコツネさんだった。走りながらも周りをきょろきょろ見ていて、何かから逃げているようだ。


 マナちゃんは彼女の行く先にはいない。ボクは別方向へ歩き出す。


 

うーみん:それでは、基本的なところからり合わせましょう👍👍







 ソコツネさんはうちのクラスにいる本物の怪談だ。


 めずらしい苗字みょうじで、家が貧しく、ノリと喋り方がおかしい小柄こがらな子。

 小学校から浮いてたそうで、本人も一人でいるのが好き。

 かつて彼女は普通の中学生だった。


 二年でまた同じクラスになっても、ボロい筆箱や授業で当てられた時の頓狂とんきょうな声が物笑いの種になるぐらい。

 それが変わったのはGWが明けた頃。 


 『ソコツネさん、シャー芯買えなくて緑のクーピーでノートとってたよ』と、クラスのLINEライングループに書いた子がいた。

 何だか生々しくて、おかしくて、それから大喜利おおぎりが始まった。


『カラスを給食のパンで捕まえようとしてるの見た』


『シバタとは煙草仲間たばこなかまらしいぞ』


『父親は「俺より強い奴に会いに行く」と言って失踪しっそうしたって』


 色々なソコツネさんのウソの話が並ぶとバカらしくて、ちょっと残酷ざんこくで、おかしくて、でもその時は数日でアルガ先生の知るところとなって収まった。


 ところがその一月後、ツイッターに一つのアカウントが出現する。



ソコツネさん㊙情報

@sokotsunemaruhi

東中二年四組ソコツネさんの㊙情報をお届けします



 この垢はツイッター上の東中生のクラスタ集団を根こそぎフォローして存在感を示し、異常なツイートを繰り返した。



『ソコツネさんはカラスの眼球を主に食べ、又はヤマネの肝を好む』


『ソコツネさんの下腹部かふくぶには根性焼こんじょうやきでゴミ収集車がえがかれている』



 気味が悪くてブロック拒絶する子も多かったけど、少なからぬ人達にそれはウケた。中には自分で考えた嘘をリプライ提案する子もいて、RTリツイートされて採用さいようとなることもあった。


 ソコツネさんは友達もスマホも持っていないから知ることは無い。それにスマホを持っている子は学年でも半分以下、ツイッターをやっている子はもっと少数。だからそれはほんの十数人によるただの悪趣味あくしゅみなコンテンツに過ぎなかった。

 夏休みが明けるまでは。


 二学期初日、ソコツネさんの机にカラスの死骸しがいが入っていた。

 次の日ソコツネさんの鞄に吸殻すいがらが詰められていた。


 誰かがソコツネさん㊙情報の真似まねをし始めたのだ、オフで。

 恐らく㊙情報のフォロワー達――ソコツネクラスタ――がしていると考えられる、この不気味なネットと現実の交錯こうさくはすぐに学校中に広まった。



『ソコツネさんに関った人間は人生全損ぜんそんする』



 ソコツネさんに関ろうとした人が怪我けがをしたりして、あっという間に先生達も手を出せない不可侵領域アンタッチャブル誕生たんじょう


 ㊙情報が発信はっしんするハナシを日々拡大かくだいするクラスタが現実にする。


 彼女は世界でたった一つの、怖がらせるんじゃなくて怖がらされる怪談なのだ。







 一階南校舎の木工室からロの字の校舎を一巡ひとめぐりしたけど、どこの教室にもいない。


 情報交換は二階に上る辺りで終わった。

 うーみんさんの話からはコイトさんのように東中生以外の人も相当数がソコツネクラスタの一部になっていること、クラスタ内の交流はグループDMで行われていることがわかった。



:@struggle_kaさんは若い子と話したくて接近せっきんしたようだけどネ😂😂


:ところで今度は貴方やお友達の事を聞いてもいいですか👀❔



 うっ。



:いや違うんです。何かお友達が㊙情報なのかの手掛かりがないかなって


:第三者の目から見ればわかることもあるカモ😅



 うーん……。

 渡り廊下に留まり、自分やマナちゃんのことをポツポツ書いてみる。


 バタバタバタ。

 入力の途中でソコツネさんが北校舎方面に走り抜けていった。



:なるほど。一年の頃は同じ部活だったんですネ😃 今はどうなんですか❔



 また歩き出し、北校舎の教室をのぞいていく。

 耳をまして彼女の声を聞こうとしたけど、吹奏楽部すいそうがくぶの練習の音が大きくてあまりわからない。


 テニス部の顛末てんまつ簡潔かんけつに書く。当然人名は伏せて、起きた事だけ。



:幼馴染が、、、大変でしたね😪😪


:それじゃあお友達と親しくないのは、、、その時のことで❔❔



 そうじゃないと否定する。

 マナちゃんは確かに人の悪口をよく言うし最近は暴走ぼうそうしているけど、あの時は何もしなかった。



:そうなんですね。


:てっきり元から攻撃的な子なのかなと思っていたんですが、、、


ような子だったら㊙情報の中の人だとしても不思議じゃない🤔



 胸の中の何かがギュッとすぼまる感覚。


 二年の教室を見終わり、西校舎の方へ。



:テニス部のこと、もっと聞かせてくれませんか❓



 なぜそこにそんなにこだわるのか聞く。

 


持論じろんですが怪談もギャグと同じで天丼テンドン、同じオチの繰り返しが有効ゆうこうだと思うんです。


:去年のにかぶせて今年も誰か飛ばすんじゃ、、、って😥



 テニス部の関係者を疑っているんですか?



:そう


:そうじゃなく‼ オッチマさんを疑ってるわけじゃな



 英研と数研をそっと見ながら通り過ぎる。



オッチマ:僕もテニス部に関係あるかもしれないと考えていました。



 ボクを動かしてきたはそういうものだったのだ。

 辻褄つじつまも合わさず、ボクはそれを止めたいと伝える。



:すいません、よくわからないのですが、


:止めたいのはお友達のことですか、㊙情報ですか❔



 無論マナちゃんだ。

 でも㊙情報が彼女だとしたら……!


 自然と歩調ほちょうが速くなり、考えがまとまらなくなる。



:落ち着いてください😅話を戻しましょう。


:ひどいことをされて幼馴染さんが飛び降りた後はどうなったんですか?



 ボクは南校舎の西の突き当り、図書室のドアを開ける。



   氷解け去り あしつのぐむ

   さては時ぞと 思うあやにく

   今日も昨日も 雪の空 ……



 ユキがカーペットの床にフラフラ立ちながら歌っていた。

 松葉杖は傍らのテーブルに座るゴミさんが持っている。

 そのテーブルの上に並ぶのは今日の宿題だ。


「ほらもう大丈夫」


 ユキはゴミさんに向け自慢げに言う。


「でも、ユキちゃんもド、ドジだよね、氷割ろうとして足にヒビ入れるなんて」


「うるさいな」


 幼馴染は揶揄からかうゴミさんの肩をぶち、開いたドアに気付くとボクに振り向く。


「ミハル」


 ユキが薄い笑顔で両手を広げ、立てることをアピールする。


 バタバタバタ、背後から走る靴音くつおと


 ストーブのあたたかい風でうるんだ鼻をすすった。


「ごめん、今、忙しくて!」



 逃げるように図書室を出て、近くの階段を踊り場まで駆け上る。

 そこで『飛び降りてません』とうーみんさんに返信した。



:あの、あれ、さっきと話が


:でも幼馴染ですよね、貴方や学校が何かしたから廃部になったんじゃないですか?



 バタバタバタ、靴音がせまってくる。

 マナちゃんかも知れないのにボクは足早に階段を上る。


 すぐに女子トイレの個室に入る。他に人の気配は無い。

 バタバタバタ、近づいて、遠ざかる。



オッチマ:誰も何もしてません


オッチマ:ボクは先輩やみんなが怖くて、


オッチマ:ずっと一緒にいた、幼馴染だったのに



 しばらく返信が無くて、ゆっくりと深呼吸した。

 トイレを出て、鍵の掛かった調理室から様子を見ていく。



:、、、失礼しました😯


:話を整理しましょう。幼馴染さんが部内で睨まれて、ひどい目にあって。結局、飛び降りはあったんですよね、その後廃部に。


:南校舎の三階から飛び降りたのは誰なんですか❓



 ボクが返信したところで、ギイとトイレの戸が開く音がした。


 バタバタバタ。


 ボクは居ても立ってもいられず走る。足をひねってもお構いなしに。

 人のいない家研、家庭科室を抜け、吹奏楽部のうるさい音楽室に近づいていく。

 音楽室は南校舎三階、西の突き当り。


 靴音は迫る。

 ボクは分厚い防音扉ぼうおんとびらを開き、音楽室に転がり込んだ。


 トランペットやサックス、色々な楽器を抱えた女の子らが目を丸くしている。

 ストーブがよく効いていて暖かい。カーテンの隙間すきまから見える窓の外はもう夜の群青色ぐんじょういろに近く、蛍光灯けいこうとうに照らされる彼女たちも青白く見えた。


 もう逃げられない。

 その場で息をつくボクの脇をソコツネさんが追い抜く。


 彼女は吹奏楽部の子らの間をたくみに走り、西側の壁を目指した。

 強風が吹き、カーテンが舞い上がる。


 ソコツネさんはそのカーテンが戻る前に、開け放たれた窓のさんに足をかけ、飛んだ。


 飛ぶ寸前に身をくねらせ、右肩からこちらを向きながら落ちていく。


 彼女の行く先の地面にはブルーシートで隠された跡がある。



 ユキをいじめていて、マナちゃんの親友で、雪の空になったハルカちゃんの跡が。



 震える唇を強くむ。


 夜更よふけて無人の校舎からハルカちゃんが何故飛んだのか誰も知らない。

 でも、みんなが傷付いた。

 だから、もう二度と繰り返さない、そう決めたんだ。







 あの窓は誰が開けたんだろう……。

 ボクが立ち尽くしていると、吹奏楽部の子が一人、カーテンをめくって窓の下を見た。『誰もいない』とみんなに告げ窓を閉める。

 ボクは頭を下げてから防音扉を閉めた。


 ブルッとスマホがふるえ、うーみんさんから返信があった。



:複雑なんですネ🤔手掛かりがあるといいんですが、、、



 ボクはちょうど思い出したことを告げる。

 初めにクラスのLINEで緑のクーピーのことを書いたのは、マナちゃんだ。




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