怪談三:ソコツネさん

5. ショボい怪談ばっかだし霊能者役もこんなもんでいいか




 ピロリ、と小気味こきみのいい電子音。

 それからウゥンと唸ってオーブンが動く。


 六時直前、めざましテレビで最初の占いが始まる頃、ボクは大抵レンジの前。

 向かいのシンクにもたれ、こぶしに息を吹きかけながら食器棚の中段で光る相手を監視かんしする。


 調理中は火元から目を離すな、というのがお母さんの教えだ。レンジは違う気がするんだけど、火なんだって。


 のパンをトーストしたら解凍かいとうずみさけのムニエルやブロッコリーとプラスチックのプレートに乗せ、インスタントのミネストローネで朝食は完成かんせい


 そうしたら母さんとナツヤを起こしに行く。

 父さんはもうテーブルについてタブレットで新聞を読みくらべ中。後三十分もしたら出勤しゅっきん、年末はいつもそう。


 抜き足差し足で二階へ。ナツヤは大声出すと暴れるから。

 散らかった部屋で耳栓みみせんしたヤツをさぶり、お母さん達の寝室に入る。


 目覚めたお母さんはベッドに座り、何か言いたげにぼんやりとボクを見つめる。


「言い忘れてたけど……」


「何?」


「今日ナツとまた新しい病院に、松本マツモトの方の……帰りは四時ぐらいだけど、一応」


「うん」


 運が悪い。

 普段は病院の日はもっとおそいのに。







 早朝そうちょうの野にユキの白い息が細くたなびきたる。


「今年は叔母さんちのが五歳で、受給開始年齢じゅきゅうかいしねんれい。しかも双子ふたご


「大ダメージだ」


 親戚しんせきからのお年玉は重大な収入源しゅうにゅうげん頭数あたまかずが増えれば分け前は減ってしまう。


「本当それ。髪の毛引っ張ってくるし、クソガキ」


 言葉ことばすくなにぷりぷり怒るユキに合わせてだらだらと歩く。


 お喋り以外にも、霜柱しもばしらつぶしたり凍った水溜みずたまりを割ったりするので冬の登校はいつも長い。


 木陰こかげに入る。

 彼女の松葉杖が踏み固まってツルツルの雪の上に乗ると、下り坂だしあぶなっかしくて、背後はいごに回って支える。


「いつ戻ってくるの?」


 ユキの年末年始は祖父母の家で、確か山梨ヤマナシだ。


三日みっかだけど」


「一日ぐらい遊ばうよ。勉強会でもいいけど」


 遊ぶ時は基本ポケモンか将棋しょうぎ

 勉強はユキが数学の先生、こっちは国語。

 ボクは続けざまに聞く。


「もうフェローチェはゲットした?」


 ポケモンはいつも別のバージョンを買って、お互いの方に出ないのを交換こうかんし合ってきた。先月出たばかりの新作サン・ムーンは、期末テストを挟んで攻略こうりゃく難航なんこうしていたけど、モンスターのデザインが素敵すてきだ。


 どこか山の方を見ていたユキが髪の尾っぽをひるがえし、ボクに首を向ける。


「トッコの予定も聞かないと」


「あ、そうだね」


 陽の当たるところに出たユキから手を放し、ボクは次の言葉を考えた。


「三人で何しようか」


「学校着いてからでいいでしょ」


 トッコ……ゴミさんはポケモンをしない。







「そう、フジモリさんが」


「マナちゃ、彼女も謹慎でストレスが溜まっている、のかもしれないです」


「そうね。先週の金曜の話だっけ?」


「あ、そうです」


「うーん。まあ生徒指導の先生には報告ほうこくしておくけど、謹慎もあと数日でそうしたら冬休みだし少し頭が冷えるかも」


「それで、これからどうしたら」


「え? ……これは彼女の問題だと思うんだけど。モロズミさんはどうしたいの?」


「えと、あの、このままじゃ彼女、もっとすごいことしそうで、心配で」


「意外」


「えっ」


「てっきり彼女を怖がってるのかと思ってた。優しいのね」


「……同じクラスだし、大事になる前に、何とか止めたいんです。でも、こんなこと初めてで、どうしたらいいか……」


「その気持ちがあれば大丈夫」


 口の中の泣き言が引っ込んだ。

 アルガ先生が微笑むといつも満開まんかいのひまわりを思い出す。


「大切なのは誰かを助けたい気持ちだからね。例え失敗しっぱいしても挽回ばんかいの仕方を学べばいいだけなんだから。仲間と上手く付き合えるようになる、そういう練習なんだと思って」


「……はい」


「でも、ちょっと大げさじゃない? まだ謹慎をサボってるってだけなのに」


「そ、それは」


「あ、もうSHRショートだ。他に先生に話したいことはある?」


「ないです」


 ボクは頭を下げて国研コッケンを出た。







 一限いちげん古文の授業中、ノートを二冊重ねて広げる。

 一冊は横向き。予習よしゅうで書き込んだ平家物語へいけものがたり解説かいせつを赤ペンで入れていく。

 もう一冊はたて向きで、書いてあるのは週末調べた“情報じょうほう”だ。


 マタイ塚では場当ばあたり的に動き、マナちゃんのいいようにあつかわれてしまった。流されちゃダメ。次の動きを予測よそくして、ボクから仕掛けるんだ。

 

 ただ、彼女のことでわかったことは少ない。

 彼女の友達からそれとなく最近の様子ようすを聞き出すのは時間が掛かったのに、収穫しゅうかくと言えばシバタ以前から付き合いが悪かったことだけ。


 代わりに東中トーチューやこの辺の怪談話はそこそこ集まった。

 これまでの二回を振り返ると、彼女が事を起こすには変なもの有りきだ。異次元の穴や名前を取る塚、何であんなもの達があるのか知らないけどそこに彼女の興味きょうみがあるのは間違いない。

 けど、穴は観察かんさつで見つけたらしいし、塚はデートスポットから怪談を捏造ねつぞうしていたしこれもどこまで役に立つのか……。

 と、ここでづまってしまっている。


 スピーカーからチャイムが鳴り、また五十分無駄むだにした。

 みんながざわざわしだすのに合わせてボクの思考しこうも散っていく。


「何だそれ」


 唐突とうとつに男子の声。

 初めボクへ向けられていると思わず無視していたけど、視線を感じて右隣を向く。


「ノート」


 と、隣席りんせきのオタク男子が指さしたのは縦の方だ。


「み、み、見ないで欲しいんだけど」


 不用心ぶようじんだった。何しろ赤マジックでデカデカ『大解剖だいかいぼうマナちゃん』とか書いてある。


 ノートを閉じても彼は変わらずにこちらを見てきた。

 ふちなし眼鏡の向こうから無感情なまなこが、頻繁ひんぱんまたたくと爬虫類はちゅうるい的で……苦手。


「何やってんだお前」


「べ、別に……」


 どう誤魔化ごまかそうかだまりこくっていると、『うおっ』と声がした。

 教室が一段とざわつき、二人して騒ぎに注意を取られる。


 教室の後方、窓際まどぎわ

 一人の女子生徒が膝立ちで自分の机の中に右腕を突っ込んでいる。

 クラスのほとんどが教科書を片付けたりロッカーに行きながら、その様子を眺めていた。

 

 やがて彼女の腕がのっそりと引き抜かれる。その手にはベージュ色の消しゴム大のかたまりが三個にぎられていて、すぐに机の上にほうられた。

 近くにいた子たちがさっと退しりぞき、遠目にもそれらがはっきり見える。


 蟷螂カマキリの卵だ。


 彼女はもう二度机に手を入れ、合わせて七個もの卵を取り出す。それから一つ、木の枝に張り付いたままのをつまみ上げ、かわいて、劣化れっかしたプラスチックのような表面をか細い指先で撫で回した。


 衆目しゅうもくの中、次に彼女は立ち上がると両手で全ての卵をすくい取り、首をものすごいいきおいで曲げた。肉の無いうなじから背骨せぼねが突き破って出そうな角度かくどまでいき、かかげた両手へと接近せっきんする。


 ボクらは彼女の口が大きく開かれるところを思い描く。


 スポンジ状の卵鞘らんしょうくだく。

 とがった黄色い歯が中のカマキリの赤ちゃん達をプチプチと潰す。

 ヤスリのようにとがった舌で命をペチャペチャとこそげ取る。

 くちびるをすぼめ、ズゾーッと指の隙間すきまに残ったカスまでのがさない。


 まずしいソコツネさんの朝食はこれだ。




「おらっ!」




 寒い風が吹いて現実に帰る。


 両手の卵は窓から投げ捨てられた。

 窓の先、中庭のテニスコートで卵がどうなったか見届けた後、ソコツネさんは何食わぬ顔で教室を出ていく。


 クラスに平穏へいおんが戻った。


 両手の埋まった彼女がどうやって窓を開けたんだろう……ノートの言い訳も忘れてそんなことを考えていると、オタク男子がソコツネさんの机を見ながら言った。


「あのブスなら裏垢ウラアカぐらいあるかもな」


 そのまま彼は教科書を取りに行き、話はそれで有耶無耶うやむやになった。







 放課後、やっと一人になれる時間が来る。

 まだ家には帰らない。お母さんにもユキ達にも委員会があると言った。 


 ボクはこそこそと一階の木工室に向かう。

 そこは人気が無くて、これからの調査に打ってつけの場所なのだ。


 もちろんストーブは使えない。だからコートとカイロで寒さ対策たいさく

 入口の戸から一番遠い窓際の壁にもたれて座り、ボクは通学鞄の奥底おくそこにしまってあるスマートフォンを取り出す。


 東中ではスマホは持ち込み禁止きんし。でも、親との連絡れんらく用で持たされている子は多い。大っぴらに使わなければ先生達も黙認もくにんしている。


 隣のオタクに言われて思いついたけど、マナちゃんにはツイッターにアカ、ユーザーアカウントがあるはずなのだ。

 手掛かりもある。コイトさんだ。彼から辿たどって彼女の垢を特定とくていする。そうしたら何を考えているのかわかるかもしれない。


 胡坐あぐらした左の太腿ふとももの上にノートをせ、メモをとりつつ調査開始。


 Twitterツイッターと言うのは、WEBウェブ上にある一回につき百四十字まで文章ぶんしょう投稿とうこうできるSNSソーシャル・ネットワーキング・サービスだ。会話以外にも、友達や有名人をフォローついせきしたり、他人の気になる投稿をリツイート投稿し直して自分のフォロワーついせきする人共有きょうゆうできる。


 コイトさんの垢はすぐ見つかった。同じ名前のは幾つもあったけど、アイコンツイッターでの顔を覚えていたから。

 ……最後のツイート投稿は先週の金曜。


 まずはFFフォロー・フォロワーらんあらう。どちらも大して人数はいない。フォローしているのはピザハットやサントリー等懸賞けんしょう付ツイートをよくする企業垢の他、二十数の個人垢。名前とbio自己紹介欄を見た限り、ほとんどが二十歳はたち未満みまんの女の子のもの。フォロワーはフォロー数の三分の一ぐらいで、個人垢とよくわかんない英語のスパム垢機械が中心だ。


 個人垢をノートにリストアップ。

 一目ひとめでマナちゃんとわかる者は無し。合計ごうけい二十六、bioや投稿画像がぞうからその内九人がこの街や上諏訪カミスワ岡谷オカヤなど周辺しゅうへんに住んでいることがわかる。


 今度は彼のツイート。総数そうすうは約四千、垢の開設は昨年さくねん夏。内容はアニメや漫画に関する雑談が中心だ。

 検索バーに演算子コマンドto:@idで他ユーザーとの会話を抽出ちゅうしゅつ。さっきの地元の垢の内一つが先週の金曜にオフ現実で会う約束を取り付けていたのを見つける。

 その垢のbioがこれ。 



うーみん

@wuming0512

長野県ナガノケン諏訪スワに住むおじさんです。普通の日本人で、、、独身😂😂

アニメと音楽が好き💖💖💖ベテラン馬の骨😎あとはオカルトも少し👍👍



 

 ……んん?




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