怪談二:マタイ塚

3. 主人公がわからん。素直に一話で「オッス!ボクミハル。協調性が高く、気絶する」でよかったのでは?




「ご飯と牛乳の組み合わせって犯罪的だよね」


 何気ない発言に、ボクと机を寄せ合う二人は別々の表情をした。


不味まずい給食出すのって何罪?」


 ユキは辛辣しんらつに言い放ち、おわんのかぼちゃポタージュをすする。


「い、依存性いぞんせいが段違いだもんね。と、取り締まらなきゃ」


 ゴミさんはぎこちなく口元をたわめる。


 うっ。


 ボクは一瞬現実逃避げんじつとうひ、お昼時の教室を見回す。

 みんな友達同士で机を寄せ合い、それぞれ給食とお喋りを楽しんでいる。

 平穏なクラスにほっとして、ボクは前を向く。


 やっぱりユキがゴミさんをにらんでいた。


「トッコ、まさか美味しいと思ってる?」


 そう言われるとゴミさんは牛乳を一口、すぐにご飯をき込む。満足気まんぞくげに息が吐かれると、ユキが眉根まゆねを寄せてボクを見てきた。


 口の中のこうや豆腐の炒め物を飲み込んでから答える。


「そう言えばミルクがゆってあったよね」


「何それ?」


 ゴミさんが首をかしげれば、牛乳で麦とか米をくらしいよ、と話を反らす。ユキは不服ふふくそうだけど、これでいいんだ。


 自分の考えに頑固がんこなところがユキにはあって、ゴミさんはさっしようとしないし。


「モロズミちゃん」


 ちょうどよく後ろからボクを呼ぶ声。

 足と色素の薄い髪が長い、マナちゃんと仲良しの子の一人だ。


「あのね」


 声をひそめて相談事。 


「数学のプリント、まだ出していない人たちがいて」


「うん、誰?」


 小声で返す。


「ヤザキとかの辺りがグルになってて……あとソコツネさん」


「大変だね」


 シバタがああなってから、プリント魔のトダ先生がボクらの授業を受け持つようになった。不真面目な男子の一部はそれを快く思ってなかったけど、半ばボイコットになってしまったらしい。宿題当番の彼女も顔は広いが、いかれる男子には手が出し辛いのだろう。


「先生に言っちゃおう」


「私だってバレちゃうし」


「トダさんじゃなくてアルガ先生だよ。ヤザキ君んちは勉強きびしんだ。担任から親にチョクで行けばすぐチキるから」


 最初の一人が倒れれば後はもうガタガタになるし、憎まれ役はヤザキだ。

 彼女は胸のつかえが取れたような顔をする。


「ソコツネさんは……トダさんに任せよう」


「すごい、なるほど! いつもありがとね」


 と、お礼もそこそこに彼女は自分のグループへ。

 首を戻すとゴミさんがまばゆいものを見るように目を細めていた。


「た、たよられてるね」


 茶化ちゃかすんじゃなくて本気で尊敬しているみたいなので、恥ずかしい。


「ただ話しやすいだけだよ」


「面倒じゃないの?」


 ユキはうんざり顔。

 度々たびたび雑談ざつだんを中断されるのがまどろっこしいから。


 幼馴染以外は広く浅いボクの元には、友達に愚痴ぐちるには重い話がよく持ち込まれる。でも、これでいいんだ。


「話せないまま問題になるよりはずっといいから」


 食事に戻ろうとすると、また呼ばれた。


「ミハルさん」


 声は教室前方窓側、灰色の事務机から。

 背の高い女の人が優しげな笑顔を浮かべている。


「はい」


 アルガ先生だ。




 ◆




 お昼を食べ終えたボクは図書室に向かう。


 先生に頼まれたのは本の返却へんきゃくだ。ボクは図書委員で、委員会の企画で先週まで朝の時間、先生に読み聞かせをしてもらっていた。


 今日も良く晴れて寒さがゆるみ、結露けつろで濡れた渡り廊下を越え、図書室のドアノブに手をかけた時だった。



「ミハルちゃーん」



 ハンドベルのようによくひびかろやかな声。


 恐る恐る声の方をうかがうと、想像通りマナちゃんが立っていた。

 校内謹慎きんしんになった彼女は毎日反省文けらしいけど、こたえた感じはまったくしない。


「トイレ行くって言えば抜け出し放題よ」


「あ、ああ。そう」


 答える声がふるえている。

 こないだからマナちゃんを見るとむねが……苦しくなるのだ。

 だから、もうあれから四日つのにボクはまだ何もできていない。


 彼女はクラスの様子を聞いてきて、少し雑談してから「そう言えば」、と本題を切り出す。

 さっと身をかたくするボクは次の瞬間、面食めんくらう。

 

「マタイつかって知ってる?」


「えっ」


 知ってる。

 でもそれは……。


「あの、デートみたいな、時の」


「それそれ。どこにあるか知らない?」


 マタイ塚はデートスポットだ。

 それも実際には誰も行かない、彼氏がいる子をやかす時にだけ話題になるタイプの。


「ううん。でも確か、玉小タマショーの方って」


「そうなんだ。ありがとう」


「あの!」


 得心の行った顔で戻ろうとする彼女を呼び止める。


「マタイ塚の場所を聞くのって、怖い話を作る為?」


 彼女は立ち止まり、そののどがコクリと鳴る。


「面白いこと聞くね」


 と言って、振り向くといつもの“圧”顔。


「デートする為に決まってんじゃん」


 気絶しそうで、もう何も聞けない。

 そのまま立ち去る彼女をボクはめなかった。



 シバタについて、みんなはマナちゃんが授業がゴミ過ぎることにキレたせいだって話になった。

 そうかもしれない、でも。


 『シバタはマナちゃんに』と、何故なぜか実際に見ていた子たちまでがそう言いらしている。それが気になって仕方ない。

 ……何かが起きている。マナちゃんが起こしているんだ。



 マナちゃんより先にマタイ塚に行かなくちゃ。




 ◆




「い? マタイ塚!?」


 放課後、ゴミさんが大声を上げたのは東中トーチューの校門を出て数歩のところで、やっぱり行き先をげるのは教室にしなくて正解だった。


「違うよ、そんなんじゃなくて。委員会の企画だよ? 模造紙もぞうしに書いて展示てんじするだけだから」


 東中は確か三つの小学校から集まった生徒でできていて、ボクは泉野イズミノなので、玉小タマショー学区がっくのことはほとんど知らない。そこで玉小出身のゴミさんに頼んで、帰り道のついでに案内してもらうことにした。


「そ、そう。彼氏とイイコトす、するのかと思った」


「なにイイコトって、あはは」


 ふるめかしいボカし方がおかしくてウケる。


 ゴミさんは新しい友達だ。二年に上がり、クラス替えで初めて出会った。


 ボサボサの長髪とねむたげな分厚ぶあつくま。少しどもって物静ものしずかなふうだけど、しゃべると変わっていて面白い。

 ……バカにする子も多いけど。


「ま、着いてきて。う、うちんちにも近いし」


 進み出す彼女の後を追う。

 道はずっと下り坂。市内の半分以上は八ヶ岳の裾野すそのだ。


 似たようなベージュのダッフルコートを着込み、巨大な指定カバンを背負ったボクらは隣り合って歩く。

 住宅地を抜けて冬枯ふゆがれの田畑の合間あいまに出ると、風が昼を追い出すかのように強く寒く吹いた。

 

 テレビや本の趣味が合わないので、二人になると勉強のことや共通の知り合い……一番はユキのことをよく話した。


「でもい、意外。いつもユキちゃんと一緒なんだと思ってた」


「そんなことないよ」


 ちょっと返事がぎこちなくなる。

 ユキには今日は一人で帰ってもらっていた。

 それは確かに滅多めったにない。


「あの足で長距離ちょうきょりはね、もうわけなくて」


「うん……」


 ゴミさんはさっと顔をせ、しばらくして口を開いた。


「ねえ、モロズミさんとユキちゃんてテニス部だったんだよね」


「廃部になるまではね」


 すると、彼女の目がぐっとく。


「あ、あれ? なんか怒ってる?」


 うっ。

 言い方が冷たかったかも。


「いや、別に。全然ぜんぜん


 めずらしく敏感びんかんな彼女をなるべく平静へいせいなだめる。


「ほら、うるさく聞いてくる子たちが多かったから、ちょっとね。でも悪いのはユキじゃないんだよ。先輩や……同じ学年でも合わない子たちが多くて、さ」


「……多くて?」


 大真面目に聞いてくるゴミさんにボクは驚愕きょうがくする。


「……陰口かげぐちとか、シゴキとか、色々あったよ。まあ最後は」


 さすがにそれは知っていたらしく、彼女も顔を青くした。


「ご、ごめん。私、ユキちゃん、あ、モロズミさん達とと、友達になるまで……友達いなくて。聞いたことなかった」


「だからユキの前では部活の話はしないであげてね」


「うん。でも、ユキちゃん、今は元気そうだしよかったよね、モ、モロズミさんみたいなしっかりした人がそばにいて」


「そんなことないよ」


 そこで会話が途切とぎれたので、助かった。







 マタイつかはマタイさんのおはかだ。

 彼(彼女?)はキリスト教の偉人いじんだそうで、ボクはバッハの曲名で聞いたきり。


 青森にはキリスト、石川にもモーゼの墓があると聞いたけど、多分キリストさん界隈かいわいってヨーロッパ生まれだろうし、昔の人が間違えて作ったんだと思う。

 それがデートスポットになったのは、洒落シャレだ。


 マタイ塚またいつか。再会の場所。

 マタイ塚で別れた二人はいつか必ずその場所でまたいつか出会う、らしい。『この塚は実は江戸時代、幕府に弾圧だんあつされた隠れキリシタン達が再会の目印に作ったのだ』、なんてもっともらしい由来ゆらいもついた。人によってはキリシタンがランガクシャやテングになる。


 それにちなんで、わずらわしい人間関係をはなれ、人目につかない塚で逢瀬おうせかさねる――そんなロマンチックな想像がデートスポットたらしめている。


「でも実物はぜ、全然。全然だから」


 そんなロマンチックをゴミさんは一蹴いっしゅうした。


墓場はかばにあんだよ。は、墓だから」


「そうなの!?」


「ちょっと外れたところだ、だけどね」



 塚に着くころにはもう西日にしびになってしまった。

 太い道をわきに反れ、針葉樹しんようじゅのこんもりした一帯いったいを目指す。

 少し小高こだかくなったその辺りには本当に墓石ぼせき林立りんりつしていた。


「あっちにでらみたいのがあって、そ、そこのうらの方なんだ」


くわしいね」


「中一の頃、家に帰りたくない日は、隠れて誰か来ないかってたんだ。水をかけてやろうと思って」


「そうなんだ……」


 そんなことして何が楽しいんだろう……。


「あ、あれ?」


 墓場への石段いしだんのぼっていたゴミさんが急に止まる。

 どうしたの、と開いた口も彼女にふさがれた。

 


 いる。



 そう囁く彼女の三白眼さんぱくがんを追って、石段の上を見る。


 伸び放題ほうだいの松におおわれて薄暗うすぐらい墓場の外れ。して広いところではない。半球状はんきゅうじょうの土のかたまり、そのてっぺんに太い石柱が立っていた。

 その前に二人いる。


 一人は若い男の人だ。背がひょろ長くて、モコモコのダウンジャケットを着込んでいる。大きな黒いサングラスで目元はわからないけど、口はだらしなく開かれて笑っている。


 もう一人は女の子で、灰色のダッフルコートにバカでかい東中の指定カバンを背負っている。髪は短くて白いマスクで顔の下半分は見えない。でも一目でわかる。


 マナちゃんだ。

 さらに、目が合った。


「ぐぇあ」


「あっ」

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