第1話C「正体不明?」



「ふぅ・・・極楽極楽」

 一仕事終えた日の終わりに入る風呂は最高だー。身体がほぐされて、疲れが消えていく感覚がたまらない。

「にしても、なんだったんだろうなあれー」

 そうひとりごちる。正体不明とは言ったがほんとにその通りでアレが何なのか私自身もよくわかってない。そりゃ怪異ってものは大概のヤツが原理不明・由来不明・材質不明etc・・・な不明オンパレードだけども。それでもあれはおかしい。ある程度の動きはわかるけど、アレの形や構造、姿は全く分からなかった。まさしく正体不明。正体不明という言葉が服を着て歩いてるかのごとき存在だった。鵺の可能性を疑い、鵺を倒したとされる方法を使ったが、それが何故聞いたのかもわからない。

「ーーーいや、待てよ」

 正体不明。もしかして正体不明なんだかよくわからないあいつの正体では無いのだろうか。正体不明が正体。得体の知れないということがヤツの本質。確か、そういう都市伝説があったはずだ。名前はーーー

「牛の首、か」

 牛の首。聞いたら恐ろしくて死んでしまうという都市伝説。その話の内容を知っているものは誰もいない。そりゃそうだ。聞いたら死んでしまうのだから。知っている奴なんているはずがない。ーーーしかし、この話には一つ、おかしなところがある。何故、「牛の首」という題名タイトルが付いているのだろうか?聞いたものが死んでしまうというなら、その題名も生きているものが知ることはは無い筈だ。むしろ、「聞いたら死ぬ恐ろしい話」として広まった方が自然だろう。題名だけを聞いた?確かに、その可能性もある。しかし、題名が存在する以上、内容を知る者がいるのは確かなのである。しかし、内容を聞いた者は死ぬ。つまり、内容を知っていても死ぬ。この都市伝説がインターネットが栄える以前から存在していた以上、「インターネットのページに書き込むことは内容を言う事ではないから死なない」なんて屁理屈も通らない。この矛盾はどういうことだろうか?

 ーーー答えは簡単だ。牛の首に、内容なんてないのである。ただ、誰かが「牛の首」という話の題名を作り、「聞いたら死ぬ」と吹聴した、というとこだろう。しかし、噂が噂を呼び、牛の首は「よくわからないけど聞いたら死ぬ恐ろしい話」となってしまった。つまりは正体不明。正体不明の正体。空っぽ。ということである。

「・・・ん?」

 もしヤツがそういうモノだとしたら。

「もしかして、完全に破壊できてない・・・?」

 いや待て、じゃあ何故鵺を退治した方法が効いた?

「まさか、私がヤツを鵺だと想定した結果・・・」

 空っぽだったヤツの中身に、「鵺」という存在が入り、「鵺」の退治方が効いた、ということだったのだろうか?

「不味いな・・・」

 恐らく、ヤツは完全に破壊されていない。いや、違う。「鵺」のカタチをしたアイツを壊すことはできた。だけど、アイツを作る概念は破壊できていない。

「どうするかな・・・」

 多分、アイツはまた現れる。今は「破壊した」と思われているから出ては来ないだろうけど、忘れ去られた頃にやってくる。その度に破壊はできるだろう。しかし、完全は破壊はきっと不可能だ。

「はあ・・・気が進まないけどあの子に投げることを検討しておくか・・・」

 凄く気が進まないが。致し方ない。

「おねーちゃん、まだ入ってるのー?」

 おっと。考えごとをしていたら随分長く入ってたようだ。そろそろ出るとしよう。

「いまでるー」

「いつもより長かったけど、何かあったの?」

「ちょっと考えごとしてた」

「それって、さっき言ってた正体不明ってヤツの?」

「まあね。とりあえず解決法は思い浮かんだから大丈夫だと思う」

「ふーん。ならいいけど。あ、歯磨き忘れないでね」

「へいへい」

 正直言って眠いから早くベッドに入りたいが、歯の健康という点からも戦闘の点からも歯磨きは欠かせない。早く終わらせてベッドに入ろう。

「じゃ、おやすみ〜」

「おやすみなさい」

 歯磨きを終わらせた私は自室のベッドに潜り込んだ。よほど疲れていたのだろう、すぐに意識が闇へと落ちていった。



 〜翌朝〜

 目覚まし時計の音がする。そろそろ起きる時間だ。そう思い目覚まし時計のベルを止める。

「んん・・・」

 ふむ。だいぶ疲れが取れた。よく眠れたようだ。洗面所に行って顔を洗う。ついでに奴に電話をかける。

『もしもし』

「やあ、久しぶり。今話せるかな?」

『・・・別にいいけど。僕に何の用?凄く眠いんだけど』

「凄く気が進まないけど、君が喜びそうなニュースを教えてあげるよ」

『僕が喜ぶ?一体何の事かな?』

「破壊できないのが現れたかもしれない」

 相手の目が覚めた気配がした。

『・・・ふぅん。どんな奴?』

「正体不明」

『は?』

「わからないということが本質」

『よくわからないんだけど?』

「牛の首ってあるでしょ?あれと一緒」

『・・・ああ、なるほど。理解した』

「というわけで、弱らせるのは手伝うから家にきて」

『ふむ。それは今からかな?』

「ええ。今からよ」

『わかったよ。準備してすぐにそちらに行こう』

「ありがと。じゃあね」電話を切る。

「さて、朝御飯の用意をしますか」

 と言っても、そこまで面倒なわけでもないけど。とりあえず目玉焼きを作り、食パンを焼く。そして野菜室から野菜を取り出し、洗った後に適当な大きさに切る。

「まあこんなもんでしょ」

「お姉ちゃん、おはよ〜・・・」

 妹が起きてきた。

「おはよう。ご飯できてるよー」

「はーい」

 そんなこんなでいつも通りの朝を過ごしながら、色々支度をしていく。そして、妹が学校にいく時間がやってきた。

「行ってきまーす」

「いってらっしゃい」

 そう言って私は妹を見送る。

「じゃ、掃除をしますか」

 掃除や洗濯をしながら奴が来るのを待つ。

 ピンポーン。

 インターフォンの音。画面を見るとやはり奴。

「上がって、どうぞ」

「やあ、久しぶり。相変わらずだね、君は」

「そっちこそ」

「じゃあ、話をしようか」

「ええ」

 そこから私と奴で話をする。

「正体不明とか言ってたけどどんな感じだったんだい?」

「形はあるのにわからなくされてる、って感じかな」

「それじゃあ牛の首のように、ってのはおかしくないか?」

「けれど、私がヤツを鵺と想定して鵺退治のやり方を真似たら、効果があるような素振りを見せた」

「ふむふむ」

「恐らく、ヤツにカタチらしいカタチはない。カタチを与えたらそれになる・・・んだと思う」

「なるほど、確かにそこら辺は牛の首だ」

「だから、破壊できないでしょ?」

「確かにね。君が破壊できるのは物質的存在ーーーというか、意思があるものや現象系に限るしね。確かに僕しか完全なる無力化は無理だ」

 そういうことなら、と

「この匣を使おう」

「これは?」

「そのテのヤツを封じるように作った匣さ」

「ふぅん。つまり、これなら奴を完全に無力化できるのね?」

「保証しよう」

「よし。それじゃあ後はヤツをどう弱らせるか、ってとこかな?」

「その前に、ソイツがどこに現れるか、は大丈夫なのかい?」

「昨日襲われてた子がいてね、私がたまたま撃退したからヤツは遅い損ねてる。だからきっとその子の元に来る。そしてその子は今日ここに来ることになっている。だから大丈夫。(・・・まあ、予想していた訳じゃないんだけど)」

「なるほど?それじゃあいいかな?」

「で、どうしようか。ヤツは相手の思う通りのカタチをとる。事実、私は昨日アイツを破壊している手応えを感じていた」

「厄介だな・・・」

「ええ、ヤツはカタチを取って倒されることで逃げている。つまり弱らせようとしても、自分から壊れ、逃げる可能性がある」

「とすると、縛るしかないんじゃないかい?縛れば、逃げられないだろう?」

「じゃあ、鎖系の何かを使うって方針で行く?」

「それがいいんじゃないかな」

「じゃあ、そうしましょう。とりあえずこれで大まかな方針は立ったわね。じゃあ例の子が来るまで何かして待ちましょうか」

「そうだね」

 というわけで、私と奴でヤツ対策のものを探したりしながら、時間を潰して彼女が来るのを待った。

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