三原色の君
城崎
朝
ジリジリ、ジリジリ。スマートフォンに最初からインストールされている着信音とバイブレーションが、目を覚ませと俺へと訴え始める。もうそんな時間か。ゆっくりと時間をかけて、瞼を開いていく。ダメだ、まだ寝ていたい。瞼を開けたものの、暖かい布団から出ようと思えずに天井を見つめる。白い天井には、シミひとつない。カーテンからはささやかに光が差し込み、薄暗い室内を明るくさせている。とりあえず電気をつけなければ。億劫に思いながら、白い紐へと手を伸ばす。
「翔! 起きて!」
目覚ましの音と同じくらいの音量で聞こえてきた甲高い声に、思わずギョッとして飛び起きた。伸ばしていた手は、そのままスマートフォンの方へと伸ばす。今の声に家の中の誰かが反応して部屋に来るのではないかと思うと、心臓がうるさい。扉の方を見つめるが、近づいてくるような音も人の気配もないことに安堵する。スマートフォンのロックを解除して目覚ましを切り、音量を落とした後にイヤホンを差し込んだ。つけ損ねた電気も、ついでにつける。
「驚かせるなよ。誰かが聞いてたらどうするんだ」
「だって、この中にいる私が1番うるさいんだもん」
「俺を起こすんじゃなくて、お前自身が目覚ましを切ればいいじゃないか」
「それで翔が起きれなかったら、私のせいでしょ? そんなこと出来ないよ」
正論だ。言い返す言葉がない。
「ごめん」
「分かったら、次はちゃんと自分で設定した時刻に責任を持って起きて!」
「分かりました!」
やや声を大きくして返すと、彼女もまたよろしい! と大きな声を上げた。画面いっぱいに困った表情を浮かばせていた彼女の顔がふっと綻ぶ。シアン色の髪の毛を揺らし、銀色の羽を羽ばたかせて、画面から離れていった。くるりと一回転。そのまま、中央部にある時計のアプリアイコンの上へと座った。こんな時間だというのに目がぱっちりと冴えているのは、彼女が睡眠を必要としない種族だからだろう。その点は、少しだけ羨ましい。
「では改めて。おはよう、翔」
ニカッと朝から輝かしい笑みを浮かべてくる彼女へ、力無い笑いを返す。
「おはよう、ラーナ」
ラーナ。俺のスマートフォンへと住み着いている妖精の名前だ。
今の機種を購入してからしばらくして、彼女は何の兆候も無く突然現れた。
「ラーナです。よろしく!」
画面内で風が吹いているのかと思うくらいになびくシアンの髪、イエローの瞳、マゼンタ色のヒラヒラしたワンピース。色の三原色を従えた彼女を見て、俺は一瞬で恋に落ちてしまった。彼女は鈍感だし俺も好意を表現するのが得意ではないから、きっと気付かれてはいないだろう。手に収まる程度の画面という障害は、あまりにも大きい。けれど、いつでも手が、目が届く距離に彼女がいるという安堵もまた大きい。その2つが上手くバランスを取ったまま、数ヶ月が経った。
今となっては、いることが当たり前になり普通に接している。きっとこの距離感が俺たちにはちょうど良いのだろうと、多少の妥協をしながら。
「さ、早く準備をして学校へ行こう!」
元気な声で、彼女が促す。
「あぁ、そうする」
そうして俺は、着替えるために画面を裏返して机へと置いた。
三原色の君 城崎 @kaito8
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