月に帰れ

@nakamichiko

月に帰れ



 かぐや姫は存在する。ただ現代だけに、御簾の向こうという訳ではないから、その可愛い顔もスタイルもちゃんと確認出来て、声も聞くことができる。その声でのまさかの発言


「私と付き合いたいなら」


今からもう二年近く前、高校に入ってすぐ彼女の魅力に取りつかれた、

自分を含め数人の男たちを前に彼女はこう言った。

まずこのシュチュエ―ション自体がおかしい。いくら良く知らないからといって、まがりなりにも「君と付き合いたい」といっている人間を、こんな風に十把一からげに扱おうとするということは即

「性格が悪い」「自己中」「扱いにくい」ということになる。面白半分で集まった奴らもいて、そいつらにとっては入学早々の「他校に行った友達に話す最高の珍事」でしかなかった。僕も正直カワイイ顔をした悪魔だと思ったが、直後にその声で


「次のテストで一つの教科でいいから八十点以上を取って。私、自分より頭の良い尊敬できる人が好きなの」


そのことからすぐに彼女のあだ名は「かぐや姫」になったが、本物と比べたらなんと素晴らしいことと思ったのは、そこにいた半分以上だった。やがて月に帰る運命だからといって、求婚者に大けがをさせるは、大枚を払う前にウソがばれて大恥をかかすは、というのはいくら絶世の美女でもやることがえげつない。でも我らのかぐや姫様は、可愛いし、意図もはっきりしているし、何よりも


「クリアーできそう」


というお題だった。結果彼女に対して本気のものはすべてクリアーとなり。かぐや先生からおめでとうと次のお題も知らされることになった。ほんの少しハードルが上がったが、

「優しいよな」「噂では結構のいいとこのお嬢さんらしい」「なんかテレビの敏腕プロデューサみたい」と絶賛だった。


僕らの通う高校の近くに老夫婦二人でやっている食堂がある。そこのメニューがすごいのだ。近くにスポーツで有名な大学があるため、その学生たちに

「お腹いっぱい食べてほしい」という親心、祖父母心ですべてのメニューが大盛だが料金は極めて普通ということになっている。


「制限時間は三十分、お店にはみんなで行きましょうね。タイムキーパーは私がやるから」


と帰宅部なのにマネージャーを彼女自身が買って出た。テレビ番組ではない、同時にスタートは出来ないのだ。

「スタート! 」最初の人間が食べ始めた。自分はこの本番まで時間があったので準備はしてきた。今は食べ盛りとは言え、大学のアメフト部、相撲部などとは比べ物にはならないはずだ。しかもかぐやのこのお題があって、僕も帰宅部を選択せざるを得ない、だがその分家で徐々に食べる量を増やしたり、大食い選手たちの映像を何度も見て「自分はこのタイプかな」という人の食べ方まで研究した。その成果が今日試されるのだ。

「スタート! 」僕の前には大盛のチャーハン、それをかきこみ始めた。だがペースは一定に保ち、少しだけ噛んで、ということを心掛けた。

「アウト! 残念だったね」その子が食べものが詰まって泣いているのか、かぐやのあまりにあっさりした言葉が胸に突き刺さったのかはわからないが

「合格! 」という自分への言葉はそんな思いやりなど吹き飛ばしてしまった。

この、お金のあまりかからないチャレンジで、取り巻きの数はぐっと減ってしまった。

そのあと時間内で十キロマラソン、これもそんなに過酷ではない。自分は大の運動音痴だったが、何とか頑張って本当にぎりぎりで合格した。

「すごいね! あと何秒でアウトだったよ! 」もちろんゴール前で見学、記録確認をかかさない姫だった。



「お前まだやってんの? 好きだねー あれじゃただの女友達だもんな。俺彼女が欲しいんだ。かぐやも最初のインパクトが凄すぎただけで、結局普通の子だもんな」


古い同志の意見ももっともだ。確かにかぐやは企画力には優れているが、何か高価なものを欲しがったり、人をひどく困らせたりということはない。自分たちが成功すると「もう一度見たい笑顔」で喜んでくれるが、失敗者にもちょっとした救済措置を講じることもあって

「お相撲で、大関から陥落した時もそうだから」と懐の深さものぞかせる。だが一度離れた人間が戻ってくることは絶対に許さなかった。


「かぐやは面倒だと思って離れたけど、付き合った子がさ、やれ高価な財布が欲しいとか旅行に行きたいとか言うんだ。バイトしてでもそうしてくれって。ひどいよな。これならカワイイかぐやの所にいた方がいい」

そうなのだ、だから自分はかぐやの側にいるのだ。このことをかぐやに伝えると


「一度離れたらダメ、角界もそうなんだから」この言葉で彼女がスー女だとわかったが、そのあとぼそりといった。

「女同士で面倒なことになるのは嫌なの」


そして彼は別れ際にこう言った。

「どうせかぐやはお前のことが好きなんだろう? まあ、一番駄目になりそうなやつがここまで残ったってみんな言ってるぞ。それにお前ちょっと雰囲気変わったな、いい男になったというか、自信がついたというか。今の所オールクリアーだし、ふさわしいって、頑張れよ」彼の後ろ姿をずっと見送ってしまった。



そのあとのお題は

「あの有名ケーキ店で限定の物を一週間以内に買ってくること。もちろんお金はわたしが後で払うから」


「無理無理! 県外で朝の開店と同時に売り切れるんだろう? そこまでやらないよ! 俺、脱落、お前頑張れよ」彼は最後のライバルなのだが

「何故無理なんだろう? テレビ番組であってたじゃないか、U字工事が前日からテントはって待ってたやつ。土日はやる店なんだから」

でも自分はそうするつもりは毛頭ない。何故なら僕の母親がその店のオーナーと友人で、曜日限定で手伝いに行くのだ。そう言えばそのことを彼女に言った気がする。

そしてその日の放課後だった、かぐやが


「今日はね、カラオケで百点取ること! 」あまりのことに

「それは絶対に無理だって! 」と言いながら歩き始めた。

「どうして? 」

 かぐやはほんのちょっと世間ずれしたところがある。

「もしかして・・・カラオケ行ったことないのか・・・」

「うん・・・」ありえないと思ったが、とにかく店に行くことにした。


「うわーこんなにメニューもあるんだね! すごい! 」とその目は絶対嘘はついていないというほどキラキラと輝いて、メニュー表からずっと手も目も離さなかった。

「何かの曲で全国一位になるっていうのだったら可能だよ」

「それならそうして」と相変わらずメニューを見ているので僕は

「童謡、または子供の歌」を歌うことにした。それならば相手は子供なので何とかなる。案の定

「ほら! 全国一だよ! かぐや! 」

「おめでとう! もうクリアー早すぎるね」

「何か歌ったら? かぐや」

「うん、でもいいよ、美味しいから」

「そう・・・」で、とにかく一位を取りまくったが、かぐやはとても行儀よくものを食べているだけだった。


「これが最終問題? 」


 自分の中で大食い、マラソン等々の大変だった時のことが浮かんできた。様々な努力をして、またかぐやがスー女というのにも気が付いて相撲を見るようにもなった。これが自分にとってはドはまりで、日本に生まれてこの国技のことをほとんど知らなかった自分を恥ずかしく思ったし、かぐやには感謝もしている。


「でもこれは何? 」


ライバルがいなくなったことを自分は何故喜ばない? そうだ! 卑怯じゃないか、子供相手なんて・・・いつから僕はこんなに卑怯者になったんだ? そう考えていると、口の周りのクリームを楽し気になめているかぐやが目に入った。

かわいいのはわかってる、でもなんだか腹が立ってきて思わず


「やる気がないんなら、帰れよ! 月にでもなんでも! 」


と言ってしまった。

かぐやの時が止まってしまって、今にも泣き出すのかと思ったら、口の周りのクリームをキチンと拭いて部屋から出て行ってしまった。


 

 次の日かぐやは学校を休んだ。電話をしようかと考えたが、家に帰ると母親がケーキを持って帰ってくれていたので丁度いいとかぐやの家に行った。

 豪邸だった。頑丈な高い門扉があって恐る恐るインターフォンで自分の事とケーキの事を告げた。


「そうなの、ありがとう」


すぐに玄関の門が開き、出てきたのはかぐやそっくりの女性だった。そしてそのあとを追うようにかぐやが出てきたが、どこか不安そうで、でもかしこまった感じだった。

「明日学校で」そう言って僕は早々に帰った。何故なら彼女の考えが、今までの行動が判ったような気がしたからだ。

 

 きちっと常識をしつけられて育った子、でもどこかに宮廷生活のような不自由なものもあったのだと思う。あのかぐやによく似たお母さんは、ひどい人では全くないだろうが、親子喧嘩ということを「させてくれないような感じ」の人だった。彼女にとって家は落ち着けるところではなかったのかもしれない。月へ帰れと家に帰れは同じことだったのだ。だから自分の周りにいる男たちをふるいにかけて、この少々窮屈な世界にいる自分と、ともに耐えうる人か、連れ出してくれる人かを選んでいたのだろう。


 次の日の朝、駅でかぐやを待って一緒に学校まで歩いた。絶対に言おうと思ったことがあった。


「ねえ、かぐや、まずは友達からだ」


その言葉にかぐやは何も言わずに口をとんがらせた。見たこともなかった顔だったがかわいく思えた。


「だから一緒に行こうよ、今度この町に大相撲の巡業が来るだろう? 」

「うん! いくいく! 券手に入るかも」要はかぐやの親は「タニマチ」という力士たちの無償のスポンサーなのに違いない。


「いいよ、一番安い席で自分で行きたいんだ、どう? 」

「いいよ、それでもきっと白鵬の凄さはわかる、きゅっと引き締まって全身がささみみたいよ」

「すごいね! 楽しみだよ、大相撲の魅力を教えてくれたのもかぐやだから」

「そうなの? でも、かぐやって呼ぶの止めてくれない? 」

「わかったよ、これからどう呼ぶかを相談しようよ」

「うんそうしましょう! 」

 

友達は僕の手を初めて握った。



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