テスト

@hasegawatomo

1人目

 出来たてのポップコーンの香りがした。しかも家のフライパンで作ってまだなんの味付けもしてない、ただの弾けただけのポップコーン。それが第一印象だった。


 髪の毛は、落ち着きのない子供が、病院でうろうろして母親に怒られ、どっちにしたって救いようのない色をしていた。どうしてそんな色にしているのかはわからない。ただそれがぴったりだったと認められる。子どもが投げるオモチャと、それを拾いながら眉間にしわを寄せて、やめなさいと何度も何度もせわしなくこぼす母親をその頭は物語っていた。それとは比例する事のない、三歳児が初めて選んだ黒の色鉛筆で書いた顔は、素直さとこの世のことわりについての不思議さを抱えていた。

 

 眉も目も鼻も口もバランスを失ってはいるものの、それを神様に許されこの世にせいを受けている。


 父親は言うだろう「お前は母さん似だな。目じりなんか特にそうじゃないか。若い頃の母さんの目じりはよく笑っていたよ。なに、今がそうじゃないわけじゃないんだ。ただ思い出してな」煙草をやめると言ってはや二十年の男は、我が子の前でテレビを観ているのだった。


 母親はこう言うだろう「その口のきき方、父さんに似てきたわね。育てたのは私なのにねぇ。そういえば、最後に家族で撮った写真はいつだったかしら。年賀状にあなたの写真が無くなったって、おばあちゃん淋しそうに毎年言ってるのよ」食器を洗う音であまりよくは聞こえないが、それを気にする母親ではなかった。


 父親似でも母親似でも構わないその鼻は、意味のない呼吸を、意味のないなんてあえて言う事もなく、うつろに空を見上げているのである。頬は深呼吸をし、顎は単調で無粋ぶすいな英会話を続けていた。誰がいるわけでも、いないわけでもなく、横隔膜は広がり、小学生でもわかる英単語が出てこない。


 首筋に年輪は少なく、一筆書きで腕と繋がっていた。その先には、都会の森の中で生き残りをかけて建ち続ける、古びた一軒家のような手のひらがあった。そこには三百年相当の苦労がにじんでいる。


 はて、ずいぶんとここだけ印象が違う。音を立てて閉まるしかない玄関。いったん消えて点灯する部屋の明かり。かつては現役であった、手油の上にほこりの乗った将棋盤。湯気を忘れた茶碗。電波を受け損ねるテレビ。開発が進み、隣の家はもう人が住んでいない。魂を売るつもりはないと、家の柱に書いてある。そこには家族がいない。父親も母親も兄弟もこばむのだった。友人も知人も恋人も、呆れ果ててその手を離れた。


 だがその手は生き方を変えられない。己を貫き、どこかで自分は不器用だと感じているのだ。その手以外の上半身は飄々ひょうひょうとし、か細い柳のようであった。揺れる柳をなんとなくの思いで眺めていると、目の前でそれは弾けた。


 花火。


 そう、その年で一番早い祭りの打ち上げ花火だ。我先われさきにと脇目も振らず、夜空にダイブするのだった。次々に上がっては弾けて、それを見上げる人間の事などお構いなしなのだ。


「こっちで自己紹介を」


 そう言われて少し冷めたポップコーンが近づいてくる。足元はちかちかと昼間の線香花火。


「初めまして」


 真綿に音符が絡まった。月光のごとき声に、私は驚くばかりだ。全身がかもちだす雰囲気に比べたら、なんと落ち着いたたたずまいなんだろうか。湖の中央で祈る青い石像。重力を無視したその願いは、強く優しい。誰もがその姿に、目を閉じ、こうべを垂れるのだろう。


 だが私は偶然にも、か細い目の奥のあった一瞬の眼光をとらえた。それは火打石のような竜巻のような。ただまばたきをした次の瞬間には何もなかった。だから確認のしようもなかった。


「コダマアオイです」


 宜しくお願いしますとその男は言って、その場を去った。ずいぶんと訳ありな若者だと私はカミサマと言われるナニモノカに嫌味を含んで言うのだった。

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