メグさんは作りすぎちゃう⁈
宮崎ゆうき
メグさんは作りすぎる
ワンルームの小さな部屋にベルの音が鳴り響く。
おっ、きたきた!
この部屋の主、大学生のミキトは待ってましたと言わんばかりに、玄関へと駆け足で飛んでいく。
「あの……」
ドアを開けると、隣人で同じ大学に通う、1つ歳上の先輩、
「あっ、メグさん待ってましたよ!」
恵がミキトの部屋を訪れるのは初めてのことではなかった。というよりも必ず1週間に1回はミキトの部屋にやってきている。
それも決まって金曜日に――。
「また作り過ぎちゃったんですか?」
声を弾ませ、ミキトは言った。
「そうなの。ほんと迷惑だと思うんだけど一緒に食べてくれませんか?」
もうこれ、わざとだろとミキトは内心思ってしまう。というのも、この目の前で申し訳なさそうにしている隣人の恵は、毎週金曜になると、必ず夕ご飯を作り過ぎてはミキトの家にやってくるのだ。
しかし、ミキトにとってそれは全くもって迷惑な事ではなかったし、むしろ大歓迎だった。
「喜んで食べさせてもらいます‼︎」
毎度のように玄関で叫ぶと、ミキトはせかせかと恵を部屋に招き入れた。
「今日は何を作ったんですか?」
「今日はね……サーターアンダギー……」
ミキトは驚きのあまり目を見開いた。てっきり晩御飯のおかずか何かだと思っていたのに、サーターアンダギーは反則だろ。目の前の恵に視線を移すと、すごく申し訳なさそうな顔をしている。くそう、可愛すぎるう。
「俺、サーターアンダギー大好きなんですよ! あははは」
ミキトが気を使って言うと、恵の顔がパッと明るくなった。
「本当! よかった!」
ミキトは大きなお皿に、山盛りに積まれたサーターアンダギーを頬張った。
「うまっ! やっぱりメグさん天才ですよ」
お世辞なんかじゃなくて、心の底からそう思った。毎度のことだが恵の作る料理はどれもこれも、プロが作ったように完璧な味付けでミキトの胃袋を鷲掴みにしていく。今回も例外ではなかった。たとえそれが、サーターアンダギーでも――。
ミキトは心の中で思っていた。
今日こそはメグさんに味噌汁を作らせてやる。
ミキトがそう思うようになったのには、もちろんそれなりの事情があった。
あれは大学1年生の後期、初日の事だ。
俺は、国際コミュニケーションという講義を受けに生徒100人以上を収納できる大教室へと1人で向かっていた。
俺が教室に着く頃には既に70人くらいの生徒が、各々好きな席に座っていた。
そして俺はそんな約70人の中から見つけてしまったのだ。
宝石のように光り輝く生徒、そう俺ん家の隣人であり天使、稲垣恵さんを!
そして幸運にも彼女の後ろの席が空いている。俺は磁石の如く、吸い寄せられるようにメグさんの真後ろに着席した。座った途端にふわっと、メグさんの後ろ髪からシャンプーの良い香りが漂う。と同時に鼻孔が自然拡張していくのを両手で隠し、俺は素知らぬ顔で講義を受ける。
もちろん彼女に話かかけるような無粋な真似はしない。その代わりに俺はメグさんを真後ろからガン見し続けた。講義なんて何一つ耳に入ってこなかった。頭の中がメグさんで満たされていく。この上なく幸せだった。
そしてその時、俺は聞いてしまった。メグさんが友達と話している内容を。
「メグさー、隣人の後輩君におすそ分けしてるんでしょ?」
「うん。そうだよ。週末ってなんか張り切って作り過ぎちゃうんだよね」
「メグは隣人後輩君の事、好きだからおすそ分けするの?」
「えー。そんなつもりじゃないんだけどなあ。ただ作り過ぎちゃうっていうか」
「でも、それ勘違いされるでしょ絶対」
はい、めっちゃしてます。と心の中で答える。
「ミキト君は、そんな感じに思ってないと思うけどお……」
「どうだか~。てかさ昨日テレビでプロポーズが『毎朝味噌汁を作ってくれ』って人がいたんだけど、やばくない?ウケるよね」
友達が言った途端、メグさんの動きが止まった。
ん? どうした?
「それ家のお父さんです……」
「はあ? あはははははははは」
友達の笑い声が教室に響き渡る。
同時に先生の怒声が飛び、笑いは直ぐに静まった。
「それ、本当? 笑っちゃってごめんね。びっくりしすぎた」
「いいの、いいの。でもね、私その言葉好きなんだよね。だから、お味噌汁だけは好きな人にだけ作るって決めてるんだ」
「そうなんだ。恵らしいっちゃらしいかも――」
いかがだろう。これがミキトにそう思わせた事情というやつだ。
あの日以来ミキトは、恵に味噌汁を作ってもらうため奮闘しているというわけだ。
6つ目のサーターアンダギーに差し掛かろうとした時、ミキトが言った。
「サーターアンダギー食べ過ぎると、めちゃくちゃ喉乾きますね。あっそうだメグさん、ちょうど味噌あまってるんですよ。味噌汁とかって作れないですか?」
満面のどや顔を心の中でしてみせる。
どやどや。この俺の作戦はよお。
しかし、恵はきっぱりと一言、
「だーめ。味噌汁は作れないの。お水で我慢して」と言った。
「やーだー作って。作って~」と言いかけて止まる。
やばいやばい、こんなこと言ったら味噌汁どころか、何も作ってくれなくなりそうだ。
ミキトは素直に「はい……」と小さく呟いた。
次の週の金曜。ワンルームの小さな部屋にベルの音が鳴り響く。
きたきたー。まってました! と、ミキトは玄関めがけてロケットの如く飛んでいく。玄関まで続く廊下は、まるでカタパルトのようだ。
「いらっしゃいです! 今日は何を作ったんですか?」
「作り過ぎたのばれてるね。 毎週だもんね。ホントごめんね」
「全然大丈夫ですよ!で何を作ったんですか?」
「今日はね、サバの味噌煮だよ』
味噌キターーーーーー‼
ミキトの頭の中でファンファーレが鳴る。
これもう、好きなんじゃね? と安易な考えが巡る。その度、ミキトは浮かれるなと自分に言い聞かせた。
「サバの味噌煮にお湯かけたら、味噌汁になりますかね?」
サバの味噌煮を口に放り込みながら、無意識に言葉が出た。
言った瞬間、ミキトは我に返る。
いやいやいやいや、何言ってんだ俺ー‼
案の定、恵は虚を突かれたように驚いた顔をしている。
「じょ、じょ、冗談ですよ~。アハハ……」
「プッハハハハハ、アハハハハ」
恵の大爆笑がワンルームの部屋に響く。
「えっ、あっ、えっ」
突然の事にミキトは当惑したようになって、言葉が出なかった。
「ミキト君、そんなに私の味噌汁が食べたいの?」
おっチャンスか! ミキトの心が躍る。
「はいっ!」
「私、ずっと前にミキト君が後ろの席に座ったこと実は気付いてたんだ」
「えっ?」
「それでね、話しかけてくれるの待ってたんだけど、ぜっんぜん話しかけてこないから、ちょっとからかっちゃったの」
「どういうことですか?」
頭が真っ白になり、何も考えられない。
「好きな人にだけ味噌汁を作りたいって言うのは嘘ってこと」
恵がアイドルよろしくウィンクをした。
「ええーーー。それはずるいですよー。てかネタバラシ遅いですって」
「それとね、あともう一つ嘘ついてたの」
「なんですか? それ」
呆れたように、ミキトが聞き返す。
「好きじゃないと、おすそ分けなんてしないよ?」
メグさんは作りすぎちゃう⁈ 宮崎ゆうき @sanosakasa
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