密室に、僕と彼女が2人きり。

花座 緑

第1話

密室で、乱れた服と美女。そして2人きり。

こんな時でもなければ、今すぐにでも僕は自室のベッドへ彼女を連れてダイブしていただろう。


「やましいことを考えている顔ですね、先生? そんな暇がおありで?」

「いやいや、僕ははやましいことを考えるのが仕事だからね」

「それは酷い誤植ですね、すぐにでも校閲をお願いしてはどうでしょう」


僕の傍に立っている、スーツを着こなすクールな美女、川瀬伊織は今日も絶好調のようだ。


「川瀬さん、僕は貴方に眼鏡をかけて欲しいのだと何度も言ったつもりだけど、検討はしてくれてるのかな?」

「私は両目とも1.5ですので、先生の健闘むなしく、というところですかね」

「目が悪そうというのは見当違いだったか……」

「先生、言葉遊びも程々にして頂きたいのですが? 時間稼ぎには乗りませんよ」


しまった。バレた。

何を隠そう、僕は今をときめく作家である。クール美女の川瀬さんは敏腕編集者と言ったところだろうか。

ちなみに乱れた服を身にまとっているのは僕だ。乱雑に緩めたネクタイと苦しくて少しだけボタンを開けたワイシャツが今の僕の状況を示していると言ってもいい。

川瀬さんはスーツの似合う美女なので、きっちりスーツを着こなしている。


「それじゃあ少しだけ一服して来ようかな」

「ドアはもちろん閉めさせて頂きましたよ」

「さすが出来る編集者は違うね」

「煙草は体に悪いのでやめた方がいいと思います、原稿をためるのは私に悪いのでやめてくださいというかやめろ」

「川瀬さん?!」


僕の原稿を回収するためだけに、ご飯を作ってくれたり、掃除をしてくれたりする川瀬さんは出来る女だけど、さすがにそろそろ限界がきているらしい。


「ねえ、川瀬さん、ラストシーンだけどうしても思い浮かばないんだ」

「ラスト、ですか」

「僕の1番の読者である君にネタバレをしてしまうのは僕としても不本意なんだけど、どうも思い浮かばない」

「お手伝いできることがあるならしますが……」

「それじゃあシーンの再現を手伝って貰っても?」

「演技力は期待しないでくださいね」


よしきた。今こそ彼女を部屋に連れて行ってベッドに押し倒す絶好の機会だ。

意気揚々と僕は川瀬さんを僕の部屋に誘導する。

今書いている、天才詐欺師と刑事が事件を解決していくシリーズでは部屋で2人きりなんてシーンは考えにくいのだけれど、生憎そんなことは作者たる僕しか知りえない。


「先生の部屋でなければならないんですか?」

「もちろんさ、大事なのはリアリティなんだよ」


僕の部屋には資料としてたくさんの本と小道具が置いてある。

モデルガンや、模造刀といった物騒なものも置いているが、こういう時のために整理整頓済みだ。


「すごい資料の数ですね、安心しました……あ、ワルサーもある」

「川瀬さんって結構そういうの好きだよねぇ」

「先生ほどではないと思うんですが」


失礼な。僕はどちらかというとその隣に置いてある飛行機とかの方が好きだ。


「そうそう、考えてるシーンなんだけど……えーっと、ベッドの前に立って貰っていいかな?」

「ベッドの前ですか、了解です」

「君はあのシリーズでいう刑事役ね」

「先生が詐欺師というわけですね、はぁこれまたピッタリな役ですね」


あのシリーズの刑事のモデルとなったのは川瀬さんなのだから、それは僕の台詞だ。


「それから僕が君を押し倒す、と」

「なるほど、ではどうぞ」

「どうぞ?! うっ、では失礼して」


完璧に川瀬さんのペースだ。

このままでは僕の計画が崩れてしまう。なんとかこちらのペースにしなければ。

川瀬さんをどさり、とベッドに押し倒す。

整った顔がいつもより近くに見える。綺麗な顔だ。長い睫毛に、艶のある黒髪。透明感のある肌も加わって、美女をそのまま体現していると言ってもいい。


「それで、私はどうすればいいんですか?」


いい匂いが鼻を掠める。

主張の激しくないその香りは香水なのか、シャンプーなのか、柔軟剤なのか。


「先生?」


きっちりと着ているスーツも彼女によく似合っている。天使は天界で働く時こうしてスーツを着ているのだろうか。


「あの……」


ダメだ、顔が赤いかもしれない。余裕のない男だと思われている気がする。果たしてこんな美女を前に余裕でいれる男なんているのだろうか、いや、いない。そうだろう、全世界の男たち、よ……え?


「え?」


ふわりとした浮遊感がして、気づけば僕は華麗にベッドへ押し倒されていた。


「何も言わないというのは、逆側の立場になった方が想像しやすい、という主張ですか?」

「えっ」

「そうですね……惜しかったね、もう少しで僕を捕まえられたのに、とか言いそうですね、先生のあのキャラなら」

「いや、僕は別に逆側がいいと言うわけではなくてね、川瀬さん」

「いえいえ、この際もうどうでもいいいので早く書きあげて欲しいんですよ」


完全に目が据わっている。

これが限界のきている川瀬さんなのか。


「先生、早く台詞なんでもいいので吐き出してくれませんか?」

「ひぃっ……えっと、私の刑事人生にかけて、貴方を捕まえる、必ず」

「ふぅん……楽しみにしてるよ」


川瀬さん、演技力に自信が無いなんてあれ嘘だよね。

美女と、密室と、ベッドの上に乱れた服で押し倒されている、僕。

ああ確かにこれは酷い誤植だ。



シリーズ最新刊は、刑事の複雑な恋心の描写がリアルだと女性に好評で、まあ端的に言えば、売れた。

こうして僕はまた、シリーズの執筆を勧められることになる。

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密室に、僕と彼女が2人きり。 花座 緑 @Bathin0731

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