第5話 オコメハーヴ、爆誕!!

 2年前ーーーー

 稔は農林水産省の適性試験を受験するために、上京していた。


 「え……じゃあ、稔さんは本当は官僚になるつもりだったの?」ぴりかは驚いた。

 「いや……ぼくはそんなに優秀じゃないよ。ぼくが受けたのは、農林水産省に付属している特殊実務の実行部隊ーー緊急時の急遽作付けや爆破を伴う開墾、情報工作を含める土地収用、チェーンソーの用途外使用法の研究など、そういうことをやるところーー通称『NASU』(Nou Assault Special Utility)だ。そこを受験したのさ……」

 「……それで、どうなったの?」

 「むろん、落ちたから農協にいるんだけどね。そこで、試験管、試用期間の教官にいたのが、あの、病田だったんだ……」



ーーーーーーーー

(回想)


 病田「特殊状況下での農作物配布ならびに食糧計画実施のテスト、はじめ!」

 稔(ペーパーテストなら自信あるぞ……これはもらったな!)


 試験後……


 病田「貴様……この点数はなんだ……!」

 稔「な……! 嘘だ……! 何かの間違いです! よく見てください!」

 病田「何が間違いだ! お前が正しいというのなら説明して見ろ!」

 稔「えーと……」


 問 「家庭菜園でナスがとれて、家族全員で毎日食べていたが、秋ナスであったため、妊娠中の嫁には念のため食べさせないようにしていた」


 稔「これは絶対に○ですよ! 秋ナスは体を冷やすおそれがあります! 女性は体が冷えやすい、とくに妊娠中は体調の変化には気を配るべきです! 少しでもリスクは回避するべきでしょう! 秋ナスは嫁に食わすなとも言いますし!」


 病田「愚か者め!!」(バールで殴る)

 稔「うぎゃああああああああ!!」

 病田「プロフェッショナルになろうとする者が諺を引くとは何事か! クズめ!」

 稔「でも……でも!」

 病田(バールで殴る)

 稔「ぎゃあああああああああああ!!」

 病田「もしこれが飢餓状態だったとして、このように判断するのか! 飢餓の場合は、胎児の生死リスクより母体の保安が優先される! それは食料が生ものであり、人が生きているからだ!」

 稔「そ……そんな自動車免許みたいなへりくつを……」

 病田(バールで殴る)

 稔「」

 病田「そして、飢餓状態でなくてもこれは不正解なのだ! この問いで設定されてるのは、家庭菜園でとれたナスだ! つまり、家が趣味で作った作物だ! それを、家族でひとりだけ味わえない者がでるのだ! これは社会的疎外となる! やっかいなのは、『胎児のために』という、いっけんもっともらしい理由まで付いていることだ! この判断は、嫁をいたずらに孤独にし、内心の不和の種をコミュニティに撒くものなのだ! そのリスクと、秋ナスが妊婦に与えるリスクを天秤にかけたとき、どちらにより重きがあるか、判断できなければならないんだ!」

 稔「…………」

 病田「向いてないんだよ、お前。田舎へ帰れ……ゴミ野郎」



(回想終わり)

ーーーーーーーーーーーーー


 「そんなことが……あったんですね……」ぴりかは、しずかに言った。

 「自分の無力が悔しかった」僕は言った。「教官だった病田になにも言い返せなかった……結局、一次の筆記試験で落ちたさ。この間も……まるで相手にならなかった」

 「でも……」ぴりかは僕の目をじっと見つめた。「逃げないよね?」

 僕は彼女の目をじっと見返した。

 正直、病田に勝てる見込みはまったくない。自信もなかった。だけど、僕が折れてしまったら、どうなるだろう。

 彼女の瞳から、目をそらすわけにはいかない。

 「ああ。逃げるわけないさ。約束したろう」

 そう言うと、ぴりかは安心したようなくったくのない笑顔をみせてくれた。

 守りたい。この村を。この子を。すべての未来をーー

 頼りないかもしれないが、この僕が、守ってみせる。そう思った。

 ーーーー熱い。

 なにか……奴の拳に貫かれて、一度は虚空になったはずの腹部に、なにか温かいものを感じた。

 全身に、熱のようなものがみなぎってくる。元気が出てくるような……

 なんでもできそうな気がしてくる。パワーが満ちあふれてくる。

 不思議な感覚だ……。

 「うわああああああーーーーーー!!」外から声。恐怖をはらんだ絶叫。

 「何だ!?」

 僕は立ち上がって飛び出した。

 「待って!」ぴりかがついてくる。オコメスキー主任や、飛び起きた酔っぱらいたちもぞくぞく出てくる。

 「どうした!」僕は悲鳴を上げ続けている村民を見つけて声をかけた。村民は岩っころを盾にするようにちぢこまっていた。

 「ば、ばけものがでた!」

 僕が村人の指さした方を見ると、そこに、全身が木の塊で出来たかのような化け物がいた。

 「ぼしゃああああああああああああああ!!」

 巨大な咆哮に村人たちは腰を抜かすーー酔っていることもあり、失禁、脱糞の嵐だーー僕はそいつを睨みつけた。

 「なんだ貴様は!」

 「俺は農林水産省から使わされた、この村を滅ぼすためにやってきた最強農人、ニクコップンさまよ!! ぼああああああああああああああああ!!」

 「なにいっ!?」

 ついに来た……本格的にこの村を始末するつもりなのだな!

 「そんなことは、この俺が許さん!!」

 「シャアアアアアアアアアアアア!!」ニクコップンの手から触手のように根が伸びる。それは岩っころを持ってちぢこまってる村民に向かった。

 「躱せ!」僕はとっさに言った。村民は岩を捨てて転がった。

 根は岩を直撃した。すると、岩はみるみる崩れ、粉状になったのである。

 「これは……!?」

 「ぼあああああああ!! 俺の触手に触れたものは、どんなものであれ肉骨粉になるのだああああああ!!」

 「許せん!!」僕は突進し、組み付いた。

 「やめて稔さん! 無理しないで、肉骨粉になっちゃう!」ぴりかが叫ぶ。

 「組み付いたのなら大丈夫だ! どんなものであれ肉骨粉にするのなら……自分すら肉骨粉になる! 取っ組み合いでは根を張るのはリスキーだろう!」僕はそう言って、枝をひとつへし折った。

 「そこに気づくとは……しかし甘い!」ニクコップンは枝を伸ばし、村長をからめとった。

 村長「おわああああああ!」

 「人質をとったぞ! こいつの命がおしければ、お前、俺から離れろ!」ニクコップンは言った。

 男たち「稔! 村長の命にかまうことはねえ! 奴にかまわずやっちまえ!」

 村長「それわしが言うセリフとちがう?」

 男たち「それになんだかな……人質にとるならぴりかだろ。あの農人、実力はおそろしいが、経験は浅いな!」

 男たち「ああ、つけいる隙は大いにある!」

 僕はそんな声を聞きながら、ニクコップンからそっと離れ、距離を取った。

 「わかった、僕は去る。村長には手を出すなよ、絶対にだぞ!」そう言って、掘っ立て小屋の陰にまで走り去った。

 「ぼしゃああああああああ!! 強い奴さえいなければこっちのもんじゃあ! お前ら全員肉骨粉にしてやるわあああああ!!」

 男たち「なんという死亡フラグを……おろかな」

 男たち「しかし、勝機はあるのか?」

 男たち「知らん! だが、奴の負けは見えている!」


 僕は小屋の陰で、息を整えていた。だが、心臓が撥ねるように動いている。

 腹の底から、熱い濁流が全身をめぐるのを感じる。

 なんだ、これは。

 思い出すーー柿崎主任が、言った言葉。

 『農村を助ける強い力が欲しいなら。何かを変える力が欲しいなら。人のいないところでーー』

 今が……

 その時…………?

 心は迷っていた。だが、体の熱さがすでに理解していた。

 僕は拳を高く突き上げた。強く握りながらゆっくりと下ろし、横に振り払う。



 「脱☆穀!!」



 胸の送風機から無数の籾が吹き出し、空中に発生した謎の気流によって、玄米の粒が稔の全身を覆った。

 「これは……!」稔は自身の体が米に満たされていくのを感じた。「炭水化物のエネルギーを感じる……! これが、農の力……。所長、あなたは……俺を救うために! 使命すら与えたというのか!!」


 「ぼしゃあああああああ!!」農人の根は伸びまくっていた。

 村人「ひええええええ!」

 村人「おばあああああああ!」

 村人「おじいいいいいいい!」

 村人「おずぼーーーーーん!」

 「あぼばあああ! まとめて肉骨粉にしてやろうか……そしてそこの若い娘! この世の最後の思い出に! 俺と思い出を作ろうか!」

 「ないわ」ぴりかはチェーンソーのエンジンを入れた。「あの人は絶対に逃げたわけじゃない……この後のためにも、腕一本でも落としていってやる!」

 「ぼしゃあああああああああ!!」

 「まてーーーーーーーーーーーい!!」

 「!?」「!?」 

 ニクコップンとぴりかの間に、黄金色の陰が飛び降りた。

 それはあまりに唐突な出来事だった。

 一瞬、時間が止まった。

 誰もが、その者を見つめた。

 透き通った玄米を思わせる金色のスーツ……ほのかに香るお米のあまい匂い……ちょっと舞ってる、ぬかの粉……

 ぴりかはすぐに分かった。味方だということに。

 「あなたは……だれ?」

 僕は立ち上がり、ニクコップンに向かった。



(BGM 仮面ライダーBLACK RX インストゥルメンタル

https://www.youtube.com/watch?v=Pff14coVg60)


 「俺は農業と農村の守り主! オコメハーヴ!!」

 朝焼けが山からのぞき差した。鋭い光が黄金色の身を輝かせる。それは、ぴりかの目に、なによりも輝かしく見えた。

 「なんだとおおおおおおおおおおお!?」ニクコップンは後ずさりしながらも、触手を伸ばした。「誰だか知らんが餌にしてくれるわあああああああああ!!」

 何本もの触手がオコメハーヴに襲いかかる。オコメハーヴは一本の触手を掴むと、それを思いっきり引っ張った。

 「うわあ!」ニクコップンは引きずられて滑り転んだ。その拍子にすべての触手はコントロールアウトした。

 「くっ!」あわてて体勢を立て直す。しかし、すでにオコメハーヴは跳んでいた。

 「ハーヴキック!」オコメハーヴの跳び蹴りがニクコップンの顔面に直撃する。

 「ぎゃああああっ!!」木がメキメキと折れる音を立てながら転がる。

 「ハーヴ・モンゴリアンチョップ!」両手を上から振り下ろしチョップで叩きつける。ニクコップンは人間でいうところの両鎖骨を折られ、両腕がぶらぶらになった。

 「うぎゃああああああ!」

 「ニクコップンよ、帰るがいい。そして報告するがいい。この村は、決して貴様ら農林水産省の手には落ちんと……」オコメハーヴは言った。

 「で……できん! できんわあああああああああ!!」ニクコップンは全身から肉骨粉を吹き出しながら叫んだ。「汚辱を忍ぶのであればもはや! こうとなっては、我が身を以てして、この村ごと肉骨粉にしてくれるわああああああああああ!」

 「いけない! 畑に肉骨粉が入ったら、せっかく植えた苗がだめになっちゃう!」ぴりかが言った。

 「させん!」

 オコメハーヴは腰のしめ縄に手をやり、光る剣を引き抜いた。

 「バーダック!」

 オコメハーヴは一足飛びにニクコップンに飛びかかり、その心臓を刺し貫いた。聖剣バーダックは火花を散らしながら燃え上がった。

 「こ”の”お”れ”がや”ぶれ”だだどお”!」ニクコップンは苦悶の叫びを上げた。オコメハーヴはバーダックを引き抜くと、血振りをするかのように振り払い、彼に背を向けた。

 「な”ぜだーーーーーーーーー!!」

 ニクコップンはそう絶叫しながら倒れ、爆発した。


 

 「す、すごい……」ぴりかはあっけにとられながらその様子を見ていた。「あんな凶悪な農人を……あっという間に」

 オコメハーヴは、ゆっくりと彼女の方へ振り返った。

 「怪我はないかい」

 「は、はい!」ぴりかは硬直して答えた。

 オコメハーヴは、一歩、彼女に歩み寄った。

 「これから、辛いこと、困難なこと、多くの至難が君に訪れるだろう……。だが、折れてはいけない。いつか、希望は見える……。そう信じるんだ」

 「…………」

 「サラダバー!」オコメハーヴは高く跳んだ。

 「あ、待って!」

 しかし、すでに彼の姿は見えなくなっていた。はるかかなたに、消えていた。

 「……なぜだろう……。初めて会った気がしない……」

 ぴりかは、まだおさまらない呼吸を、ゆっくりと沈めるように、深呼吸した。

 「おーい! 大丈夫か!?」

 物陰から、僕が姿を現した。

 「……稔さん!?」ぴりかが怒ったように声を荒げた。「今までどこに行ってたんですか! ピンチな時にどっかに行くなんて、最低ですよ!」

 「いや、その……ヒットアンドアウェイというか? 今まさに反撃に出ようとしたんだけど……農人はどこかな?」

 「農人なんて、もう倒しましたよ! オコメハーヴっていうヒーローが来て、あっという間に始末してくれたんですから!」

 「あ、そうなんだ……僕もいればよかったかな?」

 「どうせ、役立たずですよ! このチキン! もう稔さんなんて知らない!」彼女は走っていってしまった。

 「お、お〜い! 話を聞いてくれよ〜!」私は追いかけた。

 その様子を、村人たちは笑いながら見ていた。

 ただ、一人だけ、眉間に皺を寄せている男がいた。

 オコメスキーだった。

 「あやつ……目覚めねば良いがな……」

 

 








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