第4話 恐怖の予感と過去、そして
「う……ううん……?」
「目が覚めた? 美濃田くん」
柿崎主任の声がして、はっと体を起こした。
きょろきょろと辺りを見渡す。農協の仮眠室だ。
「あれ……? 僕、たしか……」
簡易ベッドの上で、だんだん視界がはっきりしてくる。柿崎が折りたたみ椅子に座ってこちらを見て笑っていた。
「美濃田くん、たいへんだったわね。すごいケガをしたから、オコメスキー博士が治療室に運び込んで治してくれたのよ」柿崎は言った。「むちゃしすぎね……」
「あ……そ、そうだった……ご迷惑おかけしました……。え、と……あ、所長は? 手当てしてくれたのならお礼を言わないと……」
「オコメスキーはもう村に戻ってるわよ。あなた、1週間も眠ってたのだもの」柿崎は笑った。
「そんなに!?」
「大丈夫、病欠扱いにしておいたから」
「ああっ、なにもかもすいません! お手数かけました! すぐ現場に……」
「待って」
柿崎は椅子から立って、僕の隣に腰掛けてよりそった。
「いい?」彼女は私の頭をそっと撫でた。「私とオコメスキーはあなたを助けるために、ちょっとした大手術をしたわ」
「そ、それはもう、助けてもらえるなら」
「いえ、いつか、呪うかもしれない」
「…………?」
「これだけは言っておくわ。もし、農村を助けるために強い力が欲しいなら。何かを変える力を得たいなら。そのときは、人のいないところで『脱穀!』って叫んでみて」
「はあ……、なんだかわからないけど、わかりました」
「いい子ね……もう行っていいわ」
ーーーーーーーーーーーーーー
「ヤーレン! ソーラン! ヤーレン! ソーラン!」
「ハア! ドッコイショ! ドッコイショ!」
「うるさいよ、おじさんたち!」ぴりかは言った。「田植えも終わって、もう音頭はいいのに! 何が楽しくて、そんなはしゃいでんの!」
「だ、だってよ……美濃田がもし帰ってこないと思うと不安で……」男たちはめそった。
「心配ないよ! 所長も手術は成功したって言ってるし! まだ傷がふさがってないだけだよ! たぶん……」
「そうじゃ、別に心配ないよ」オコメスキーは言った。「それよりも、奴が帰ってくるまでに村の復興を進めておこうじゃないかね! 来たときにびっくりさせてやるのがええよな」
「そ、それもそうだな! やるぞー!」男たちは乗せられて仕事しだした。
「あの……所長さん」ぴりかはおずおずと話しかけた。「信じて……いいんですね?」
「ああ」所長は笑った。「いいんだ……信じて……」
ーーーーーーーーーーーーーーー
農林水産省
「貴様ら、分かっているな……」
病田は資料を手に持ちながら面々に向かった。四人の直属の配下が、彼の前に並んでいた。
「局長はお怒りだ……この『おこめ村』とやら……私じきじきに首班を抹殺しに行き、そのあっけなさゆえに軽く見ていたが、いまだに復興はゆるやかとはいえ続いている……あれから一週間、文明レベルは『古代』にまでなった! どうやらすでに組織的な体制は構築されていたようだな」
その声を前にして、四人の配下……通称、農林四天王は妖しい影を滾らせていた!!
「クックックッ……病田様とはいえ、凡ミスを犯しましたな」
墾田参謀ムギミソ!!(農林水産省文書課長)
「審議官、この村の始末、わたくしめにご下命を……」
乳隊長ホルスタイン!!(農林水産省畜産部長)
「ギョーッギョッギョッギョッギョッ!!」
突撃隊長サカナクンサン!!(農林水産省水産庁参事官)
「戦いはスピードだ。ここは俺に任せて欲しい、すでに手は打ってありますぜ」
植林大佐カフンマスク!!(農林水産省計画課長)
「ほう?」病田はカフンマスクに目をやった。
「カフンマスク、ずいぶん用意がいいのね」ホルスタインが流し目でカフンマスクをみやった。
「おうよ。うちの部署でつい先刻、最強の農人が完成したんだ。性能テストをしたかったところでな、この村がうってつけだと思ったわけよ」
「フン……よかろう。カフンマスク、その農人を見せてみろ!」
「は!」カフンマスクは軽く頷いた。「出ろ! 最強農人ニクコップン!!」
「ぼしゃああああああああああああああ!!!」
頭が杉、胴体が椚、両腕が檜、両足が橅という、全身が簡単に言えば木の農人が現れた。
「こいつは我が部署が全知全能を投入して開発した農人だ。こいつに吸収されたが最後、すべては分解され肉骨粉になっちまう。村ごと家畜の餌にしてしんぜようぜ」
「気に入った……ゆけ、ニクコップン! おこめ村を肉骨粉にするのだ!!」病田は言った。
ーーーーーーーーーーー
「ヤーレン! ソーラン! ヤーレン、ソーラン、はあ、どっこいしょ……」
村の男たちも、だんだん空元気もでなくなってきた。
「もう、おっさんたち! 私たちが田植えしてるときくらい、せめて声くらい出してよ!」ぴりかは田んぼの中から大きな声で言った。
「でもなあ……」男たちはぼそぼそ言った。「やっぱり、アイツが心配だよ……気になって夜も眠れねえや……」
「なにを女々しいことを……」ぴりかは苛立つ。「せっかく村がだんだんと蘇ってきてるのに! もう田んぼもできてきてるし、いちおう屋根のあるところで眠れる! 井戸水を飲めるし、うんこの臭いが立ちこめることもなくなった! これからなのに! そこでくじけんなよ!」
男ども「そうだけど……」
「だけどじゃない! 私、あの人に言われたんだ……。甘えてもいい、細かいこと気にしなくていい、だけど諦めるなって!! それに、こうも言った!! ぜったいに私たちのこと見捨てないって!! だから……あの人は帰ってくるよ。諦めずに待ってなきゃ……あの人に失礼だよ……」
男たち「ぴりか………」
長老「あの子も、大きくなったもんじゃ」
男たち「!?」
長老「ほんの少し前までまだ自分の気持ちもはっきりせず、周りに流されて生きるしかなかった小さき者に見えたが……。あの若造と出会って、自分の殻を破ったのかのう。一歩、人として前に踏み出したようじゃ……」
男たち「なんだよジジイ……お前革命革命吠えておいて役人来たら腰抜かしてたくせになにカッコイイキャラ演じてるの……? 率直に言ってうざい、いやはっきり言って滑稽だよ」
そのときだった。
「………ぃ、………ーい、おーーーーーい! おーーーーい!!」
遠くから、走ってやってくる、僕!
「おお、あれは!」
「あれは! まちがいない!」
「無事だったか!」
僕は村に駆けつけると、五体満足で戻ってきたことを見せるかのように腕を広げて見せた。
「いま、戻りました! お待たせしました!」
男ども「心配かけさせやがって、コノヤロウ!」
「稔さん!」
田んぼからぴりかが走って上がってきた。僕は腕を広げたまま彼女の方に向き直った。彼女は走り寄った勢いと、恥じらいとがあり、広げた腕の2メートルほど前で足を止めてもじもじした。僕も、広げた腕をどうしようもなく、なんとなく下げた。じっさい、彼女が胸の中に飛び込んできて、僕が抱きしめるような人間関係ではなかった。
「無事だったんですね」ぴりかは、すこし俯いて言った。
「ああ。自分でもこんなにすぐ良くなるなんて思いもしなかったけど……所長の手術がすごかったんだろうね」
「何はともあれ、めでたいことじゃ!」村長が破顔一笑した。「皆の者、今日は宴じゃ! とっておきの酒、今日飲んでしまおうぞ!」
男どもも、それがいい、みな疲れも溜まっている、久しぶりに良いことを祝わねば、と農作業を切り上げ始めた。
「宴か……どうしようかな」僕は言った。「まだ、今日意識がもどったばかりだし……急にアルコールはさすがにまずいかもな」
男「じゃあ杯に口つけるだけで大丈夫だ! とにかく今日はお前の無事を祝おう!」
ーーーーーーー
宴もたけなわとなり、村人の大半は酔いつぶれた。僕の席の側で起きているのは、オコメスキー所長、そして、ノンアルコールだけ飲んでいたぴりかだけだった。
「宴会も一段落ついたって感じですね」僕は二人のうち、だれとでもなしに言った。
「うむ」所長は答えた。
「…………所長、質問してもよろしいでしょうか?」僕は静かに切り出した。
「いうてみ」
「病田から受けた攻撃……完全に腹部を貫通していた」僕は自分の腹をさすった。「死を覚悟した」
「…………」
「どんな手術を、ぼくに……」
「いずれ話す」彼は言った。「今は村のことを考えろ」
「…………はい」
「あの」ぴりかがおずおずと顔を向ける。「私も、質問が……稔さんに。問題ない範囲でいいので……」
「うん……なんでも聞いて」僕は言った。
「病田って、あのときの官僚ですよね。知り合い、なんですよね?」ぴりかは言った。
僕は唾を飲み込んだ。
「あいつ、あなたのことを『落第生』っていってたけど……」
「そのへんの事情を聞きたいんだね」僕は鼻で浅いため息をついた。
「言いたくないならべつに……」
「いや、いい。話そう」僕は天井を見上げた。
「あれは2年前。就活中のことだった……」
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