第3話 稔、死す!


秋田県A市おこめ村ーー

家は倒れ、畑は壊滅、電気、ガス、水道も寸断し、民が生きる希望を失って自棄になっていたところに、農協から僕とオコメスキー所長がかけつけて、一週間がたとうとしていたーー


 まだまだ突貫工事だが、あぜ道ができあがり、どこが田畑でどこが道かが分かるようになった。井戸も数カ所掘り上がり、人々は清潔で冷たい水をいくらでも使えるようになった。家屋の復旧も進んでいる。電気、ガスは、長期的な復旧を目指さねばならないが、それでも、なにより一番変わったことーー

 村の人の表情。当初の絶望に暗く沈んだものから、明るい未来を信じられる顔に変わっていった。

 僕は、この村に来て、一緒にどろまみれの農作業をしながら、それを見ているのが一番の喜びだった。

 最初、僕のことを「インテリ風を吹かした嫌味な若造」と思ってた村の男たちも、僕のしゃにむに働く姿を評価してくれたのか、いつしか笑って肩を叩いてくれるようになった。

 それが、うれしかった。

 「おーい、若いの!」年長の男が僕を呼んだ。

 「はーい!」僕は大きく答えた。この広い農村で大声で声を掛け合ううち、自然に声の通りはよくなった気がする。

 「いよいよ田植えがはじまっぞ! そっちにいって手伝ってくれ!」

 「はいよ!」

 僕は田んぼに向かった。女たちがずらっと並び、規則的に苗を植えている。靴を脱いで田に入ると、ぬかるんだ泥がくるぶしまでつかるくらい深い。

 「これ、おねがいねえ」おばちゃんが苗を植えたプランターを僕に手渡した。「苦労かけちゃってごめんねえ。ほんとは田植機あればらくちんなんだけど。流されちゃってねえ」

 「ぜんぜん大丈夫ですよ!」

 僕は空いている列に入り、苗をひとつまみずつねじこんでいった。

 なかなかつらい。腰が痛くなる。

 みんなテンションでごまかそうとしているのか、歌を歌ったり、楽隊が太鼓を叩いたりしてリズムをとっている。

 僕もその太鼓に合わせて、よっ、よっ、と苗を植えた。

 「あの……農協では」

 ふと、声をかけられた。

 隣の列で、田を植えていた者からだった。

 顔を見る。

 憶えてる……高校生くらいの若い子。まだこんな子が、学校にも行かずに朝から働いてる、と思ってた……。

 「農協では、どんな仕事してたんですか?」その子は言った。

 「あ、ああ」僕は苗を植えながら言った。「農家さん向けのローンを組んだり、返済計画を考えたり。金融関係だよ」

 「そうなんですか……」彼女が笑顔になるのが、目の端で見えた気がした。

 「農協に興味あるの?」僕は聞いた。

 「そうですね……すこし」そう、はにかみながら言った。「将来、働けたらいいな、って」

 「……きみは、高校生?」

 「はい! 来年、受験生なんです」

 「そうか」僕は苗をぐっと泥に突き刺した。「学校休んで、手伝ってるんだ」

 「はい……今はそれどころじゃないから」

 僕は苗を、一つ、また一つと、きもち早まるように植えた。

 「復興、早く済ましちゃって、勉強に戻らなきゃな」

 「そうなったらいいな……っておもうんですけど」彼女は暗い声で応えた。

 「何か不安か?」僕は言った。

 「でも……むずかしいかも、って……」

 弱音。

 「え?」

 「お父さん……田畑がこんな状況だから、とても学生ローンは組めないって……。もし1年後、田畑で作物が実っても、天災リスクがあることで審査におちたら、とか、いろいろ……だから、私、進学は諦めたほうが家のためだし……すぐ働いて稼いだ方がいいのかな、とか。わがままも言える立場じゃないし……」

 僕は苗のプランターを放り捨てて、泥だらけの手で彼女の肩を抱いて引っ張り上げた。

 「あっ!」驚いた悲鳴。目がまるい。

 「諦めるな!」僕は言った。「君の受験までには……この村は完全に復興させる!」

 「や……服よごれちゃう……」

 「しらん! そういうこと気にするな! あとで洗ってもらえ! 子供のうちは、親や、体制に甘えろ! ……俺だって、農協にローンを組んでもらって大学に進学できたんだ。それで今の俺があって、この村の復興に関われたんだ」

 「だって……でも……」

 「君の名前を教えてくれ」

 「…………結芽ゆめぴりか」

 「ドキュンネームじゃないか……だけど俺、お前のこと見捨てないよ……」

 「なんかうざいな……」

 そのときだった、村人が悲鳴や怒号を挙げ、大騒ぎをし出した。

 「何かあったのか?」僕は振り向いた。

 そこにーー村の役場前に、ランボルギーニが停まっていたのだった。

 村人らは見たこともない車を見て腰を抜かし、失禁していた。

 「なに……あの車……」ぴりかが僕のそでを掴んだ。

 「ここで待っていて」僕はそう言って田んぼから上がり、足も拭かずに車へ向かった。

 開くドア。降り立つ靴ーーギラギラに輝く黒革、まるで鉄ーー農村の土が付くのがまるで恥ともいわんばかりの軽いステップーーアルマーニのジャケットを着た、オールバックにサングラスの男が立ちそびえた。

 僕はそいつの前まで走った。心臓がばくばくする。単なる悪い予感だけがそうさせるのではなかった。もっと悪い予感。そう、オーバードライブ悪寒。あいつは。あいつはーーーー

 村人「おっ……お役人じゃああーーー!」

 村人「あひいいいいいっっっっっ!」

 村人「お助けええええええええええ!」

 村人「んほおおおおおおおおおおお!」

 村人「らめぇ」

 村民たちは立つこともできない……その気迫に圧倒されてしまっている。これで革命などと言っていたのはお笑いだ。

 僕はその男の前に立った。そして、そのサングラス越しの目を睨むーー

 「ほう」サングラスの男は言った。「何かと思ったら……貴様だったのか」

 サングラスの男は苦笑じみた笑みを浮かべ、それから哀れみに似た口調で言った。

 「失望させてくれるよ……勝手に復興させてるどんな反逆者がいたものかと思って来てみれば……貴様のような落第生だったとはな!」

 「ら……落第生って?」

 いつのまにか、ついてきたぴりかが私の側にぴったりついていた。

 「待ってろって言ったろ! 離れてろ、あいつは危険だ!」

 僕はぴりかを押しのけ、男に向かった。

 「……病田審議官! さっきの言葉、聞き捨てならねえ! 勝手に復興、だと? 復興の何が悪い。あんたがここに、そういうつもりで来たって事は! 農林水産省が人工台風を使って農村を滅ぼしたって情報は! 本当だったのか!」

 「冥土の土産に教えてやろう」病田は言った。「事実だ」

 「ッ……! 許せねえ!」

 「だが、お前がもう気にすることはない。今ここで死ぬのだ」

 病田が動いた。僕は反応できなかった。

 病田の腕が、肘まで、僕の腹を貫通していた。

 「お……ぐぼえっ……!!」

 「貴様は農の才能なんてないんだよ……!」病田は言った。腕を引き抜く。

 僕はそのまま崩れ落ち、ひとことも発することもできずに意識を失っていった。

 だれも、なにも言葉を発せなかった。動くこともならなかった。失禁と脱糞のみがゆるされていた。

 「私の移動時間を返して欲しいな……」病田はそう言ってランボルギーニに乗り、あっという間に走り去ってしまった。


 オコメスキーがあくびをしながら役場から出てきた。

 「やれやれ、わしは年寄りなのに朝には弱いわ……どういうことかのう」

 彼を見た村民たちは血色を変えて殺到した。

 「オコメスキー所長! 彼が! 美濃田が!」

 「ん?」

 オコメスキーがみやると、腹に大穴を開けて大の字になり、大量に血を流している僕がいた。

 「なんだこりゃあ! どうしてこうなった!」

 「なにやら農林水産省からえらい役人がいらっしゃって! 復興させる反逆者は殺すとか!」

 「ええい、事情なんざどうでもええ、運べ!」オコメスキーは怒鳴った。

 「あんたが聞いたんだろ!」

 「わしの車に運べ! 農協の研究室で蘇生を試みる!」

 「オコメスキー所長!」ぴかりが走り寄った。「彼を……彼を助けてください!」

 「やるだけやってみる! 車を出させろ!」




ーーーーーーーーーーーーー



農協秋田支部事務所バイオ研究所に運び込まれた僕は、オコメスキーによる集中的な延命措置をうけた……

そのオペが20時間をこえたときだった……。


 プシュー、という音とともに治療室のドアが開き、中からオコメスキーが出てきた。

 オフィスでは、柿崎主任が机につっぷしていた。

 「柿崎くん。君も疲れてるだろう、今日は帰りなさい」オコメスキーは言った。

 「あなたに比べればましよ。それに」柿崎は上体を起こし、短い髪をかき上げた。「美濃田くんのことを思うと……休む気になんてとてもなれない」

 二人の間に沈鬱な空気が流れた。

 「様子は見れる?」

 「……来い」

 オコメスキーは柿崎を治療室にいざなった。

 僕の体には何本ものチューブが繋がれ、人工的に肺に空気が送り込まれていた。

 「……ここから、回復する見込みはあるのかしら?」柿崎は聞いた。

 「……通常の方法では、ゼロじゃ。命があるだけもうけもん」

 「含むところがあるような言い方ね」

 ……オコメスキーは、深呼吸しながら天井を見上げ、ゆっくり息を吐いた。

 「こいつがこうなったとき、農村の連中がいったんじゃ。『農水省の役人が来て、復興をさせる反逆者は殺す』とかな」

 「じゃあ、彼は……復興に携わった、それだけの理由でこんなことに!?」

 再び沈黙が訪れた。

 「どう思う? 柿崎」

 「個人の意見として聞いてるの? なら決まってるでしょ」彼女は舌打ちした。「農村を破壊し、この期に及んで追い詰め、さらにこいつをこんな目に遭わせた本省を許すことは出来ない。理由がどんなものであろうと」

 「そうか。わしも同感じゃ」

 「……手があるのね」柿崎は言った。

 「さよう。だが、本人が同意が取れる状態にない」

 「この子が……」柿崎は、僕の頬をそっと撫でた。「これからの希望になるの?」

 「こいつ次第じゃ」オコメスキーは言った。

 柿崎とオコメスキーは、無言でうなずいた。

 「こいつに米の遺伝子と、酒を動力とできる循環機構を組み込む」彼は言った。

 「最強の超人が生まれるのね……あなたが誰にも黙ってた、禁断の成果が」

 「そう……、名付けて、人造農協オコメハーヴ」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る