第2話 始まり始める農村復興!
僕は社用車の四駆で悪路を走破し、おこめ村へ到着した。
ひどい状況だ。車の窓から見ても悲惨さが減ることはない。田畑は荒れ果て、家も傾き、所々で炊煙が立っている。ガスも水道も寸断されているのだ。
カーナビには村役場の位置がまだ登録されていたので、そこへ行った。役場は嵐でくたびれていて、機能していてそうになかった。が、正面玄関だったと思われるあたりに人はいた。何人かの村人が土星を上げながら議論をしている。
僕は車を降りて、そこに歩み寄った……。
「諸君! こんなことが許されていいのか!」村長らしき老人が村の衆の前で、手に泥まみれの稲を持ち振り回しながら叫ぶ。「こんな理不尽、いや意味不明! 本来民の命と財産を守るために働くはずの政府、官僚は狂った! こうなったら革命だ!」
「しかし村長……」男が言う。「田畑だけじゃなく村のインフラすらも壊滅した。今やみんな土器を焼いてどんぐりを炊いてる有り様だよ……。こんな状況で革命なんて無理だ……」
「このたわけめ!」村長はキレた。「お前の筋肉はなんのためにあるんだ! わしの若い頃は火炎瓶が普通に飛んでた!」
「ボケ老人め! 今のこの村は縄文時代なんだよ! 他の村もだ! 日本全土、農村は縄文時代なんだよ!! 東京には勝てねえ!!」
村長「ぼあああああああああああああああ!!!」
「あいや待たれ! 待たれい!」僕は一触即発の空気に割って入った。
「何やつ!」村長は鎌を取った。
「突然の訪問失礼します、農協の美濃田と申します」
「農協さんか!」村長は鎌を取り落とし、地面に臥した。「どうかこの村をお助け下せえ! 東京で革命を!」
「いや、革命とか言われても困りますけど……」僕は若干気圧されたが、悟られないよう精一杯虚勢を張った。「とにかく村の窮状、今の様子を見ただけで推し量れたといったところです。詳しいお話をゆっくりお聞かせ願いたいです」
ーーーーーーー
村の現状ーー
電気、ガス、水道などのライフラインの寸断。
土、あぜ、畝など、すべての地面が雨や土砂によって破壊されたため、どこまでが一筆の土地なのかが判然としない。
多くの家屋が全壊、半壊。
その日をしのぐ食糧計画。
「なるほど……復興には時間がかかりそうですね」僕は言った。
「それは……難しいということだか……」男の一人が言った。
「じゃから儂はいっとるんじゃ……! 体力が尽きる前に東京にいくんじゃ! 革命しかない!」
「村長、ええ加減にせえアホいうな! うちはおっかあと娘がいるんじゃ! 勝てない戦なんぞできるか!」
「おめぇさんそう言うけど、じぶんちさえよけりゃいいんか! うちだってガキがおるんじゃ!」
「みなさん、おちついて!」僕は声を張った。「時間がかかるけど、復興はできます!」
「とはいっても……どこから手を付けるんじゃ?」長老は聞く。
「まず、村人を班に分け、各作業を同時に行います」
・役所に土地の図面をもらってきて、区画整理をやりなおす土木班
「これは村の命綱になります。権利関係にも直結しますし、田畑がたち直れば自給できる米がつくれます。さいわい、ここは年三回米が取れるくらい気候風土には恵まれています。次に……」
・井戸を掘り、下水道を配置する
「現在みな川の水を飲み、排泄は臨時に穴を掘って用を足しているようですが、これは公衆衛生の面から長続きしません。川の水はそれほど清潔ではないし、排泄はもっと問題です。伝染病は起きてからでは遅い。皮から水を引き、そのまま川に流せる簡易水洗トイレを作ります」
「それじゃあ、下流にある村に迷惑がかからねえべか?」
「屎尿は堆肥にすりゃあええべ……」
「だめです」僕はつっぱねた。「この村の人口は100人程度。川の汚染を考えると許容範囲です。むしろ人糞は自然全体で考えると汚染物質ではないです。あと、堆肥はもってのほかです。寄生虫リスクを生みますので」
・住居の建築
「これも最初は簡易なものでいいので、まずは村人が全員、夜、安心して眠れる環境をつくることが大事です。ゆっくり休めることが、明日も元気よく生きていける条件ですから」
・農耕の開始までの計画、それまでの食糧計画
「腹腔の最初の目標は農耕の再開です。それまでもかなり働かなければならないので、できればたくさん食事は取りたいところですね。どこにどれほど野生の食料があるのか、そしてそれはどのように確保することができるのか……」
僕はそこまでしゃべっていて、農民たちが戸惑っているのを感じた。なんだか、話を聞いているのか聞いてないのかもよく分からない様子だった。
「今回来てくれた農協さんは話がむずかしいのー」
「いかにも学士様っちゅう感じやねえ」
「若いくせにえらそーやね」
「革命がやっぱりええわい……」
彼らの冷めた目は、明らかに僕を疎外していた。
僕は混乱した。
こいつら、何を言っているんだ?
僕が若いからとか、そんなことは今かんけいないじゃないか?
自分たちじゃなにも事態を打開できなくて、革命するかしないかなんて、バカな議論しかできないから、僕が来て、現実的なプランを説明してるんじゃないか!
分からなかったら、黙って指示通りに動けばいいんだよ!
そう、言おうとした。
「美濃田はやはり若いのお」
ドアがバリバリと音を立てて破られた。僕は振り返り、入ってきた男を見た。
「オコメスキー所長!」僕はいった。「きてくれ……たんですか」
「お前一人ではどうにもならんと思っていたが……予想通りだったわ」
僕は顔が紅潮するのが分かり、隠すように俯いた。
「話はドアの裏でずっときいてた。わしが引き継ぐ。お前は休め」彼は言った。
僕は唇を噛みしめたまま、彼の横を通り過ぎた。
「何が間違ってたんでしょうか」そっと言った。
「まあ色々とな」彼は言った。「格下相手には、手土産に酒も饅頭も持たないのか? 端的に言えばそういうこった」
ーーーーーーーーーーーー
寝苦しい夜が明けた。
村役場の空き部屋、タイルにじかに布団を敷いて寝たので背中が痛かった。だが、文句は言える立場ではない。泥の上にむしろを敷いて寝てる村民もまだまだいるのだ。
そんなことより昨日、あのようなみっともない退場をして、どんな顔をしてみなに挨拶をすればいいのか、わからなかった。
役場を出る。朝日がまぶしい。泥まみれの地面は乾きはじめてきていた。
すでに男どもは仕事を始めていた。何人かが私とすれ違いざまに挨拶する。
「おはようさんです!」
「おす! 村、俺たちで復興させるぜ!」
威勢がよかった。
そして……昨日より、距離が縮まったきがする。
村をみやる。
遠くに望める山まで、泥に荒らされた田畑。そこに、男手は走り回っていた。
女は井戸を掘り始めていた。
まだ、高校生くらいと思える村娘が、農具を担いで井戸の穴に向かって走っている。
みな、働いていたーー。一夜にして、空気は変わっていた。
役場から、オコメスキーがあくびをしながら出てきた。
「おはようございます」私は言った。「所長、どのような魔法を使ったのですか」
「魔法もクソも、基本的な復興計画は昨日お前が言ったのと変わりない」オコメスキーは言った。「ただ、村人がノリノリになれるような言い方に言い換えただけじゃ」
「…………」
僕は、その中に村民の私への印象も含まれていることに気づかないほどに間抜けではなかった。
「僕も働いてきます!」言い終わらないうちに、走り出していた。
「おまえ、指揮官じゃないか」
「じっとしてられません!」
こうして、農村の復興は始まった……。
ーーーーーーーーー
東京・霞ヶ関。農林水産省
「……台風666、カトリーヌが『全ての農村を滅ぼす』と断言したのは、お前だな?」
「何を今さら……見ての通り、日本は縄文時代に戻りましたよ、局長」
「これを見たまえ」
局長は、彼のデスクの前に立つ男に一つの資料を投げた。
「よく目を通して見ろ……日本で1カ所だけ、文明レベルが『弥生』に回復している村がある……たった13日でだ」
「俺の計算が甘かったと?」
「……お前の責任だと言ったら、どうする?」
「……いいでしょう。この俺が直々に向かい、危険な芽があるとすれば、今、摘む」
「期待してるよ……病田審議官」
審議官は身を翻し、局長室を後にした。
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