ラブコメを破る者とラブコメを装う者(2)

「彼女は言っていたわ。見られた瞬間、最悪の事態が起こったって」


 そう。彼女は裸を見られたから羞恥と怒りで僕を付け狙っていたのではない。

 虐待されていることを知られたから、不安と焦燥感で僕を監視していたのだ。


「だけど貴方はその暴行の痕を一切部外に漏らさなかった。むしろ、更に知ろうとした。慥かに暴行の痕だけみても誰によるものか分からなかった。学内でのイジメ、それとも学外の交友関係者、それとも家か?」

 その点については、実は大まかな予想はついていた。

 服を脱いでいた彼女は、普通の身体より明らかに痩せ衰えていたのだ。ストレスによる拒食症の線も捨てきれなかったが、その前に七瀬ちゃんから聞いていた噂が、僕に目星をつけさせた。


『──また虚言を弄するところ、アップルの筆頭株主云々、血統は有栖川宮の血筋である匆々、バレるや否や家族に虐待されていると喚いて児童相談所に怒鳴り込む等々、その虚言癖はさながら夢野久作著『少女地獄』のユリ子に比肩するというから虚弄先輩でも合点がいく』


『火のない所に煙は立たぬ』と人はいう。根拠がまったくないなら噂など出ず、また噂があるなら何かしらの根拠はあるのだという文言であるが、嘘についても同じだ。どこからしろに真実という火があるから嘘という煙が立つのだろう。

 嘘とは真実の前に焚かれる煙幕のようなもの。

 僕はその煙幕のなかで、家族に虐待されているという文言が、一際大きく煙りをあげているように思え、そこに大きな火元があると感じていたのだ。


 だが推測は推測の域を出ない。憶測で真実は語れない。

 ゆえに僕は彼女に接触した。


 ただ彼女が正直に語るとも思えない。だから餓えているだろう先輩を食べ物で釣って、ゲームという形で聞き出すことにした。

「──たしか二人人狼? だったかな。とても迂遠な方法をとったのね」

 ゲーム内容について、深く考える必要もなかった。

 設けたかったのは話合いの場。ゲームを装いながら、彼女を痛めつけた相手が誰であるか、それとなく聴ければ良かった。とはいえ猜疑心の強い先輩に直接聞くのは憚られる。故に以前、映画で観た方法を使って反応を見てみた。


 素人とはいえ、その結果は上々だった。

「まさか非言語行動なんてね。聞いた途端、笑っちゃった。でもどうやら彼女の拒否感を見抜くことは出来たみたいね。貴方は彼女の傷が虐待で、両親によるものだと当たりをつけた」

 ヒューマンドラマの映画の紹介などと言いながら、知りたかったのは特定の語彙をぶつけたときの反応だった。


 『友人の青春もの』『偶然知り合った人』『家族もの』『友達間とのすれ違いからの諍い』『不意に知己を得た人々』『家族同士が強く絆を結ぶ家族愛』


 先輩が顕著に嫌悪感を示したのは、『家族もの』『家族同士が強く絆を結ぶ家族愛』だった。僕はこの頃には、両親による虐待の線に確信を抱いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る