全てを顧みないほどのラブコメ(3)

 ゲーム説明は、もう必要ないだろう。

 プレイ方法は先輩に話したとおりだ。ただ二人でくじ引きをするのは面白味もないので、僕はトランプで代用することにした。

 シャッフルされた山札から一枚ひき、その数が多い方が命令者となる。先輩もそれで了承してくれた。──コイントスでしましょう、などと言われたら、どう断ろうかと身構えていただけに、下手に疑われずに済んで良かった。


 トランプがいい。じゃないと本当に運任せになってしまう。

 多分、先輩はそこまで気が回らなかったのだろう。


 普段ならば、猜疑心の強い先輩が不正のしやすいトランプを取り出したところで嘴を挟んで然るべきだろう。だが今日はどこか思案げな面持ちを崩さない。おそらく僕に対する疑いと不安によるものだろう。更には『挑戦』で刃物を使う。痛みは人間が共感しやすい恐怖だ。ナイフの鋭利さが柔肌を裂く幻覚に思考を占有されるだろう。けれど、そんなものに怯えているから、もっとも初歩的な箇所に気を配ることも忘れてしまうのだ。


「一応、回数を決めましょう。九回。というのも、このゲームの基本的な試行数は九回らしいのです。それでいいですか?」

 先輩は首肯し、僕はトランプのシャッフルを開始した。カードを何度となく混ぜ、疑義が生じないほど満遍なく繰り、ジョーカーを抜いた五十二枚の山札をテーブルの中央に設置する。

「先攻後攻はどうします」

「貴方が好きな方を選びなさい」

「なら後攻でお願いします」


 先輩も一枚ひき、カードをテーブルに投げた。

 『クローバーのQ』。K以外の勝ち札のない強い手だ。

 ──けれど。

 僕は山札から一枚引いて、掌に隠すようにしてカードの数字を確認する。

「では初戦は僕の勝ちで」

 僕はテーブルにカードを投げる。トランプの図柄は『ハートのK』。


「さて質問をしましょうか。僕に裸を見られたとき、どう思いました?」

「セクハラ」

「ゲームです。それで?」

「死にたいと思った。これから最低なことが起きると思ったから。・・・・・・まあ、予想していた最悪とは少し違った形だったけど」

「オッケー。次に行きましょう」


 再びカードをひく。

 先輩が投げたカードは『ダイヤの10』。勝ち筋としては先ず先ずだ。

「次も僕の勝ちですね」

 山札からめくりあげ、図柄のマークを確認するとすぐに場に出す。

 図柄は『スペードのJ』。

「では質問です。肌を見られたのは、これで何度目ですか」


 先輩はぎろりと僕を睨んだ。

 嫌悪感も多分にあるだろうが、それに輪を掛けて意図を伺うような視線だった。

「・・・・・・二度目。だから嫌だった。また同じことになると思ったから」


 三度目。

 先輩は『クラブのエース』。僕は『スペードの9』。


「誰かに言おうとは思わなかった?」

「一度言ったわ。だから最悪な結末を迎えたの」


 四度目。

 また僕の勝ち。

「もう一度、抜け出す予定は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・挑戦を」

 どうやら、言いたくないらしい。

 僕がこの黙秘にどういう意図があるか、少しだけ憶測を立ててみた。

 これは抜け出す予定があるから口に出さなかった──というのではないのだろう。

 多分、空々しい嘘をつきたくなかったのか。

 あるいは昏い袋小路に行き着いてしまったことを暗に認めるのが嫌だったのか。

 僕が思うに、そのどちらも、だろう。


 さて、だ。

 ここからが腕の見せ所といった具合だ。彼女は核心に迫る問いを突きつけられて、徐々に自分を閉ざし始めている感触を覚える。ここいらでひとつ、強引な方法を採るのも良いだろう。そう考えて、僕はかねてから決めていた『挑戦』の内容を伝え始めた。

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