第四章 全てを顧みないほどのラブコメ

全てを顧みないほどのラブコメ(1)

「むむ、カササギ。死相が出ているぞ」

 最寄り駅でばったり出会った七瀬ちゃんは、開口一番そういった。

「また? 気軽に死相出過ぎじゃない? 思春期のニキビじゃないんだから」

「それを言いたいのはオレのほうだ。逢う度に厄介事に足を踏み入れおって。気軽に棺桶に足踏み入れおって。気楽に生死の境を反復横跳びしおって」


 怒りながらインスタント反復横跳びする七瀬ちゃん。

 その度に結った後ろ髪がひょこひょこ揺れて、最高の癒やしを提供してくれる。できるなら、そのポニーテールで頬を叩いて欲しい。いや、叩け!

「む。お前から邪念を感じる」

「まさか。僕が七瀬ちゃんに邪なことを考えたことなんて一度としてないよ。本当だよ。髪に誓うよ」

「字面が違う」

「よく分かったね。ああそうさ。僕は髪フェチだ。なんならいつも七瀬ちゃんの髪に顔をうずめて深呼吸したいと思っているよ。悪いか!」

「悪いな」

「オッケー。自重する」


「・・・・・・さて。お前がこういう気持ち悪い話をするときは、いつだって何かを隠そうとしているときだ。そうだろう?」

「え? あ、うん。そうだね」

「・・・・・・・・・・・・今一瞬、本気で震えたぞ。まあ今は捨て置こう。それでカササギ、お前が依頼した調査だがな」

 そういって七瀬ちゃんは小さな手帳を取り出した。驚愕したのはその開き方。その手帳、なんと蛇腹折りになっており、坊主が経典をひらいて読経するが如く、調査報告を始めた。


「お前が考えている通りだったよ。彼女の虚言癖は、なるほど、中学生の頃からだった。その切っ掛けも、まるでお前が既に知り得ていたかのようにピッタリ合致しやがったよ。・・・・・・もしもカササギが考えている通りだったら、オレはもう、あの眠たい数学の授業で舟を漕ぐことは一度だって出来なくなる。そんな恐ろしいことがあったとしたら。そもそもこの学校に彼女が入学したことも、あるいは偶然じゃないのではないかと思わずにはいられない。ああ、だけど一つだけ、お前の予想と反していた箇所があったぞ」


「それは?」

「彼女はちゃんと一度逃げている」

「ほう」

 僕は意外だった。あの口ぶりから察するに、彼女にそれほどまでの積極性が残っているとは思えなかったが。

「というか、それが彼女の虚言癖が公に頭をもたげてきた切っ掛けだ。彼女はおそらくそこで、カササギが想定している真実を、語ったらしい。だが相手のほうが一枚上手だったのか、戻されている。それからだ。彼女の嘘が周囲に拡散し始めたのが」


「ああ」

 僕は空を見上げる。

 なるほど。彼女は嘘をつかざるをえない側に立たされたのか。

「カササギ。これはかなり厄介だぞ。もしもお前が考えている通りのことが起きていたとしたのなら、これはかなり難しいぞ」

 七瀬ちゃんは渋面をつくる。不快感と不安、そして何も出来ない無力感を噛み締めているのだろう。僕だって同じ顔をしたくなる。


 難儀だ。非常に難儀になってきた。

「無情な奴と思わないでくれよ、カササギ。──あれは駄目だ。オレ達の手に負えない。ああいう類いはどう転んでも元鞘に戻るぞ。紐帯で結ばれているんだよ。それが自分の首を絞める臍の緒だと知りながらも」

 甘やかな死だ、と七瀬ちゃんはいう。

「赤く湿疹した肌を痒いからと掻き毟り、やがて血がにじみ、表皮が露出しても掻き毟ることを辞められない虚ろだ。彼女は同情する過去があるが、だといって世界を閉じている人間に手を伸ばしても、何の効もなさない。むしろ更に内側に閉じ込もる要因になる」

 胎内で窒息したがる赤子なんだ、と七瀬ちゃんは吐き捨てる。

「どう転ぼうが、この案件は、というよりこの事件は、彼女がもう一度傷つく覚悟がいる。そうしなければ、そうでなければ、彼女は深い海から拾い上げても、決して肺で呼吸しようとしない。もし彼女を手助けしたいのなら、時間を掛ける必要がある。かなり長く、信頼を得なければならない」

「だろうね」


「カササギ」

「うん?」

「辞めておけ。なんならオレのせいにしてもいい」

「大丈夫だよ、七瀬ちゃん」

 僕はわらう。


「僕は彼女を救わない。僕はね」

 僕は笑う。

「彼女を脅すんだ」

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