くつがえせないほどのラブコメ(3)
さて刻は経って放課後。
僕等は雌雄を決するべく、先輩が持っていた白紙の単語帳の紙片を引き抜き、それぞれ決めた単語をひとつだけ書く。
ゲームの種目は『NGワードゲーム』。
互いに紙片に『NGワード』となる語彙を書き、それを伏せつつ、会話のなかで自分が書いた『NGワード』を相手に言わせるように誘導していくという、実に単純なゲームである。
「では今から始めましょうか。制限時間は五分程度でいいですか?」
「問題ないわ」
「ではNGワードゲーム、スタートです」
僕が開始をつげ、先輩をみやる。
先輩も睨みつけるように僕をみる。
それからしばらく視線をぶつけ合い、・・・・・・特に何も言わなかった。
(そういえば、先輩とまともな話題で話したことなかったな)
今更ながら気づく。どうやら先輩も策略を練っていると言うより、どうやって会話の端緒をひらくか考えあぐねている様子だった。
ならば男カササギ、紳士として話題を提供せねばならないだろう。
僕は思案を巡らせ、自分の趣味から話題を引っ張ってきた。
「先輩はサウンドノベルとかやりますか」
「サウンドノベル?」
「ゲームのジャンルのひとつなんですけど、端的にいうなら手の込んだ電子書籍です。画面に文字が表示され、進行ごとに描写にあったBGMや演出、背景なんかが付いている」
「知らないわね」
「『弟切草』とか『かまいたちの夜』とか知りません?」
「聞いたこともない」
「『428 渋谷を封鎖せよ』とか『Ωの視界』とか」
「まったく」
「『ねえ、ちゃんとしようよ』とか『つよきす!』とか」
「全然・・・・・・いえ、ちょっとまって。それ本当にサウンド・ノベル?」
「勿論。立派なサウンド・ノベル作品です」
嘘はついていない。ただちょっと遊ぶのに年齢制限があるだけ。あと虚空に向けてことわっておくけど、僕は高校生なので、まだプレイは出来ません。あしからず。
「どうです。サウンド・ノベルに興味わきませんか?」
「いえ特に・・・・・・でも、そうね。昨日貴方が言っていたような、ヒューマンドラマがメインになるものならやってみたいかもしれない」
ふむ。思いの外、好感触である。
一介の趣味人として、堅気の人間を自らの趣味の沼に引き摺りこむことは、何事にも代え難い喜びである。なので僕は頭の中にあるサウンドノベル目録を急いでめくり、彼女のご希望に応えられる作品を探し求めた。
「・・・・・・そうですね。それなら『ひぐらしの鳴く頃に』がオススメですよ」
僕は胸を張っていう。
無論、この作品を知り得ている者なら、僕の行為は指弾されるべき欺罔行為だと言われようが、決して誤りではないことも分かるはずである。
「それなら聞いたことあるかも」
「ゲームだけじゃなく小説、コミック、アニメーション。果てはパチスロになっていたりもしますから、元がマイナーなジャンルであっても、この作品を知っている人は多いでしょうね」
「それで? そのゲームはどんな内容なの」
先輩が先を促す。想定していたより食いつきが良いのは、作品に興味があるというより、この話題に彼女が設定した『NGワード』があるのだろう。
「ラブコメ──に見せかけた伝奇ホラー、あるいはサスペンスに類する系です」
「ふうん。そんな風には見えなかったけど」
「作品も開始して二時間ぐらいは、ホラー要素なんて欠片もないですね。大筋は雛見沢という片田舎に都会暮らしだった少年が転校してきて、そこで可愛い女の子たちと部活などを通して仲良くなっていくんですが、段々と奇妙な事件や伝承などが挟まってきて、彼女達がどうやら重大な秘密を隠していることが分かる・・・・・・という話です」
「それがどうやってヒューマンドラマに繫がるの?」
「内容の核心に触れるので深い言及は避けますが、この作品は〝他人を信じる〟というテーマがあるんです。──そうですね。ひとつ例を出しましょうか。まず『ひぐらしの鳴く頃に』という作品は外伝や後につくられた派生の長篇を覗けば、八つの中長篇で構成されています。一篇で物語は終わり、次の一篇は同じ時間軸のパラレルワールド。先の四篇が出題篇、後の四篇が解答篇と呼ばれています。紹介するのは後の四篇の内のひとつ『罪滅し篇』です」
『罪滅し篇』は六つ目の長篇で、前半は視点的主役がひとりの少女に絞られる。
竜宮レナという少女は、いわば美少女ゲームのパッケージで中央をはるメインヒロイン的立ち位置の少女である。その彼女が抱えている問題が、雛見沢という奇怪な閉鎖社会のなかで熟成していき、とあることが切っ掛けで臨界点を超える。
そして彼女は人生で大きな過ちを犯してしまう。
「それは?」
「ネタバレになりますよ?」
「・・・・・・いいわ、聞きます」
「──父親を殺すんです」
途端、先輩の肩がびくりと跳ねた。
僕はそれを勿論、──見逃す。
けっして言及はしない。むしろ気づいていないように騙ることに専念する。
でなければ、この物語は破綻する。
「いや違ったかな。母親を殺すんですよ。義理のね。レナちゃんは父子家庭なんですけど、そこに美人局がやってくる。レナちゃんはその美人局である義理の母と、それと組んでいた男を殺害する。そして彼女はその隠蔽に四苦八苦するです。中学生ですからね、たとえ田舎で隠す場所が多くあるといっても、子供に遺体を処分することは難しい」
「・・・・・・・・・・・・」
先輩は押し黙っていた。
ただ膝においた両手を眺めている。
「ああ、でもこれは『罪滅し篇』の半ば辺り、物語はこれから転がるように展開していって、とても面白い結末を迎えるんです。そこを語るのは未読者には憚られる行為だ。その先はご自分で、考えつつ。ええ」
「・・・・・・そう。面白そうね」
「ええ。そして〝他人を信じる〟というテーマが如実に立ち現れるのも、この『罪滅し篇』からです。││こういう物語を体験するといつも思いませんか? なぜ彼女は周囲に助けを求めなかったのだろう? って」
「・・・・・・多分」
彼女は視線を下に落としたまま、指を弄ぶ。
「無意味だと分かっていたのよ」
「無意味、ですか。他人を信じたところで世界は変わらない、と」
「あるいは無気力なのよ。気力っていうのは内側に向けるものと外側に向けるものの二つがあって、外に働きかけをすることに対する気力がない。あるいは酷く気力を要する人がいるの。彼女は後者だったのかもね。──なんていうか、心がやつれていくのよ。そういう人は。切っ掛けは大きなものでも、大したことではないかもしれない。でも罅の入った湯飲みのように、どんどんと心を満たすものが流れ出てしまう」
「だから助けを求めない?」
「求められないのかもね」
「では、先輩。もしも貴女が彼女の苦しみを分かった上で、一言だけ声をかけられるなら、何て言いますか」
僕の質問に、先輩は深いため息をついた。
そして答えを探し求めるように、天井を見上げてしばらく──。
「・・・・・・『ごめんなさい』かな」
「そう、ですか」
僕は先輩の言葉を噛み締めると、もっていたカードを机の上に置いた。
「でも、それは貴女にとって『NG』ですよ」
そういって僕はカードを裏返す。
そこに書かれていたのは『ごめんなさい』という六文字。
僕は微笑みながら、彼女にいう。
「残念ながら、先輩の負けです」
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