くつがえせないほどのラブコメ(2)

 さて人間の信頼関係を迅速に得るためには、どうすれば良いか。

 僕はひとつの答えを得ている。


 食である。

 『同じ釜の飯を食った』という慣用句をひくまでもなく、食事を共にする間柄とは緊密な関係であり、食を楽しみながら語らうというのは古来より仲を深めることに適した行為である。だからこそ相互の関係性の薄い大学生や社会人などは関係性を深めるため、若しくは『貴方と親しくなりたいですよ』というポーズのために「今度ごはん行きましょう」「次は飲みに行きましょう」など、それはそれは成人した人間という生き物の鳴き声のように口にするのである。


「もがもがもがもがもがもが」

 さてここにもまた、同じ釜でないにしても、食事を共にしている男女がある。

 僕と先輩である。

 とはいえ、もっぱら食べているのは先輩である。


 刻は八時の朝課外をすぎて、昼飯時。

 先輩は欠食児童のように、僕が持ってきたコンビニの食べ物を頬張っている。ただこれはお腹が空いていたという要素の他にやけ食いの側面もあった。

 というのも、朝課外をおえて部室棟に向かった僕は、ふとコンビニの食料を小分けにして部室に置いておこうと思った。多分、昨晩観たナショナルジオグラフィックのドキュメンタリー番組の影響だろう。そこで撮影されていたリスは様々なところから餌をほおばって、越冬のために様々な所に隠し、貯蔵していた。


 僕はふとその光景を思い出して、小休憩ごとに食料を置いてみた。

 するとどうだ。一時限目が終わり、部室を覗いてみると、まるで何もなかったかのよう机から食料が消えている。二時限目も同様で、昼休みまで続いた。

 僕はよもやとおもい、唯一部室に備え付けであったスチールラックの、その下部についている小さな収納扉をあけると、無くなっていた食料がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。誰がこんなことをしていたのか、火を見るより明らかであろう。

 僕は特に指摘するつもりもなかったが、折悪く、越冬用の貯蔵庫を覗いていた瞬間を、大きなリスに見られてしまった。そのリスは僕が貯蔵庫を暴いたことを見て取ると、まるでそれを始めて見かけたかのように素知らぬ顔をして言った。

「へえ。そんなところに御菓子が。誰かが入れて忘れたんでしょうね」


 薄々分かっては居たが、どうやら彼女は嘘つきに向いていない。

「一応言っておきますけど、コンビニの奴なんで生ものは今日食べないと日持ちしませんよ」

「・・・・・・ふうん。そう。まあ私は大してお腹も減ってないし、捨てるしかないわね」

 そう言い切ったときだった。

 現代社会の廃棄食品に抗議するように、ぐうと力強い音が鳴った。

 腹の音である。誰のものであるかは、プライバシー保護の観点から公言は控える。

 ただその結果、イチジクのように真っ赤に赤面した先輩は貯蔵した食品に八つ当たりするように食べ始め、僕はその姿を傍目にゼリー飲料を啜っていた。



「それで」

「それでとは?」

「貴方は何がしたいわけ? 貴方の思惑は? 悪いけれど、私は貴方がどうこうとしようと──具体的に言えば、若い少年の情動をぶつけるほどの価値などない女だと自覚しているし、なにより私に危害を加えようものなら死を覚悟したほうがいい」

「はあ。そうですか」

 僕は煎餅をバリバリと食べながら聞いている。

「私は誰も必要としていないし、同情される筋合いもない」

「誤解です。先輩」

「沙蚕だわ。君は」

 むしゃむしゃと食べる。

「私にとって貴方は、岩淵にいる虫と大差ない」

「はあ。そうでせうか」

 そういって御菓子のボンを引こうとする。それを手で掴んで制する先輩。

「なにか」

 僕が言うより先に先輩がいう。

「いえ沙蚕の差し入れなど食べるのも、お気に害するかと」

「御菓子に罪はないでしょう。あと甘いものが多過ぎね。女性は須く甘い物好きと思わないこと。これだから童貞は」

 あれだけあったチョコレートの包みは、いまやゴミ箱の大半を占めている。


「ところで先輩は授業に出なくて良いんですか」

「貴方を監視しなければならない」

「そうだなあ。それならゲームで決めませんか。僕が勝てば監視を止める。先輩が勝てば入部の取り消しと今後一切関与せず、見た者を口外しないと約束しましょう」

「いいでしょう」

「今日はヤケに素直ですね」

「貴方に負け越したままで居られないから」

「そういう思考嫌いじゃですけど、それギャンブルに負ける人の文句ですよ」

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