取り返しのつかないラブコメ(4)
社会調査研究部は、主に社会に浸透している思想や観念、また造語や遊戯、囃子や童歌などがどのように発生、普及していったかを調査、発表する部活である。
設立者は学生ではなく、以前公民を受け持っていた教諭と彼に共感する学生数人で組織された部活動だったが、設立者である公民教諭が退職したことを機に有名無実化、いまやその存在すら知られていない部活動である。
僕が当該部活を発見したのも偶然によるものだった。
オリエンテーション時に配られた部活動一覧。その端の端、新聞でいうところの社会欄の隅の隅、どこかの片隅で起きた交通事故者が記される数行の欄辺りに、この部活動が載っていた。おそらく部活動一覧は昔のテンプレートを切り貼りして作っているのだろう。その際に残っていた社会調査研究部の文字を削除し忘れた、というのが事の顛末だろう。
ただ僕はその有名無実化した幽霊部員ならぬ幽霊部活に興味をもち、いまだその存在があるのかを確かめたくなった。一覧の記載によると割り当てられている部室は、部室棟の三階。これまた隅の隅の端の端。角部屋にあるらしい。
「む」
「ん? カササギ。お前、どうしてここに」
校舎と部室棟を繋げる三階のコンクリ造りの渡り廊下の只中に、ひとりの男性が立っていた。ノリの効いた背広で振り返ったのは、担任の大神教諭である。
「そろそろホームルームが始まるぞ。教室に戻れ」
僕はしばし考えた。ここで引いても良いが、僕は元来面倒くさがりで腰が重い。そんな出不精な人間が部室棟にある落ちぶれた部室の確認を止めれば、そのままやる気というのも抜け落ちて、惰性が関心に克ってしまう。
「いえ、それが友人に呼ばれていまして。ええ、どうやら人目につくと嫌と言われましてね。はてさて何を語るつもりか、あるいは渡すか。僕には見当が付きません」
「この部室棟に、他に誰かいるのか」
大神教諭は振り返る。
そこには渡り廊下に接続した木造の扉があった。周囲に蔦が這う校舎は古めかしく、またどこか異国の古雅を匂わせる。というのも我が高校は遡ること大正時代、とあるクリスチャンが教導校として建立した歴史のある学院らしく、その教導校として使っていた校舎を今は部室棟として活用していた。
「だがもうホームルームだぞ」
「ええですから行くんですよ。その莫迦にこんなところで待ち合わせなどせず、さっさと校舎に戻れというために」
僕はさっと部室棟の扉をあけると、ステインで磨かれた黒い板張りの廊下に踏み入れ、こっちに来ようとする教諭を振り切るように扉を閉めようとした。
けれど僕は少しばかり止まり、閉めかけた隙間から教諭にひとつ質問してみた。
「ところで社会調査研究部って部活、知っておられますか?」
途端、ぎょっと目を見開いた大神教諭の顔は見物だった。
まるで死んだ生徒の名を訊かれたような顔つきだったのだ。
「・・・・・・いや、知らん。なぜだ?」
「いえ、ね」
僕は笑っていう。
「すすり泣く女の幽霊が出るって聞いたもので」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます