取り返しのつかないラブコメ(2)
五度目の出逢いを迎えた朝は、曇天だった。
晴れ晴れしい吉日にしては一見縁起が良くない。しかしそれは早計というものだ。僕等が活躍する舞台を前にして、雲という緞帳が今か今かと晴れるのを待っていると考えれば、なるほど雨雲まじりの薄暗さも許容できるというものだ。
そして緞帳は万雷の拍手と共に幕を開ける。
僕等の場合、それが本当に雷雨だっただけの誤差だ。
学校に向かうべく通学路を歩いていると、ぽたりと手に滴がおちた。
手を皿にして雨粒を拾っていると、やがて『本日は曇り』とのたまったアメダスの盲信者を嘲笑するような雨が降り始めた。アスファルトに灰色の雨模様を描き、やがて盥をひっくり返すような雨脚が通学路を煙らせる。
僕は最寄り駅から学校までの一直線を歩いていた。そのため学校指定の鞄を庇にして、同じ制服の学生が一目散に学校へ走りながら、急に降り出した雨を非難する。僕もかねがね同意見だったけど、残念ながら心から共感はできなかった。
傘を持っていた。
差し渡し八十センチの大きな紺色の傘だ。
僕の先見の明をたたえる雨音を聞きながら、詩聖北原白秋が作詞した『あめふり』を口ずさむ。落ち窪んだ水溜まりをさけながら、三番目の「あらあら あの子は ずぶぬれだ」を唄ってた時だった。
「なんで今なの」
小豆を洗うような雨音にまじって、恨み節が聞こえてきた。
僕は途端に恥ずかしくなって口を噤み、振り返った途端、ぎょっと目をむいた。
「終わったあとなら嬉しいのだけど」
土砂降りの雨に降られた同じ高校の女子生徒が立っていた。
ジャパニーズ・ホラーさながらに、濡れそぼった前髪を顔面に垂らして、まとわりついた髪の隙間から垣間見える三白眼が凝然と天を睨んでいる。
天に唾をはく彼女は、ひとしきり天から雨を吐きかけられたあと、例によって唖然と見守る僕など一瞥もくれず、そのまま学校へと向かっていく。
途中、大きな水溜まりに指定の革靴を取られながらも、そのままずんずんと進んでいく。ようやく彼女が以前出会った《鼻息の君》だと気づいた頃には、もう遠くの雨煙にまかれていた。
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