第一章 取り返しのつかないラブコメ

取り返しのつかないラブコメ(1)

 出逢いをかたろう。

 僕と先輩の馴れ初めだ。


 僕が先輩を始めて見たのは、とある日の昼休み。ようやく友人と呼んでも差し障りのないクラスメートと一緒に食堂に向かう道すがら、両手にパイプ椅子を担いで悠然とあるく上級生をみかけ、「お疲れ様です」と会釈したときだ。

 先輩は凜然とした表情を崩さず、ずんずんと直進し、あわやぶつかりそうになったので脇にさけた。彼女は「ふんす」と鼻で息をして、そのまま部室棟のほうに消えていった。


 二度目は、それから一週間後。

 六時限目の体育の授業後、体育館の脇で一息ついていると、先輩が素知らぬ顔をして入ってきた。僕は「お疲れ様です」と会釈をしたが、彼女はこちらに一瞥もくれず、「ふんす」と鼻で息をして、体育館のステージ下の収納扉を引き出し始めて、そこに押し込まれていた長テーブルを取り出そうとしていた。

 僕は長テーブルを引き出すのに悪戦苦闘する先輩を眺めながら、彼女は深窓の令嬢のような面持ちながら活動的で、尚且つ、いつも鼻息の荒い人だなと思った。


 三度目は食堂で、四度目は多目的ホールで。

 それから数度会った。だけれど僕の先輩に対する評価は、顔のわりに鼻息が荒い人以上の何者でもなく、学内での関心度は食堂のランチメニューの品目より低かった。


 これが彼女との出会いだ。

 僕と彼女は村人Aであり通行人B。

 互いが互いの名も無いモブキャラクターであって、渋谷のスクランブル交差点で一瞬すれ違う他者と同じ認識だ。出逢いと呼称するには些か誤謬があろう。

 出くわし会うほどの認識でもなく、行き逢うこともない関係。

 だから、もはや抜き差しならないほどの関係になった五度目の遭遇をもって出逢いと称するべきだろう。


 それによって出逢い、引き合い、逢い引きする関係になり。

 僕は死体になり。

 先輩は被害者になり。

 取り返しのつかないラブコメが始まる。

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