誰が何と言おうとラブコメ
織部泰助
序章 かたりおえた物語
抜き差しならないラブコメ
まず断っておくが。
これはラブコメである。
当事者は努めてシリアスなのに、傍観者は滑稽に思えてしまうコメディに恋愛のエッセンスを注入した、よくあるアレである。
それを重々踏まえ、十分念頭に置いたあと、三々五々散らばっていく伏線などに囚われることなく、不穏な展開に目を曇らせず、僕と先輩の奇行に記述以上の意図があるなど一毫たりとも疑わず、四六時中「ラブコメ。ラブコメ」とシュプレヒコールを唱えつづける気概をもって聞いて欲しい。
目の前に死体が転がっている。
刺殺死体である。
現場は社会調査研究部。
僕と先輩が所属する、というより僕と先輩だけが在籍している二人だけのプライベートスペース。
六畳一間の広さに、先輩が体育館のステージ下の収納庫から盗み出した長テーブルと、これまた先輩が学習用具室から無断拝借してきたパイプ椅子が二脚と、以前部室が資料倉庫だった名残として、何も入っていないスチールラックだけがある。
そして床には特に言及する価値もない、平凡と平凡を足して二で割った、混じりっけのない平凡な少年が、アーミーナイフで腹部を刺突され、綺麗な仰臥位で倒れている。
事件である。
学校で起こる事件としては限りなく規模の大きい殺傷事件である。
現に部室の外では上に下にの大騒ぎで、取り壊しの日取りを今か今かと待つ木造の部室棟の廊下を仲良く踏み壊そうとしているかのように右往左往し、かといって救急車を呼ぶわけでもなく、呼び込むのは無用の野次馬で、その烏合の衆は口々に「先生を」と金切り声で叫ぶ。
平易な日常に常に飽いたと口々に言いながらも、目の前の非現実に興奮することしか出来ない他力本願の雛たちから離れて、というより騒ぎの爆心地の隣で佇んでいる女性がいる。
先輩だ。
顔の輪郭をなぞるように左右に垂れている前髪を両手で掻き分けた彼女は、かといって何をするでもなく、座っているパイプ椅子からぼんやりと仰向け死体を見下ろしていう。
「それで私は何をすれば良いのかしら」
日頃から見詰められれば体感温度が二度さがること請負の三白眼で、死体を見下ろして静かな声で言う。
「教えて欲しいのだけど。鵲くん」
僕は、ふむ、と唸る。
それは無理な相談というものだ。
鵲鷹臣(かささぎ たかおみ)とは、至極平凡で、それこそ平凡な顔をかけと言われたなら、誰もがこの顔を描くだろうと言うほど、人類の無意識下に刷り込まれたような〝平凡〟で捉えどころのない顔の男であり、そこの死体の名前でもある。
死人に口なし。
ノー・ヒント。
ただそれだけでは余りにも敬愛する先輩に無碍な態度であろう。
だから先輩を愛することに掛けては右に出る者は居ないと称される予定の僕がヒントを出してあげようと思う。とても重要なヒントだ。もはや答えに肉薄したヒント。ネクスト・コナンズ・ヒントより為になるニア・アンサー。
「つまり先輩、これはラブコメなのです」
僕は先輩のとなりでいう。
だが先輩はウンともスンとも言わない。
当たり前だ。
どれだけ僕のヒントがネクスト・コナンズ・ヒントより為になっても。
それがネクスト・カササギ・ヒントである限り、意味をなさない。
死人に口なし。
カササギもクチナシ。
アイ・アム・カササギ。
ということで、部室の床で仰臥している僕こと鵲鷹臣がヒントを出すことは出来ようはずもなく、こうして霊体でのべつ幕なしにモノローグで愛を語ろうとも先輩の心に届くことはない。
それに掛ける言葉はすでに語り尽くしたし、仕込むべき台詞はいっさい騙り尽くした。だからヒントなど元より必要ではなく、先輩だってそれは重々承知の上だ。
だからこれ以上、僕が語ることは何もない。
けれど、もしもこのモノローグをひっそりと盗み見している人がいたとしたら大変なので、誤解なきよう一言、二言、断っておこうと思う。
この事件は、先輩が被害者で。
僕が加害者。
そして誰が何と言おうと。
ラブコメである。
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