第3話
彼は何も言わずに再びカノンを弾き続けた。
私はベンチに腰掛け頭の中でピアノを弾いた。自然にハミングする。ごくごく自然に。
泣き顔をさらけ出したから、もう恥じらいとか緊張とかなくて、本当にこんなにも簡単に他人との距離が縮まる事におどろいた。
ただただ気持ちよかった。ギターに合わせて唄うのがこんなにも気持ちよかったんだって初めて知った。
カノンを弾き終わると。
「この曲知ってる?」
弾きだしたのはわthe.roseだった。
この曲も私の思い出の曲だった。お父さんがよく弾いてくれた。
私は唄った。心を込めて。
私はすごく楽しくてふと彼を見ると、
彼も笑っていた。
それが嬉しくて私も笑った。
心から笑えたのは何年ぶりだろう。
この時ばかりは太陽が沈まないでって。今がずっと続けばいいなんて叶いもしないお願いを心の中でずっと繰り返してた。
日が沈み冷たい風が吹いた。曲が終わると
「おーしーまい」
そう、言ってたギターを弾く手を止めた。
ギターをケースにしまう。
ここいいとこでしょ?意外とみんな通らないから静かだし。
「うん。」
また、来てもいいって聞きたかったけど、聞けなかった。
それでも、また来いよって言ってくれてるような気がしてたまらなかった。
この日は、これで終わった。
家への帰り道、胸のドキドキは収まらず、身体が浮き足立っていたのが、玄関に入ると一気に鉛が巻きついたかのように全身が重くなる。現実へ引き戻された。
しばらく、秋瀬 陽介の楽しそうにギターを弾く顔が離れられなくて。
気がつけば学校で陽介くんを探してる。
ひとは秘密を共有すると、特別な存在になるというけど、確かに彼の存在が、私の頭の中の大半をしめるようになっていた。
行きたくなかった学校が少し楽しみに思えるようになったのは、間違えなかった。
陽介君は、基本的に一人でいることが多かった。というより、誰ともつるんでなくて、仲の良い子もいないように見えた。
不良グループと楽しそうに話しているところも見かけた。
1人なのに寂しそうじゃないのはきっと、自分から深く付き合おうとしていないからだって観察していくうちにわかった。
いつだって自然体で、人を寄せ付けないオーラがでていた。
それでも、一緒にセッションしたあの時の顔を思えば、ふと見せる寂しげな顔に胸がしめつけられた。
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