第2話
夜は少し冷え込む桜の時期に私はギター、一本持って上京した。
右も左もわからないけど、新しい世界でのスタートに不安はちっともなかった。
スマホ片手に寮付きで働けるところを探した。
ギターは使い古した愛用のアコギ。
まずは、お金貯めてギターを買うって決めてた。
夜の東京。派手な繁華街にギラギラした大人達。昔は持ってただろう夢と引き換えに現実を買った大人たち。ちょっぴり寂しげで、ちょっぴり可愛そうだった。
私は歌える場所を探した。ここがどこよくわかってなかったけど、人通りのある高架下でギターをかかえたんだ。
歌った曲は今でも覚えてる。
今思うと、怖いもの知らずだから出来たこと。当時の自分を褒めてやりたいくらい、無計画だけど、行動力はあったと思う。
そんな私の原動力は、大切な人に歌を届けたい。それが全てだった。
彼との出会いは、5年前に遡る……
理科係を受け持っていた私はその日、先生に未提出者のレポートの回収を頼まれた。
まだ出ていない数人に声をかけて回収するのだ。
なぜ自分がこんなことことしなくちゃいけないのかと言えば、中二の始業式が終わって2週間という中途半端な時期に転校してきた私は、うんも言わさず自動的に理科係を押し付けられた。主には実験の準備で、難しい仕事ではなかったけどレポートの回収だけは嫌で嫌でしかたなかった。
転校して1ヶ月たらず、ゴールデンウィーク明けてばかり、知らない人に話しかけるなんて、人見知りの私にとっては一大事。担任はクラスメイトとコミュニケーションをとるためのきっかけとか思ってたのかもしれないが。レポートを出さない子なんてまともな子がいるわけがないし、
こんな時期に転校なんて、本当もう最悪、ポディブな事なんて一つも思い当たらないかった。
もうこの先に期待することもなかった私は、絶望感というよりも人生そのものをあきらめていた。とりあえずこの狭いコンクリートの学校という名の塀の中の、今に息がつまりそうな教室という檻の中で、私は無害ですと書いたお札のついたお面をかぶってをクラスから浮いてしまわないように必死だった。
その日も先生にレポートの回収を頼まれていた。
憂鬱の中初めて彼に声をかけたのだ。
「理科のレポート出してください」
毎回レポートが出ていないけど、出席している事も少ないから声をかけるのははじめてだった。
名前は 秋瀬 陽平。あとは、レポートが出ていない事を知ってるだけだった。
頬づえをついて、少し癖のかかった茶色髪の毛に風が吹き抜ければ中学生離れした整った顔が見え隠れした。
目は合わせていないけど顔をじっと見られてるのがわかった。
何かついてるのか?それとも変なこと言ったか?
そうじゃない。声かける人を間違えたんだ。
ちがうなら違うと言ってくれればいいのに。3時間目が始まる前の休憩時間、さっきまで賑わっていた教室が一斉に静まりかえった。
そしてクラスのみんなの視線が一気に集まった。
生憎ひとから注目を浴びる免疫は持ち合わせていない。
心臓が爆発しそうになり、耳の先まで熱を持っていくのを感じた。
パチンコ玉がはじき出されるように、気がつけば教室をとびだしていた。
すごくすごく異常な行動だった。
きっとみんな引いていたはず。飛び出したまま収拾がつかなくなり、保健室へ。
お腹が痛いといって早退をすることにした。
荷物は学級委員に持ってきてもらった。
顔の赤らみは引いていったはずなのに、心臓は未だ動揺していた。
最高に恥ずかしかったのはもちろん。
あの空気感、声をかけちゃいけない人だったという事に気づくのに時間はかからなかった。
ただこの、ドキドキは恥ずかしいからだけじゃないそう気づかないふりをして胸に押し込めた。
学校を出た。校門を出てから川沿いの土手が続く。平日は静かで、眺めがいい。
きっと桜の咲く時期にはこの路はピンク色で
憂鬱な心模様をほんの少し明るくそめてくれるだろう。
空は遠く、雲が泳ぐ。今の自分と反比例した優しい風が吹き抜けていく。
このまま空の向こうへいなくなりたいって本気で思ってた。
両親が離婚して母親に引き取られたけど、再婚相手の父親とは折り合いが悪く、自分の居場所はなかった。
本当の父親が音楽家でその影響で私も物心ついた時にはピアノをはじめていた。
コンクールで入賞もしたし、雑誌の取材にも受けたことあった。
将来ピアニストってパパと言ってた。
ただ、新しい父親ができて、母親からはもうピアノは引かないでって。
その時はとにかく反発した。
大好きな人と物をなんで一度に取り上げられなければいけないのか。なんでお父さんと一緒に暮らせないのか。
でもどんなに考えたって親の決めた事を従うしかその時の自分にはできなくて。
抵抗しようとすればするほど、
どうする事も出来ない無力さと、断たれた将来を痛感するだけだった。
理不尽で自分勝手な母親の言うこを聞くしかもう、生きる選択肢がなかった。
家に帰りたくない。けど、他に行く場所もない。足取り重い帰り道。
ふと、足は通学路外れの川沿いへ向かう。ふらふらと目的もなく灰色のコンクリートを下ると土手にある木のベンチに腰をかけた。隣には大きな桜の植樹がありいい感じに木陰を作っていた。
公道からは死界になったので、なんとなくほっとする空間だった。
犬の散歩をするおばあちゃんが歩いているのが見えただけで人通りはなかった。
桜が咲いていてもそこまで賑わうこともなさそうな穴場。
木かげに光る星屑は風とともにゆれた。
私はそこで、大好きな曲の楽譜を広げた。
ピアノは弾けなくてもお父さんが大好きだったこの曲を頭の中で鍵盤を叩いた。
どのくらいいただろう。春の優しい風の中ん
鼻唄まじりで指が勝手に見えないピアノをひいていた。
とそこに影が。はっと、目を開けると
さっき間違えて声をかけてしまった「ヤバイ人」がいた。
彼は何も言わずにとなりに腰を下ろした。
私は慌てて立ち上がり顔を赤らめたが、そんな私を視界に入れる事も言葉を発する事もなく、落とした楽譜をひろって大きな黒いケースからアコステックギター
を取り出した。
ジャーン♩
私は一歩また一歩と後ろへ足がひける。
なにか言わなきゃ、
「さっきは、ごめんなさい。まだ、名前と顔と一致してなくて、それで、間違えてしまいました。」
ギターを弾き続ける彼。
上手だな、楽譜を置いたベンチにまたがり器用にひいている。ピアノの楽譜からギター弾けるんだ。
しばらく見とれてしまった。
彼は思い出したようにギターをスクールバッグにもちかえおもむろにプリントをとりだした。
「はい、これ。」
初めて聞いた彼の声。想像通りキレイな声だった。
出してきたのは理科のレポートだった。
名前はちゃんと秋瀬 陽平になっていた。
やっぱり間違ってなかったんだ。
ホッとした気持ちもつかぬま、我に帰ると、なんでこの人はここにいるのかという疑問に行きつく。まだ、学校は終わってないはず。この人も早退してきたのか?
「なんでここだって、わかったんですか?」
「えっ?ここ俺の特等席。いつもここでギターひいてるんだけど。」
ひやっとして凍りついた。
冷たい視線を感じた。一気に恥ずかしくなった。
一層下を向いた。きっとおでこと胸がくっつきそうなほどだったと思う。
「生きててつらくない?見ててすごく疲れる。」
そう言った秋瀬 陽介の前髪からのぞく目は冷徹のようだけど、それだけじゃない優しさがあった。
いきなり言われたこのセリフ。あなたに何がわかるの?!って、のどまで出かかったけど、そんなこと言えるわけもなく。
思い返せば転校してきてから、必死だった。みんなに合わせて、笑って。楽しくもない話題にものって。
もともと、極度の人見知り。家には自分の居場所がなかったから、学校で誰かと話せれば安心したし、その為に嫌われない努力を無意識に必死になってしていた。
きっと彼の目にひどく痛々しく見えたんだろう。
情けない気持ちになった。
彼は楽譜をたたみありがとうと私に差し出した。私は楽譜を受け取りバックへしまう。
彼は、川辺に向かって手慣れた手つきで再びギターをひきはじめた。楽譜の曲。こんなにも簡単にコピーできるなんて。彼の音色は、風と一体となり全身に染み込んでいくのがわかった。
彼の発するトゲのある言葉とは、裏腹に丁寧に小動物を抱え優しくなでるように奏でた。
お父さんが昔よくギターでひいていた曲……
勝手に胸があつくなった。
この人は私を励まそうとしているの?
お父さんが私を助けに来てくれた?そんなことまで頭がぐるぐるとかけめぐると涙が出てポロポロ流れた。
ダメだ引かれちゃう。そう思ったけど、もうおさえられなかった。
そう。カノン……私の大切な曲。
「やっぱこの曲ならエレキの方が好きだな。」
ふと、涙でグシャグシャになった私を見ると
「えっ、そんなうまかった?」
と、困っとように笑った。
「すごくよかったよ!」
色々伝えたい思いはあったけど、ありがとうって伝えたかったけど、とっさに出た言葉がそれだった。
春の木漏れ日の下。
まだ、私が私でいる事を諦めたくないって思ったんだ。
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