願いの弦(ゆみ)

夢心地

第1話

君が今見上げる空は何色をしている?

何を聞いてどんな音を奏でているの?

天満川を眺めるベンチで奏でたギターの音色は、今も水流を滑る光の音符と一緒に奇跡を辿るよ。

好きとか会いたいとか恋色はなくて、ただ知っていて欲しい。君に届けたい歌があること。


「No.31さん出番です」

ライブハウスのスタッフさんの声が響いた。

今時の女子が書く文字が丁寧に並んだ可愛らしい便箋を慌てて折りたたみ封をした。


ライブが始まると重低音が体いっぱいに響いた。目の前は全身でリズムにのる観客たちで、荒波に揉まれうる海のよう。

小さなライブハウスには今日も波がうねる。


ジャーン。ギターの弦にピックを振り下ろせば鋭い刃が降り注ぐように全身を貫いて痺れた。

最高に気持ちがいい、自分を全身全霊で表現できるこの瞬間が。世の中の矛盾や絶望を忘れさせてくれた。


オリジナルの曲を数曲唄えば、ライブハウスは見事にひとつになった。


終盤にさしかかり、トリの曲へ。

私は、エレキギターを置いて電子ピアノの前へマイクの位置を合わせてそっと鍵盤に手をかける。今まで以上に慎重に優しく。

観客は皆肩を組み出す。これも恒例だった。

持ち歌はどれも元気な曲ばかりだけど、この曲はメロディックにバラードに仕上げている。

毎回ライブの最後はこの曲で終わる。

そう。彼に唄った曲だった。


私は高校へ行ってれば3年生になる。

進学せずに、音楽の世界へ飛び込むため上京した。

音楽が私の存在を証明する唯一の手段だったから。


ライブが終わり打ち上げはいつもの居酒屋。月に半分はライブをしてるから、打ち上げと言う名の飲み会の場は結構多い。

No.31は3ピースバンド。ギターボカールの私葉月 あずさとドラムのテッペイ、ベースのショウの3人。


「ねーあず!お酒飲まないの?」

毎回飲んで絡んでくるのはベースのショウ。

「あずさは、未成年でしょ?」

止めに入るのは必ずテッペイ。

テッペイもショウも大学生でなかなかの秀才だ。私がドラムとベースを募集する張り紙を貼らせてもらってて、ライブハウスのオーナーさんの口利きで腕も信用もある2人を紹介してもらった。

私の歌を始めて聴いた時、2人はメジャーデビューを意識したと後から聞いた。

2人に100年に一度の声の持ち主ともてはやされるのは、嫌じゃなかった。

その日のライブも大成功。小さなライブハウスだが、満員御礼。


ライブハウスや、路上など、唄う場所は選ばない。

そのほかの時間はボイスレッスンやカラオケ店のバイトをしている。作詞作曲も私がしてる。


「そういえばさーあずはいつもライブ前に何を書いてるの?」

ショウがビールジョッキ片手に聞く

「手紙を書いてるんだ。」

「ふーん。誰に?」

「私に音楽教えてくれた人」

「そうなんだー。そういえば、今度うちの大学の学祭でライブしない?あずがよければ!」

「いいよ!やろー! 」

目を輝かせた。

「あずは、ホント生き急いでるようにどこでもなんでもするよね!」

割って入ったのはテッペイだ。

「俺は大学、来年卒業だから、就活だよ!このバンドをどうやって続けていくか考えなきゃ。」

「テッペイは家の仕事つぐんでしょ?」

ヘラヘラしたショウがからむ。

「私本当にこのバンドで生活出来ればって思ってるよ!甘いかな? 」

「この一年でコンテストや、レコード会社にデモ送りまくってその手応えで考えさせて。」

冗談言わないテッペイが真顔で言うので私も、ショウも返す言葉がなかった。

テッペイもショウもこのバンドには欠かせない。ようやくチームワークがつかめてきたし、ここで解散は絶対したくなかった。

テッペイはドラムの腕は確かだし、バンドのまとめ役でもある。一般的に言うイケメンで、音楽のセンスもあるから、私の作った曲をアレンジしてくれる。このバンドには重要な存在。

そしてショウはショウでチャラいけど、外見も王道のロッカーでカリスマ性が強い、都内屈指のベーシスト。他のバンドに駆り出されたり、ヘッドハンティングの声も。このバンドにい続けてくれることは本当にありがたい。

だから、この3人で成功したいというのが本音。メンバー変えたりはありえない。

私は今までにない程の闘志がわいてきた。

「もっと頑張っていい曲つくるから!」

だから、絶対解散しない。ってそこまで言いたかったけど、言えずにいたのは解散する事になった時にふたりに同情されたくなかったし、このメンバーに固執してる自分をさらけ出したくない妙な意地だった。

私には音楽しかない。もう、別の選択肢はとうの昔に置いてきたから。

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