第48話  これが今話題のゴリラキングですか?

「うおおおおおおおお女子イイイイイイ! ヒロインンンン! うおおおおおおお!!!!」


 名も知らぬ小太り少年が全速力で階段を駆け上がっていく。俺はその後ろを追いかけながらもはやドン引きしていた。こいつさっきまでの人間不信ムーブはなんだったんだよ!!!!

 まるで飢えた獣のように目をぎらつかせる姿は危険極まりなく、このままこいつを屋上に行かせるのは絶対にまずいだろう。


「おい待て! ちょっとおちつけって少年!」


 追いつき申し訳ないが背後から羽交い締めにさせてもらったのだが、少年の興奮は冷める気配がない。

 さっきからやれヒロインきただのやれここからが本当の物語の始まりだあ! などと騒いでいる。

 こいつ、ずっと閉じこもっていたせいで頭おかしくなっちまったのか……?

 いやでもさっきまではギリギリ普通に会話できてたよな!?

 いったい何がどうなってんだ!? いっそ一度リセットの意を込めて気絶させてやった方がいいのかと逡巡していると


「さっきからなんの騒ぎですか紘太さん!」

「あ」


 屋上の扉が開いた。

 そこには秋月ちゃんが当惑ぎみに立っており……って! 車の中で待っててって俺言ったよね!? きっと俺たちのいざこざが響いて聞こえていたのだろう。心配して見に来てくれたなんて優しい子だなあ……なんて感動してる場合じゃない!


「ウオオアッハア――ッ女子だああ――――!」


 少年は俺が力を入れていない(大袈裟なくらい手加減しないとうっかり殺しかねないからな!)のをいいことに、するりと拘束から抜け出すと、階段上で首を傾げている秋月ちゃん目掛けて飛び込んでいった。

「あ、あぶない秋月ちゃん!!!!」

 咄嗟に叫ぶが少年はすでにあと2メートルほどの距離まで迫っていて…………びたりと突然足を止めた。


「えっ」

「えっ!?」

「…………」


 何だ!? いったい今度はどうしたのか。少年の先程までのテンションが一瞬で消え失せ、よく見れば小さく震えているようだ。とにかく俺は今のうちだと再び追いつき、硬直したままの少年と秋月ちゃんの間に割って入る。


「ごめんね秋月ちゃん心配かけて」

「えっ、あーううん。七瀬さんが様子見に行こうとしてたからさ。花奈ちゃんもいるし私が代わりにきたんだけど……えーと」

 二人して少年の方を見れば、少年はびくりと肩を跳ね上げ

「……おじさん、今、この子のこと……秋月って呼びましたか?」

 震え声でそう聞いてくる。しかもいつのまにか敬語になってんじゃねーか。

 俺は「???」と顔を顰め、「呼んだけど」と秋月ちゃん当人に視線をおくれば、秋月ちゃんもいきなり名前を呼ばれて少し怪訝そうに眉を寄せていた。


「秋月……秋月ってもしやあなたは……あの草加秋月でしょうか……?」

「そ、そうだけど」

「オゲエっ!?」

 言われ、少年はもはや半泣きだった。いやどうしたのほんと。

「え、何? もしかしてこの子秋月ちゃんの知り合い!?」

「知らない知らない! こっちが聞きたいよ!」

 俺たちを他所に、少年は続ける。

「む、昔……小学生の頃……俺、いやぼくの通ってた超エリートな小学校にいたんです……当時の生徒たちから恐れられていたゴリラキングが……!!!!」


 瞬間──。秋月ちゃんの顔から表情が消えた。


「ご、ゴリラキングゥ?」

 なんだなんだそのニューヨークのビルに登ったり我らがゴジラと戦ってそうな名前は。俺の疑問に少年はこくりと頷く。


 この小太り少年──外村誠そとむらまことは思い出す。かつてまだ自分が不登校ではなかった頃を。

「あれは、まだ…ぼくが小学生の頃です……」


 誠が小学四年生の夏休み前の話だ。いつものようにクラスメイトたちにパパから貰ったお小遣いの値段でマウントをとり、従兄弟のお兄さんからプレゼントして貰ったオリジナルデザインのドローンを自慢していた……そう、たしか昼休み。

「すっげー! まこっちゃんまた新しいドローン貰ったの!?」

「まあね! 従兄弟のお兄さんの友達の親戚が世界的なドローンので特別にぼくだけのために開発してくれたのさ!」

「かっけー!」

「えんじにあって何かわからんけどすげー!」

「そこまでくるともはや他人だけどまこっちゃんの従兄弟すげー!」

 ある子供は目を爛々と輝かせ、またある子供は羨望し、誠の周りできゃあきゃあと声をあげている。誠はこの瞬間がたまらなく好きであった。

 全員が超名門のエリート小学校に通う生徒といえどその間には必ず格差が存在する。ようは親の金、家族のコネ、知人友人のレベルの差だ。

 親が芸能人? 底辺だ。

 親が銀行員? はい底辺。

 親が大手ゼネコン役員? はいはい底辺底辺。

 自分の取り巻きたちを見下しながら誠は満面の笑みを浮かべる。

 誠の家は祖父の代に不動産で大成功し(なんでもバブル時代とやらの勝利者らしい)父親はその財と地位を継いで大金持ち。

 その家に生まれた時点で人生の成功が約束された、ようは親ガチャSSR。

 当然誠も生まれただけで何もしなくとも財と地位が約束されているのだろう。


 そんなベリベリイージー鼻くそホージーな人生だからこそ、誠は


 優越感のために幼い頃からよく学友たちを集めては自慢話ばかりを繰り返していたのだ。この時もそんな、いつも通りの一幕で終わるはずであった。

「そうだまこっちゃん! ドローン飛ばして見せてよ!」

「見せて見せてー!」

「ええ〜? 仕方ないなあ〜!」

 周りに煽てられ、誠はドローンを飛ばす。広い校庭の上を自慢の海外製オリジナル限定品がぐるりぐるりと旋回。そのたびに「おおー」と歓声が上がる。これは気持ちいい。たまらなかった。

 ここで誠はふと、最低なことを思いついてしまったのだ。

「お前ら見てろ! あそこにいるカラスを仕留めてやるからなあ!」

 いけいけと周りの子供たちも大盛り上がりだ。誰もカラスが可哀想などと口を出さず、しかし子供とは、時としてどんびくほどの残酷さを見せるものである。

 校庭の旗ポールにとまっていた小さなカラスがいきなり突っ込んできたドローンに飛び上がり、大慌てで空へと逃げる。それを追いかけ、追い回し、げらげらと子供たちの笑い声が広がる。しかし、だ。それを遠巻きで見ていた別グループの子供たちは違った。あまりにも酷い彼らの遊びに泣きそうになっていて



「ねえ、やめなさいよ」


 その中から、ひとりの女子生徒が声をあげたのである。

 その声の主に場にいた全員の視線が向けられた。


 美しい黒髪が風に揺れ、靡く。意志の強そうな瞳と凛とした佇まいは間違いなくその子の育ちの良さを顕現していた。いってしまえばザ・お嬢様だ。


 彼女こそが──草加秋月。当時の彼女は誠たちよりも一学上の五年生だった。


「なっなんだよ! あっちいけよ!」

 人生で初めて他人に口出しされたことは、苛つきよりも動揺の方が大きかった。「カラスが可哀想でしょ。そういうの、動物虐待っていうのよ。犯罪なのよ」

「し、しらないし! そんなの関係ないし!」

「あなたになくても私にはあるの。やってること、最低よ。見ていて不快だわ」

 そう言ってずんずんと詰め寄られ、まずは誠の取り巻きたちが萎縮し数歩下がった。

 これには誠も焦り(草加秋月に対してではなく、自分が人気者として輪の中心からずれてしまったことに対してである)


「うるしゃあい!!!!」

 草加秋月を突き飛ばした。

「ぼくのドローンが羨ましいならそう言えばいいだろ!」

 きっとそうに違いない。こいつも、さっきからこっちを見ている連中も、みんなぼくに嫉妬してるんだ。

「そんなにやめさせたいなら止めてみろよ!」と誠は再び小さなカラスを追い回す。カラスは校庭にある桜の木の方へと逃げ(おそらくそこに巣でもあるのだろう)しかしドローンは迫ってくる。

 取り巻きたちも最初こそ少し狼狽えてしまったがしょせん相手は女子。

 あとは泣くだけだろなあと薄ら笑いを浮かべた、そのときであった。


「あ――っもお! もーいいわよやってやるわ!」


 先ほどまでのザ・お嬢様な雰囲気とはうってかわり、草加秋月は羽織っていたセーターを脱ぎ捨てた。そしてそのままドローンを追いかけ先周りするように桜の木へダッシュ。からの木登り。しゃかしゃかととんでもないスピードと動きであっというまに木の上まで登り切ると


「どっせえええええい!」


 向かってきたドローンに狙いを定め


 ボカン! という衝突音が校庭に轟いた。全員がただ呆然とそれを見る。


 草加秋月は、お見事誠のドローンを叩き落としたのだ。

 素手で。

 もう一度言おう。彼女はまるでバレーのスパイクのように。素手で。ドローンを、叩き落としたのである。

 もちろんドローンはそのまま地面に落下。


「うわああああああああああ!!!??」

 誠は半狂乱でドローンへと駆け寄り、そして絶望した。自慢の海外限定品は誰がどう見てもおじゃんとなっていた。

「ぼ、ぼ、ぼおおくにょおおお! びょくのドりょーンをおお! パパに言いつけてやるッ! うわああああん! うわあああああああーーーーあ゛あーーーーっ!!!!」

 癇癪を起こし発狂する誠。その姿に、日頃彼のグループに馬鹿にされていた生徒たちがおもわず吹き出す。


「どんなもんじゃあああああい!!!!」

 その一方、木の上で勝利の雄叫びをあげる草加秋月の、先程セーターを脱ぎ捨てたことであらわとなったインナーの背中に大きくプリントされた絵が、眩い陽射しを受けて輝いた。


 その絵柄は…………コングの王様であった。


「ゴリラキングだあ――――ッ!!!!」

 誰かが叫ぶ。その瞬間校庭にいた全員が歓声をあげた。


「「「「ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング!」」」」


「「「「ウッホ! ウッホホ!! ウッホッホ!!!! 」」」」


「「「「ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング! ゴリラキング!」」」」


 新たなる島の……ではなく、小学校の王を讃える声はしばらくやむことはなかったという……


「──そしてゴリラキングが家の事情だかで突然転校していくまでゴリラキングによる学校支配は続き、皆は僕よりもゴリラキングの話ばかりでゴリラキングはっ「ゴリラキングゴリラキングうるせえええええええ!!!!!!」


 秋月ちゃんのビンタが炸裂した。それも下から上へのアッパーカットタイプ。

 俺は天井へと打ち上げられる少年……いや、まこっちゃんをあたたかーい目で見守るのであった。南無三。



――――――

※どうでもいい補足

あとからわかったどうでもいい話だが、当時の誠が自慢していたドローンはパチモンで、海外の怪しい屋台で売っているようなものだった。ある意味海外の限定オリジナルである。

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