第45話 車に乗せるそして車を盗られる。

 サービスエリア内はこれといって物資も役に立ちそうな物もなく、俺はヤクザさん達にお別れを告げ穏便に撤収することにした。


「じゃあそろそろ俺行きますんで」

「おいコラ待てや」


 が、ヤス兄貴にグイッと肩を掴まれる。

 いやー穏便って難しいものだなあと俺は内心大きくため息を吐き出した。


「あのー、まだ何か……?」

「あるに決まってんだろーが! まさかてめえ俺たちを置いていくつもりか!?」

「えっ」

「えっ」

 俺のナチュラルなキョトン顔にヤス兄貴もつられてか頓狂な声を出す。

 いやいやいや、マジかこいつみたいな反応されても困るのだが……だいたいどうして俺が全員連れて行ってやるみたいな感じになってるんだよ。おかしいだろ。

 俺はここに物資があれば良いな、それとがいれば助けられたら良いなと思って立ち寄ったのだ。

 バリバリの反社会勢力のみなさんとはお近づきにもなりたくないのである。

「……いや、だってみなさんこちらで生活されてるんですよね?」

「してねえよ!! 一時避難してただけだ!」

「えっ住んでないんですか!?」

「馬鹿にしてんのかてめえ――ッ!」

「ぶっ殺すぞてめえ――!」

 三人の強面ヤクザに取り囲まれ、俺はおもわず「ひええ」と小さな悲鳴をあげた。 所詮メンタルは一般ピーポーかそれ以下なのだ。

 しかしまあ彼らの気持ちもわかる。こんなゾンビだらけの世界でいつくるかもわからない助け(いやそもそもこんなサービスエリアじゃ見つけてもらうことも困難だろう)を待ちながら籠城し続けるなんて、はっきり言って不可能だ。

 俺はショッピングモールで籠城していた人達を思い出し……はああと大きく肩を落とす。

 でもなあ、こっちだってそりゃ助けたいけどさ。いるのは俺だけじゃないんだよなあ。

 車には七瀬さん達がいるわけで、俺としては彼女達の安全の方が優先だ。


「なあ頼むよにいちゃん、俺らだってこんなところで死にたくねえんだよ」

「う、うーん……」


 かといって、やはり彼らをここで見捨てるのも後味が悪いような気がしてきた。くそー、これも乗りかかった船というやつなのだろうか。俺はやれやれだぜと観念し、ちらりと駐車場の方へ視線を向ける。

 さてさてどうやってみんなに説明したものか……

『紘太殿〜〜まだでござるか~~?』

 まだでござるよチョコ太郎~~こっちは大変なんでござるから……って!?


「なにいいっ!!!??」


 突然飛び上がるようにして叫んだ俺にヤクザ三人組が狼狽え「な、なんだよ!?」とか言ってきたがそんなの無視だ無視! 俺は今、突然話しかけられたのだ! それも脳内で!


『ちょ、チョコ太郎なのか……?』


 こっちも脳内でおそるおそる聞き返せば、チョコ太郎の『で、ござるよ?』とあっけらかんとした答えが返ってきた。


『おいおいチョコ太郎! お前こんな能力持ってたのかよ!? これアレだろ? テレパシー的な、貴様直接脳内にってやつだろ!?』

『たぶんそうでござるが、これは某の能力じゃなくて紘太殿の能力でござるよ?』

『エッうそ、マジ!?』

『で、ござる』


 脳内会話の向こう側、繋がっているチョコ太郎が頷く。

『ってことはこのテレパシーもあれか? お前をテイムしたからできてるってわけか』

 試しに七瀬さん達にも繋がるよう念じてみたが何も起こらなかった。やはり脳内会話ができるのはチョコ太郎だけのようで、俺は心の中で小さくため息を吐く。

『今秋月殿と会話できなくて残念とか思ったでござるな?』

『なんでわかんだよ!?』

 まさかちょっと考えたことまでチョコ太郎に筒抜けなんて、あまりにも酷じゃないか!?

 ちくしょう俺のプライバシーを返してくれ……

 脳内で『紘太殿のプライバシーなんていつもみんなから自宅にマーキングされ続けてた三丁目のポチくらいないでござるよ』なんてチョコ太郎の声が聞こえてきたが、俺はそれを強制的にぶつ切りした。良かった、どうやら携帯電話みたいにオンオフできるみたいだ。

 っていうかなんだよさっきの。誰だよポチ、可哀想すぎるだろポチ! ちょっとその話気になっちゃうじゃねえか!

 あとで詳しく聞こうと思いつつ、俺は再びヤクザ三人組に視線を向けると――

「ひ、ひえー」

 全員がばっちり俺を睨んでいた。どうやってもついてくるつもりなのだろう……

「わかった、わかりましたよもう!」

 その剣呑な雰囲気に降参ですと半端投げやりに俺はひょいと両手を上げ(その態度をどう捉えたのかは知らないがヤクザ三人組がドヤ顔を決めてくることに若干イラッとしたが)再びチョコ太郎にテレパシーを繋いだ。



 そして――



「まっったんかいコラアアアアア!!!!!」


 俺は高速道路を暴走する俺の、いや俺たちのキャンピングカーを全速力で追いかけていた。え、走って? いやまさか、そこらにたまたま落ちていた自転車ママチャリでだ。

 自転車に乗るなんて社会人になってからまったくなかったからなあ……まだ乗れてよかったよ。補助輪付けてるおじさんとかやばいだろ? ははは……


 なんて笑ってる場合じゃねえ!!


 どうしてこうなったのか。いやほんとに、マジでなんでこんなことになったのか。

 あのクソ馬鹿トリオ……もといヤクザ三人組をキャンピングカーに乗せてやることになり、先にチョコ太郎を通じて秋月ちゃんや七瀬さんに許可もとった。正直俺としてはこんな三人組を乗せるなんてやめたかったのだが、二人に「可哀想だしどこか近場の避難所まで送ってあげよう」と言われれば了承するしかなかったのである。さすがだよ七瀬さん秋月ちゃん、きみら天使かよ。

 が! その結果がこれだ。

 キャンピングカーの運転席に乗り込もうとした時、いきなり三人組の兄貴分ことヤスに「おい待て、後輪のあたりおかしくないか? 一度外に出て確認した方がいいぞ」と指摘されたのだ。そして間抜けなことに俺はほいほいとそれに従ってしまった。

 はいごめんなさい、その結果がこのありさまでございます。俺が運転席から出て後輪の確認をしようとした瞬間キャンピングカーは奪われたのだ。

 チョコ太郎もいるしビビって余計なことはしないはずだと思っていたが、奴らはチョコ太郎を見てもただの超大型の大型犬だと認識しただけで一切臆さなかったらしい。馬鹿なのか? こいつら。

 とにかくだ。後部座席にいた三人と一匹を乗せたまま、ヤクザ三人組がぎゃははと下品な笑い声をあげながら疾走していく光景に俺はおもわず間抜けすぎるぽかん顔を晒し――すぐさま我に返ってキャンピングカーを追いかけた。周りの放棄された車が動く保証はなく、そこでサービスエリアの駐輪場にあった自転車ママチャリを拝借したのである。


 そして状況は今回の冒頭の冒頭。

 つまり絶体絶命の大ピンチに戻るわけだが――


「なんなんだよおおお! なんなんだよお前はあああッ!?」

 キャンピングカーの天窓からヤス兄貴が上半身を出し、俺に向かって叫ぶ。

「なんだもかんだもねえ! そっちこそ人の親切をなんだと思ってやがんだあああ!!」

 俺も負けじと叫ぶ。

 車の中には七瀬さんたちがいるんだ。一応チョコ太郎がそばについてはいるが、狭い車内で戦おうものなら間違いなくキャンピングカーごとおじゃんになっちまう。

『おいチョコ太郎、絶対暴れるんじゃないぞ! とにかくお前は三人を守ってろ!』

『わかってるでござるよ! ばっちり秋月殿は某が……あっ』

『どうした!?』

 突然テレパシーの向こうでチョコ太郎がヤッベエみたいなリアクションをとり、その理由は聞く前にわかった。


「ちくしょおおオラアアッ!! このガキがどうなってもいいのかあッ!!!」

「うわあああんっ」

「て、てめええええッ!!」


 いくら飛ばしても振り切れない俺の姿にとうとうヤケクソになったのか、ヤス兄貴が花奈ちゃんを人質にしたのである。

 それだけは絶対やっちゃだめなやつでしょうがと穏便な俺でもさすがに怒りに任せて叫んだ。その瞬間、道路に横転していた自動車にキャンピングカーの側部がぶつかり車体が大きく揺れる。運転していた弟分のパンチパーマがブレーキを踏むがその勢いは止まらない。

 タイヤの激しい摩擦音、クラクション、そして――天窓から身を出していたヤス兄貴の手が、花奈ちゃんから離れた。


 そこからはまるで、すべてがスローモーションのように見えた。ふわりと大きく花奈ちゃんの身体が宙を浮いて、そのまま高架下へとゆっくり落ちていく。きょとんとしたままの花奈ちゃんと目が合った。


「花奈ちゃああああん!!」

「いやああああああっ!!」


 七瀬さんの絶叫ともいえる悲鳴があがり、だがキャンピングカーは止まらない。


「く、そ、がああああああッ!!!」


 俺はキャンピングカーの追跡をやめ、花奈ちゃんを追いかけるようにして自転車ごと空へと突っ込んだ。

 間に合う! いける!

 何のための異能力チートだ! やれる! 俺ならやれる!

 心の中で自分を鼓舞して花奈ちゃんを追いかける。花奈ちゃんはなぜか目を丸くしてこっちを見ていた。


「花奈ちゃん!」


 必死に手を伸ばして――まずは花奈ちゃんをキャッチ! よし次は……!


「……ん? あれ?」


 そこで俺は、ようやく花奈ちゃんのきょとん顔の理由に気づいた。いきおいのまま高架から飛び出した俺は……そのまま自転車ごと空を走ってきていたのである。

「えっ!? なんで!?」

 なにこれどうなってんの!? いや異能力なんだろうけどさ!

 飛行魔法で俺自身空を飛ぶことはできるが、どっこい今はそれを使っていない。つまりだ。自転車が空を飛んでいるのだ!

「おじさんすごーい!」

 ぱあっと花奈ちゃんが瞳をきらきらさせる。さっきまで怖い思いをしていたはずなのに、子供ってこういうところ臨機応変だよなあ……なんてほっこりしてる場合か俺!

「ええいままよ! よし行くぞ花奈ちゃんしっかりつかまってて!」

「うん!」

 前カゴに花奈ちゃんを乗せて、俺は空中で自転車を立ち漕ぎし進む。

 ママチャリフライ・インザスカイ

 頭の中では昔観た某スピ◯バーグ監督のあの有名な宇宙人映画のテーマソングが流れていた。

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