第41話 ヒロイン登場したのに異能力に目覚めない。
「お――い、ねー聞こえてるんでしょー? おおーい」
「うひぃぃっ」
少女は大声で誠を呼ぶ。屋上にいるからと聞こえるようにそうしているのだろうが誠にとってその行為は迷惑極まりない。
おかげでゾンビたちが大勢マンションの下に集まってきたのだから。
しかしどれだけ集まってこようとゾンビは少女を襲わなかった。
ど、どういうことだ?
誠はそおっと頭を出し、様子を伺う。
「……あ」
そして、可愛い、と思った。
遠目の時はわからなかったが、ゾンビの群れの中にいるというのに少女はまるで神聖な存在に見える。いや、ゾンビの中にいるからこそだろうか。白をベースにしたセーラー服には汚れひとつなく、プリーツスカートから柔らかそうな太もも、こちらを見上げる大きな瞳に心を奪われそうになる。大好きな漫画やアニメのヒロインには劣るが三次元の、そこらの勘違いアイドルなんかよりは余程綺麗で、二次元の天使が三次元に出てくると少女のような感じだろうかと誠は感心し少女にバレないようだらしない笑みを浮かべる。
「あーやっと顔出したー。あれ、なんだ私と同じくらい? きみ中学生?」
「ふ、いえっ、高校生……ですっ!」
高校行ってないけど。と内心で付け足す。
「ふーん、なんか子供っぽいねきみ」
それは褒め言葉なのだろうか……
若く見えるに対して喜ぶのはそれなりに年齢を重ねている大人くらいだ。誠は少しムッとする。
「き、きみこそ! こんな、こんなとこ、で、何してりゅ、るんですかっ! ゾンビッ、大丈夫なんでしゅか!?」
精一杯言葉を返す。
めちゃくちゃ噛んだし舌がうまく回らないのは、誠が数年間人と話していなかったせいか。久しぶりのコミュニケーションでしかも相手は美少女。
誠は頭の中でどうしようどうしようとパニクる自分を叱責する。
Be coolだ。精一杯カッコつけようとする。
ああそうだ。目の前の天使のような少女は自分の物語のヒロイン枠に違いないのだから。
そんな誠とは正反対に少女は至って平然としていて
「えー? 大丈夫だよー。だってこいつらもう襲ってこないんだもん!」
小首を傾げ、そう言ってきた。
「…………ふえ?」
――今、なんて?
誠は自分の耳を疑う。
しかし確かに聞こえた言葉。
もう襲ってこない?
そんな馬鹿な!
「ほ、本当に!? 襲ってこないの!?」
「ほんとだよー」
あっけらかんと少女は隣にいるゾンビの顔の前で手をひらひらとさせ「ほらね?」と答える。
「ふぉ……ほ、本当だ……」
誠は唖然とする。
パンデミック当初、そして誠がネットで見ていた時点ではたしかにゾンビたちは生きた人間を見つけるや否や襲いかかっていた。
最近ではそもそも生きた人間を見なくなった。だからこそ、誠が知らなかっただけで、少女の言うようにもうゾンビは生者を襲わなくなっていたのか?
誠は苦慮し、もう一度俯瞰する。少女と目が合う。
「ねーずっとそんなとこにいるつもりなのー?」
少女が膨れっ面をみせる。
やはり、可愛い。めちゃくちゃ可愛かった。
「きみさえ良かったら一緒に行こうよー」
「えっ」
おもわず目を見張るとにっこりと少女は微笑む。
優しい天使の微笑みだ。
「実は私ね、友達も家族もみーんないなくなっちゃって……すっごく退屈してたんだよね。ねえ、いいでしょ? 一緒にいこーよー!」
「…………ッ」
どうする? どうする!?
誠はごくりと喉を上下させた。
自分は世界から、コミュニティーから逸脱した存在だ。そこらへんのモブとは違う選ばれた主人公なんだ。現にこうして今、目の前にヒロインがやってきたではないか。
それは自分が主人公だから。特別だから……。
「ふっ……ならばここが運命の転機、か」
そう呟き、ニヒルな笑みを浮かべる。(実際の誠の顔はだらしなくニヤついていたが)
Be coolだ。それこそが俺だ。
脳内ではいつだってやれやれ系クール主人公なのだ。
「わ、わひゃ、わきゃった! 今行くっ!!」
「ほんと!? ありがとう!」
ああ、可愛い。ヒロイン可愛いよ。
誠は屋上から飛び出し颯爽と階段を降りて行く。始まるのだ。ここから俺の物語が始まる。
中二の頃から夢にまで見た大冒険に胸を高鳴らせ夢中で一階まで降りて行く。
しかも初期から可愛いヒロイン付きだ。これに食いつかない男はいない。
だからこそ、誠は少しも違和感に気がつかなかった。
少女はこう言ったのだ。
友達も家族もみーんないなくなっちゃって……すごく退屈してたんだよね、と。
普通なら寂しいと、辛いと言うべきところを。
少女は飄々と、退屈だと言ったのだ。
「おふっ、お、おまたせええっ!」
誠はせっかく積み上げたバリケードを退かし、エントランスの鍵を開け、勢いよく外に飛び出した。
そんな誠を、ヒロインがその天使のような笑顔で迎えて
その顔は快楽に歪み、愉悦に満ちていた。
「…………ふえ?」
「ガア゛ア゛アアア゛ッ!!!」
一斉にゾンビたちが襲いかかってくる。
久しぶりの生きた肉を前に、まるで獰猛な、餓えた肉食獣の如く涎と赤黒い液体を撒き散らし飛びかかってくる。
「ひっひいいいいいっ!?」
誠は悲鳴と共に踵を返す。扉に鍵を掛け直す暇はない。バリケードも自分で退かしてしまった。
全部自分だ。自分の手で安全を放棄したのだ。
マンション前に集まっていたゾンビたちが、たった一匹の獲物を喰い殺すためだけに雪崩れ込んでくる。
走る走る走る走る走る走る走る走る。
運動を一切していなかったせいでたった二階分の階段を登るだけでも吐きそうだ。 しかしマンションは五階建てだ。全身から汗が噴き出る。
「ひいっひっひっひぎいいいっ!!」
それでも走る。走って走って走って走って
バランスを崩し、階段の途中で無様に転倒する。
「はぶうウッ」
顔面を打ち付け鼻血が出る。痛い。痛い!
なんだこんなの。聞いてない。こんなの聞いてない!
自分は特別で、主人公で、それで――
「やだああああ゛っあ゛あ゛あああッ!!!」
マンションから聞こえてくる断末魔の叫びに、少女の口角は三日月のように釣り上がっていた。頬を染め、とろけた顔で込み上がる悦楽にぶるりと身体を震わせる。
「ああ……あああっ」
たまらない。たまらなく、イイ。
少女の周りにいたゾンビたちはみんなさっきの気持ち悪い男を追ってすっかりいなくなっていた。
「はああぁぁ……っ」
ここしばらく生存者が見つからなくて退屈していたが、やっぱりイイ。
「はあ……はあっ……んんっ」
少女は久しぶりの快楽に満足し終え、歩を進める。
「んふふ、他にもどっかに隠れてないかなあ?」
ゾンビが蔓延した世界で、少女は本当の自分を知った。知ってしまったのだ。
心を許した人間に裏切られた時の顔。わけもわからず喰われる瞬間。
それに対して興奮してしまう自分を。そして自分自身の特別な力を。
自分だけがゾンビに襲われない。
誠の言葉を借りるのなら『世界からの逸脱者』。
もしそれが本当に存在するのであれば、彼女こそがまさにそれであった。
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