第19話 ショッピングする。ついでに倉庫にも行く。
吹き抜けから聞こえてくる音に引き寄せられるように、俺の目の前をゾンビの大群がゆっくりと通過していった。
「……いらないって言ったのに」
まさか俺がやけになって自殺しに行ったとでも思われたのだろうか。
しかし少し待つと音は止んだ。わざわざありがとうございます。その気持ちだけ受け取っておきます。
「おっと」
ゾンビ一人と肩がぶつかる。
「あっすんません」
「ごぇ゛んな゛さ……ごえ゛なざぃ……」
だがゾンビは俺に見向きもせず歩いていった。
隠密透明化に感謝だな。
俺はさっそくポケットから先程西園寺にもらった手書きの地図を確認する。
「このまま食品売場を突っ切ればいいわけね」
ゾンビの大群たちの間をすり抜けながら歩く。
「えーと……お?」
ポケットに入れている携帯がブブブ、と震えている。メールだ。
歩きながら俺は携帯を取り出す。画面には『七瀬さん』の文字が表示されていた。
ちょっとテンションが上がる。
『山本さん、その節は本当にありがとうございました。外の様子はいかがでしょうか? お怪我はされてませんか? どうか無理はしないでくださいね。花奈はあれからずっと山本さんの話をしています。お体にお気をつけて。
七瀬 春子』
「丁寧な人だなあ……」
スクロールすると、そこにはマジカルギャラクシーマンの絵を描いて笑っている花奈ちゃんの写真が添付されていた。
「花奈ちゃん……っ」
本当に可愛いなあ……ん?
マジカルギャラクシーマンの隣に描いてある男って………まさか、俺か!?
「は、花奈ちゃん!!」
ちょっと目頭が熱くなるんですけど……!
俺は心から彼女たちを助けられて良かったと実感した。
あ、そうだ! せっかくだから他の物資も見て行くとするか。着替えとか生活用品とか、花奈ちゃんと七瀬さんに持っていってあげるとするか。うんそれがいい。
★★★
一方その頃、二階の吹き抜けでは残った生存者たちがある程度ゾンビを引き寄せた時点で音を鳴らすのをやめ、様子をみることにしていた。
といっても見えるのはせいぜい吹き抜けの真下とその周囲のみで、その奥にある食品売場までは確認できないのだが。
「…………あいつ、死んだかな?」
「いや死んだだろ。ほんと、なんだったんだよあのおっさんマジで」
大学生の男たちが西園寺さんに話している。
でも西園寺さんは無言のままで、何か考え事をしているようだった。
「ねえ、あなた……」
「あっはい」
ふいに私の隣にいたカップルが声をかけてきた。
昨日ゾンビを見て吐き気を催していた人だ、となんとなく思い出す。
カップルの女性は少し気まずそうにしていて、代わりに男性の方が口を開く。
「さっき倉庫に向かった人……きみの知り合い?」
そう尋ねてきた。
「え!? いやまさか!」
「え、そうなの?」
おもわず即否定してしまったが、でも実際そうだし……会ったばかりの知らないおじさんだし。
「ごめん、なんだか親しそうだったから……その」
「いや大丈夫ですよ。私も今朝いきなりあの人に屋上で声かけられただけで」
なんかその状況だけだと事案みたいだなあ……知らないおじさんだし。
するとカップルは顔を見合わせる。
「なんか不思議な人だなって、私たち気になってたのよ」
困ったように笑った。
「あ、それすごくわかります」
「……でも、ひとりで食料調達なんて」
その表情が曇る。
ああ。彼女たちは紘太さんを心配しているのか。
「それならたぶん大丈夫ですよ」
「え、どうして?」
二人が首を傾げるが、私は「勘です」とだけ答えておいた。
★★★
俺は一階フロアにある婦人服や子供服店で片っ端から洋服を拝借し、ついでにマネキン一式ごとアイテムボックスへと収納したあと、雑貨屋で花奈ちゃんの喜びそうな物を物色し……女の子の好みなんてまったくわからず絶望したあと根こそぎ置いてある物をアイテムボックスへ収納した。
「さーてそろそろちゃんと仕事するかな」
目指すは食料がたっぷりあるらしい倉庫だ。
こっちも全部アイテムボックスに入れていけばいいと思ったのだが、西園寺からボストンバッグ持たされてるしなー……適当に入れていくか。
吹き抜けに引き寄せられた奴もいるおかげか食品売場の中にいるゾンビは少なかった。
「あれ」
その中で、首が折れ曲がったままひょこひょこと動いている警察官姿のゾンビを見つけた。
来てたのかよ……警察……
最初に通報を受けた時か、その後かはわからないが、彼は救援に駆けつけたはいいが二階に向かう前にやられてしまったのだろう。
顔半分が歪にへこんでいるところを見るに、おそらく前に食料調達へ行った奴らにやられたんだな。
「ご苦労様でーす」
向こうからは見えていないが、俺は軽く会釈して警察官の横を通り過ぎる。
「…………ん?」
なんだろう。
今なんか、違和感が……?
周囲を警戒し見渡す。
【索敵魔法を獲得しました】
お、サンキュー先生。
しかしさっき感じた違和感は敵意とかじゃなくて…………まあいっか。
食品売場からバックヤードへ入る。
このあたりにゾンビはいないようだ。もしかするとゾンビ化したあとは仲間や
さらにそこから少し歩くと、地下駐車場へと出た。西園寺に渡された地図によるとこの駐車場の奥が食庫みたいだな。
「………………あれ」
通路の先でシャッターが降ろされているのが見える。なんでこんなところに? 俺は首を傾げる。
こんなのあったら食庫入れないじゃないか。それとも他に道が……ないみたいだしなー。
とりあえず俺はシャッター前まで来て立ち止まる。
「これどけていいのかな……ん?」
食庫の方から音がした。奥に誰かいるのだろうか?
「おーい」
声をかけてみても反応はなく
「あ、そうだった忘れてたわ」
今隠密透明化中だったわ。
俺は魔法を解除し、もう一度呼んでみる。
「おーい誰かいるのかー」
すると食庫の扉が勢いよく開き、中からゾンビたちが数人こっちに向かって走ってきた。
「うおお!?」
ちょっとビビったが、ゾンビたちは手前のグリルシャターに激突する。そのまま足止めされ腕だけを隙間から出してもがいていた。
「ぉ゛あ゛……ぉあ゛……」
「う゛……ぅ゛ぅぅ……」
服装からしてどうやら全員ここの店員や警備員みたいだけど
「ん?」
ほとんどのゾンビがもう腐っていたり肉が落ちてボロボロなのに、五人ばかりまだ綺麗なゾンビがいるな……ご新規さんか?
「あっもしかしてこいつらが昨日死んだっていう……あー……」
なんとなく察して、俺は手を合わせる。
でも悪いけどちょっと退いてもらうね。
「
グリルシャターごと中にいたゾンビたちを薙ぎ払った。バラバラになったゾンビの肉片が散らばり、いやかなり手加減したせいだな。全部は仕留めきれていなかったようだ。
真新しいゾンビ店員が一人、切断された上半身のまま地面をもぞもぞと這っている。
「うお怖っ……しくったか」
もう一度俺は
「あぇ゛ぇ゛……あケテ、くれエ……サいお、ンジサ」
「へ?」
その瞬間そいつが奇声をあげ、俺に飛びかかってきた。
「うわわっ!?」
慌てて俺は二発目の
床一面にはゾンビたちの残骸。
もう全員動かない。
「…………今、こいつ」
俺はさっき聞いた名前と、こいつらがいた状態を繋ぎ合わせる。
「…………まさか……」
いや、いやいやいや。人を疑うのは良くない。
とにかく今は食庫から物資を持ち出す仕事が優先だ。
それでも俺の心には、わずかな疑念が生まれていた。
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