年末のわたしたちは

鈴木怜

年末のわたしたちは

 関口翔太せきぐちしょうたが文芸部の部室に入るとそこにはつり目に金髪でツインテールという格好の、俗に言うところの「異国の強気なお嬢様ってこんな感じなんだろうなぁ」みたいな美少女が一人っきりでブックカバーのかかった本を読んでいた。


「あ、翔太くんだ。こんにちは」

「こんにちは、エリカ先輩」


 そんなごくありふれた挨拶を二人で交わす。翔太はエリカと呼ばれた少女の左隣に座った。


「何読んでるんですか?」

「えーと、今日はね、赤川次郎の『死者の学園祭』って本」

「あー……赤川次郎って、ミステリーでしたっけ。あんまり知らなくて」

「そ。面白いよ」


 エリカは言葉とは違ってつまらなさそうに本を閉じた。


「ねぇ、やっぱり、いつもの、欲しい、かな」


 エリカの左手が翔太の右足を撫でる。顔を見ると彼女の目が潤んでいた。


 ――ねぇ、翔太くんの知らないこと、しよ?


 四月、エリカにこの部屋で押し倒された記憶がよみがえる。あのときからは想像も出来ないほど自分と彼女の関係も変わってしまったなぁ、と息が漏れた。


「やりましょう」


 翔太のその言葉にエリカはふっ、と微笑んで、翔太の手を引いた。そのまま床に翔太を寝かせ、九ヶ月前あのときと同じように馬乗りになる。


「ごめんね、翔太くん。いつもいつも付き合わせちゃって」

「いえいえ。別にいいですよ」

「じゃあ、いくね。……いただきます」


 かぷっ。

 エリカが翔太の首元に噛みついた。痛みがほんの少しだけ走る。


「んっ……うぷっ……あっ……ふふ」


 じゅるじゅるずるるという音が耳元でする。翔太はエリカのそれにされるがまま。一通りそれが収まるまで待った。


「……ふふ。ありがとう、おいしかったよ」

「お粗末様でした」


 エリカ――柳津やないづエリカはどうも、一週間ごとに血が欲しくなる吸血鬼らしい。翔太だって最初は信じられなかった。しかし、こんなことが大体一週間置きに九ヶ月も続いてしまうと慣れてしまう。

 人間、慣れというものは恐ろしいものだとつくづく思う。


「いつもごめんね。お菓子用意したから、食べていって」

「だから、大丈夫ですよ。それはそれとしてお菓子はいただきます」

「ふふ、どうぞどうぞ」


 先ほどと同じ席に座って二人でお菓子を食べる。今日はチョコやらマドレーヌやらの甘いお菓子が多かった。


「そういや先輩、聞いてなかったんですけど冬休みはどうするんですか」

「えぇ!? ああいや、わたしは別に予定はない、かな?」

「いやそっちじゃなくて吸血の方です」

「あ……そっか。見当なんか全くついてないよ」


 合点がいったらしい。なぜかさっきよりも拗ねた声でそう言った。


「だったら夏と一緒で、一週間ごとにこの街のどこかで待ち合わせってことでいいですか」

「あ、え、うん。いいよ」


 とは言ったものの、夏に同じことをしたら休み明けには翔太とエリカが付き合っているなんて噂が広まっていたことがある。それでいいのかと翔太が聞くと、エリカは変な男が寄り付かないからむしろ良いよ、と答えた。

 どうやら翔太はエリカの中では、血をくれる上に男避けにもなる便利な存在として扱われているらしい。そのことに正直涙が出る。

 知らない男よりも近くにいられるだけで、嬉しくはあるのだけれど。

 それからとりとめのない話をしていると、もう下校時刻のチャイムが鳴る頃合いになっていた。扉に手をかける。


「じゃあ俺はそろそろ帰りますね。先輩、また」

「うん。いつもいつもありがとう」

「いいですよそんなこと。好きでやってるんで」

「なっ……好き!?」


 勢いよく扉を閉めた。本音が漏れていた気もするが気のせいということにしておきたい。

 それから校門を出ると、走ってきたらしくエリカが肩で息をしながら追い付いてきた。鞄もしっかり閉じられていない。


「……ねぇ、さっきの好きって、どういうこと?」

「…………」


 しまった。どうやら口からすべったあれがばっちり聞かれていたらしい。


「もしかして、血を吸われるのが好きなマゾだったりするの?」

「違います違います」

「じゃあ、どういうこと?」

「……それは」


 その瞬間、どこかの運動部の誰かがエリカにぶつかった。完全に閉じられていなかった鞄から翔太が来る前に読んでいた本が落ちる。それは偶然にも表紙だけめくれて翔太の足元に転がった。とっさに拾う。そして中のページがちらっと見えた。


『好きな人に告白するための五つの心得』


 そんなタイトルが目に入ってくる。


「……っ!」


 すぐに取られた。顔を見れば、目が潤んでいる。


「……見た?」

「……見ました」


 これはもしかしてあれというやつなのだろうか。潤んだ目、嘘まで吐かれた本の内容、さっきの部室での反応。もしかしてもしかすると。


「先輩」

「……好きだよ。翔太くんのこと。愛の告白だよ」


 顔を真っ赤にしてエリカが言った。たぶん翔太も似たような顔をしているだろう。


「……俺も好きです。付き合いましょう。俺達」

「……ん」


 エリカが翔太に抱きついた。いつもより、控えめに。押し倒されない程度に。


「……先輩、ひとつ聞いてもいいですか」

「なに?」

「どうして俺なんかを好きになったんですか」

「そりゃあ、あれだよ。夏休みが終わってから噂がたったじゃん。あのときになぜか嬉しくて。好きだって思ったんだよ。私のこれも怖がらないし、優しいし、気付いたらもう、ころっと」

「……嬉しいですね。俺、てっきり便利な存在扱いかと」

「そんなことないよ!」


 照れ顔のままちょっと頬を膨らませたエリカの破壊力はすさまじく、翔太の心に深く突き刺さった。今度は翔太の方から抱きつく。


「かわいいですよ、先輩」

「……うぅ」

「ほら、帰りましょう? なんなら送りますよ」

「……いいの?」


 いいですよ、と返事をするとエリカは顔を輝かせた。


「じゃあ、行こうか。 年末のわたしたちは、恋人同士だよ」

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年末のわたしたちは 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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