第23話 お迎え

    第23章  お迎え


そのとき世界に汽車が来た。

灼熱の暑さの中、雑草がコンクリの溝から元気よく伸びたプラットホームに汽車が来た。

僕の大好きな長井線で走っていた9600形蒸気機関車。濛々とした煙の後ろには、あの日の茶色の客車、青色の客車がコテコテと夏の陽光を浴びて、引っ張られている。

窓は木製の鎧戸が下がっていて、中が良く見えない。

例のごとく、開け放たれたままのドアからステップへ、知っている人が列をなして、並んでいた。父、母、祖父、祖母、僕の娘2人、高瀬、袴田、松原・・・。

窓からホームを見ると15歳の沙穂美が制服を着て、微笑んでいる。

僕が座ったシートには、向かいにカーキ色の軍服を着た軍人さんが立派な杖をまっすぐに立てて両手を懸けていた。陸軍の軍帽には赤いリボンが取り巻いていて、2つの金の菊紋章がついている。

目はない。無いのではなく白い包帯でグルグル巻きになっている。

ゲートルで巻いた脚をずらしたかと思うと、

「坊や、大変だったかい?」と声を発した。目が見えるのかわからない。比較的若い、それでいて野太い立派な声だった。

「はい、大変でした」僕は何が大変か、そんなことは気にせず質問に答えた。

「そうだろう。大変な世界だな」軍人さんは威厳ある声で言った。

「はい、大変な世界なわけで」

「うむ。この汽車も大変だ。要らなくなった人を運んで、そのあとはハンマーでたたき壊される」

「そうなんですか?」

「そうだとも。運ばれる我らも運ぶこの汽車も壊されるんだ」

「はあ、それは悲しことで」僕は答えた。

汽車はなぜか県庁の横を進んで、馬見ヶ崎川の扇状地を奥へ奥へと進んでいく。左右の山が矮小に迫ってきて、森の中へ進んでいく。

湖が現れた。蔵王のダム湖。宝沢ダムだ。

湖畔のほとりにプラットホームが現れた。

僕は降りなくては、という衝動にかられ、ホームに降りた。

そこにはダムを横切るような大きな大きな堰があってその上が歩けるようになっている。

僕はその上を歩いて、行き止まりになっている対岸に辿り着いた。

山肌は、石窟のような穴が掘られていて、そこは祠になって網が張ってある。

暗い石窟を網から覗くと、片足で立った仁王像が右手を上げ腕を曲げて金剛(こんごう)杵(しょ)を振りかざし、睨みを利かせていた。

父の作品だ。

こんなところに。

僕の頬にハラリと一筋の涙がこぼれた。

野球で負けても、誰が死んでも、家族と別れても、どんな時だって、神様が死んでから泣いたことはなかったのに。


湖畔の向こう岸を眺める。遠い遠い岸辺に黒い巨躯が小さく小さく横に動いている。

熊(くま)だ。

熊が、ゆっくりと歩み、草木に消えていくところだった。

「今、そっちへ行くから待ってて」僕はそう叫んで堰の上を走りだした。

「今、そっちへ行くから!」涙が止まらず嗚咽に変わった。

転んでは起き上がり、転んでは起き上がる。

いつしか黒い暗幕が視界の上から降りてきて、僕は起き上がる気力を失った。深夜のチャンネルの砂嵐ような画面へ体ごとはまり込んでいったんだ。


    *


今、僕は魂となって、モヤモヤとこの世を彷徨っている。いまはフランス。カンヌ郊外にいる母は木彫工芸品を作り、フランス人の服のデザイナー・アランとともに暮らしているんだ。いっとき近くのニースはテロ事件で大変だったけど、いまは何もなかったように、穏やかだ。

ニースの青い海が見たかったんだ。プロムナード・デザングレという海岸通りからジャリジャリした砂浜に降りて、日がなモヤリとした魂になって、海の色を見つめている。

土(と)耳(る)古(こ)石色より明るく爽やかで、白いボートがたくさんあるから余計明るく見えるのかな? 

エメラルドグリーンとは言えないな。エメラルドっていう石はなんせ見たこともないからね、そもそも。

みんな元気で何よりです。僕はいつでもどこにいても見守っている。

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Railways ago ago 旧型客車の旅 青鷺たくや @taku6537

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