第21話 滑落

第21章  滑落


離婚。娘たちも家も一瞬にして失った。

家を出て、1人で暮らし始めた。

家はローンごと妻にくれてやった。

酒はどんどん体や脳を犯していった。

孤独だった。夜の街に繰り出しては豪遊した。キャバクラや風俗に行って若いオネエチャンをはベらかし、久しぶりに性の奥義に目覚めていった。出会い系や、援助系にも手を染めて危ない橋を渡った。

放蕩暮らしも始まった。小金持ちになった僕は、いままで我慢した物欲も一気に発散させた。デザイナーズマンション、好きな外車、パテックの腕時計、最高級のステレオ、憧れだったビンテージギターやベース、熱帯魚、エルメスのバッグ・・・。


それでも生きているだけで、心も体もヒリヒリした。会社のパソコンから扶養控除の変更、その理由。免許の書き換え、住民票の変更、裁判所からの呼び出し・・・。皮膚のない赤身の肉に塩をすりこむような心の痛み。麻痺させるには酒が手放せない。

病院に行った。肝臓のアルコール値を表すγ―GTPが2000を超えていた。マッハの世界。世界選手権にも出れますよ、と言われた。

「どうする?入院して酒をやめるか、死ぬか。簡単だよ。二者択一」医者は言った。

「ちょっと時間をください。自分のことは自分で始末をつけたいんで」と僕は言った。

「入院もいいもんだよ、気が楽になる。よかったら2階の病室を見てって」

(冗談じゃない。入院?精神病?それとも死?仕事はどうするんだ、)僕は焦った。仕事を失うことは最後の砦を失うことになる。

家に帰って、理性を保つため、僕はウィスキーを呷った。酒を飲んだら会社には行けない。本社に電話して、欠勤と応援要請をした。ちょっとした騒ぎになった。初めて病気で会社を休んだ。張りつめていた1本の梁が崩れたような気がした。


    * 


 電話をした後、なぜか今日に限ってウィスキーが止まらない。角瓶1本開ければ十分酔えるはずだ。なのに体中がウィスキーを要求した。コンビニへ駆け込む。とりあえず2,3本買い込む。グラスにストレートで注ぎ、カパカパと流し込んでいった。

1時間にウイスキー1本のペース。さすがに脳が錯乱しだした。死ぬ時がやってきたわけだ。

この期に及んで、トイレに向かおうとした。地球の引力が逆になった感覚。なぜか別室の風呂場の入口でつまずいて、空の浴槽に転がり込んだ。体中から出る吐瀉物すべてが、上からも、下からも噴き出して、体中が糞だらけになったところで気を失った。

何時間が過ぎたのだろう? 目を覚ますと例の吐瀉物がカピカピになって体中にこびりついている。死んではいないようだ。僕は体を洗って、ベッドで死んだように眠った。

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