第19話 現代

第19章  現代



患者優先のまっとうな病院経営を目指した伯父は、雪だるま式に負債を抱え、とっくに病院は他人のものになっていた。あの寝殿屋敷もとうに人出に渡って、小さな借家で娘と孫に囲まれてつつましい余生を送っていた。

葬式に出るため、山形に向かった。

新幹線は、函館、北陸にいく新幹線もできて、東京駅はいろんな新幹線でごった返している。どれも飛行機のような流線型のボディをして、いったいどれに乗ればいいのか、わからない。

車内清掃をして客を乗せると、5分もしないうちに発車だ。

山形新幹線「つばさ」は、白地に紫の戦隊モノのヒーローを思わせるカラーリングになっている。嬉しくはない。

仙台に行く「やまびこ」にくっついて、福島で切り離される。

座席について、リクライニングを倒し、脚を伸ばす。足もとのタップで携帯の充電をした。

迎いの席には、4人組の小綺麗なオバサンたちが、座席の向きをボックスにさせて、温泉だの、旅館だの、おしゃべりを楽しんでいる。

僕は酒と駅弁をかき込んで、腹を満たして、眠りの体勢に入った。

揺れもなく、かすかに聞こえる走行音。大宮辺りからぐっすりと寝てしまう。

いつからだろう。車窓の景色も、色も、匂いも、電車の形式も、なにもかも僕の感性を揺るがすことは何もなくなっていた。

僕は昔のあの汽車が、ぼろかったけど、楽しかった、なんて感傷的なことを言いたいのではない。僕は懐古主義者でもない。

単純に僕の問題だ。

速くなったし、クーラーは利いているし、飛行機みたいだし、この椅子だって、紫煙のくゆることのない車内だって、文句のつけようがない。

人が小綺麗になった。お金のありそうなシニアさんたち、ビジネスマン、家族連れ・・・。痰を吐く人も、煙草を吸う人も、顔がシワシワの老人も、みんな消えていなくなった。

そう。これでいいのだ。時代はどんどん進化して、変化して、いいものを生み出して、富を作り出す。そういう経済の仕組みであるわが国家の宿命。そうでなければ未来の子供たちがかわいそうだ。

だから自分の問題だ。30年前の瑞々しい感性、記憶、希望、不安、知性、艱難、感動、欲望・・・。

それらを削ぎ取って、期待を裏切って、縁をぞんざいにして、大人にまみれて、金に変えて、体を切り刻んで、切り売りしていった自分に僕は嫌気がさした。

(僕には、もうなにも残っていない。)


    *


耳が気圧でプツンプツン言うものだから、ふと眼を開けてみる。

板谷峠の大自然が昔のまま、車窓にダイナミックに広がっていた。

変わっていない。

いや、変わったのだ。

音がしない。

匂いがしない。

体を揺さぶるような振動が無い。

風が無い。

新幹線の分厚い窓ガラスに、無機質に広がる大自然。


僕は再び目を閉じて、寝ようとした。

目を開ける必要がないように思われた。

新幹線はゆっくりしたスピードだが、「苦しい」なんて悲鳴はおくびにも出さない。なら、起きている必要もない。


    *


 Ladies and gentlemen ,we will soon arrive at Yamagata terminal・・・

 そんなようなアナウンスで、目を覚ました僕は、よく眠ったお陰で目もスッキリ、頭もスッキリ。

 携帯の充電コードをプラグから外し、大きく伸びをした。

(あー快適)

 2時間40分のうち、2時間30分間、夢の中にいたわけだ。

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