第16話 お別れ
第16章 お別れ
木枠の窓から、日に焼けた腕を半分出して、風を受ける。
カタン、コトン、ガタン、コトン、汽車は上山を過ぎて、快調に歩みを進めている。あと二駅。
さあ、山形だ。
もうあまり来ることはないかもしれない・・・。
*
そう、忙しいんだ。別に体がというわけじゃなく。考えることが。
沙穂美になんて返事すればよかったのだろう?
あおい先輩が好きなんじゃなかったっけ?
来週のDopeというライブハウスでの練習、打ち合わせは?
父の後妻さんに、何てあいさつすればいいのだろう?
母には何て言おう? 母は一体何をやっているんだ?
庸介伯父さんに、どうやって医学部を断ろう?
大学はどうするの?って聞かれるに決まっている。
いつ理由を付けて東京に帰ろうか?
うちの家族はどうなるの?
どうしてこんなにも山形が遠くなったんだろう?
もうトンボも採らない、ホタルも捕まえない。
花火大会も、別にいいや、という感じ。
いとこに会うのが恥ずかしくなった。
プールだって、カジカ釣りだって、花笠だって、べつにいい。
美味しいもの? 果物も漬けものも、無くたっていい。
忙しいんだ。勉強にかこつけて。
忙しいんだ。実際毎日の出来事が。
期待されたくないんだ、もう。弟に期待してよ。
*
ピーウィーーーーポウッ! ED78の汽笛はお別れの声に聞こえた。
「現代人にさようなら! 僕はもうすぐ引退です」
「大人になっていく君、さようなら! もう君は山形に来ないの?」
ギーーーージーーーーーゴーーーーー。ブレーキを精いっぱい利かせて、汽車は終着駅に僕を運んでくれた。
「ありがとう、オハフ君。いっぱいいっぱい走ってきたんだね、
明治に生まれた老人たちも、戦争で脚を無くした人も、夢を持って上京した父たちも、恋に懸想する地元の若者たちも、みんなこの木の椅子に乗せて運んでくれたんだね。ありがとう」
「上空にB29が飛びまわっていた日も、猛吹雪の山奥を進んだ日も、新幹線を横目で見た日も、青い田んぼに稲を植える日も、カモシカが飛び出してきた日も、いつだって体を軋ませながら働いてきたんだね、ありがとう」
僕はシートの濃く青いファブリックを手でなぞる。わずかにできた起毛した跡で字をなぞる。「ありがとう」
プラットホームに降りると、「ビントービントー(弁当、弁当)」
のうら寂しい弁当売りのお爺さんの声が響いていた。
茶色い客車を振り返って見たら、鼻がツーンと来た。
「さよなら!」列車番号831・・・。
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